第5話:堕ちてないと叫ぶもの

1.ママorパパ

 

 最終防衛統制都市東京、諸々の意味を含めて日本の中心であるその都市、ビルが立ち並ぶ中、封鎖された片側三車線道路のど真ん中に……それはいた。


 赤黒い肉体を持つ得体のしれない獣───“ヘルハウンド”と呼ばれる尋常ならざる生物。


 初遭遇のあの時より、時たまこうして“エルダーコクーン”が射出され、そこから出現するようになった敵性生物であり、駆除も行っているのだが、いかんせん未だに効率的な駆除方法というのが確立されていない。

 ショゴスとはまるで行動パターンもパワーもスピードも違う生き物であるためか、純粋に強力で凶暴な生物である故か、どちらにし苦戦は必至であり、対応にあたる第一部隊でも、異能を持つ者ぐらいしかまともな対処にあたることもできないでいた。


「───ッ!」


 低い咆哮を上げ、ヘルハウンドは両腕と副腕を広げ周囲を威圧する。いや、そのような知性があるかはわからないが、だが威圧されているのは事実。

 だがそれでも、周囲に展開したカグヤ第一機動隊の面々は銃撃を開始する。

 放たれた弾丸は、ヘルハウンドのその肉を突き抜けることもない。


「どういう肉だ!」


 隊員の一人が叫ぶのも無理はないだろう。

 だが、地球の今までの生き物とは根本的に違う生物なのだから、弾丸が通らないように、理屈もまた通らない。

 咆哮を上げ、地を蹴ったヘルハウンドが銃を撃つ隊員へと接近し、腕を振るって吹き飛ばす。


 吹き飛ばされた隊員は勢いのままに五メートルほど離れたガードレールにぶつかり地に落ちるが、ぐったりとして動くこともない。

 さらに咆哮し、また一人の隊員へと、今度は歩いて接近していくヘルハウンド。


「───!」

「ひっ」


 怯える隊員を前に、副腕を大きく上げた。


 その瞬間───轟音と共にヘルハウンドの右副腕の肘から先が吹き飛び、地に落ちる。


「───!」


 赤い四つの目が、右副腕を吹き飛ばした相手を追う。

 近くのビルの五階ほどの場所の窓に、隊員の影があった。

 巨大な対物ライフルを構えた隊員がもう一度トリガーを引きヘルハウンドの腕を吹き飛ばすほどの威力を持つ弾丸を放つが、ヘルハウンドはそれを地を蹴り跳んで回避。


 さらにそのまま隊員の方へと加速し、ビルへと取りつき壁にその手足の爪を突き立てた。


「くっ! 撤退し」


 ヘルハウンドの片腕がその隊員を掴み、ビルの外へと放り投げる。

 勢いよく吹き飛んだ隊員は地へと叩きつけられ、弾け、真っ赤な液体をまき散らす。

 壁へと取りついたまま咆哮するヘルハウンドへと、隊員たちが銃口を向けるが、その内の一人が叫ぶ。


「追加でエージェント現着するぞ! って、ケイラ隊長!?」


 銃口を向けたまま、全員がトリガーにかけた指の力を抜くのは、邪魔をしないためだろう。


 ヘルハウンドの真上───上空にはヘリ。


 そしてそこから飛び出すのは、シノブ・ケイラ。


「お待たせしました……シナツヒコ!」


 黒いロングコートを纏う彼女は、頭から地上、ヘルハウンドへと落下していきながらも、その手に持った槍をヘルハウンドに向けて投擲。

 上空を見やることもないヘルハウンドはそれに気づくこともなく、その“緑風を纏う槍”に壁にかけていた左腕と左副腕を切断された。

 体勢を崩しながらも、脚で壁を蹴ってビルから離れ、道路の中央へと落下し倒れ込むヘルハウンド。


「───!」


 咆哮しながら起き上り、自らを攻撃したものへと視線を向ける。


「ヘルハウンド、厄介ですね。これが普通に出てこられると……というより、まさか同時に、とは」


 地に突き刺さった槍の柄に、そっと着地するシノブは、その身体にも緑風を纏っていた。

 ボブカットの髪を風に靡かせながらも、その槍の柄という片足しか置き場のないようなそこでバランスを一切崩すこともなく立っているシノブは、両腕を左右に広げるように振るう。

 瞬間、袖から突き刺さっているものと同じ形の槍が、左右の手に二本現れる。


「私がコレを任されます! 各員は残ったエルダーコクーンとショゴスを!」

『はい!』


 隊員たちの興奮するような返事を聞きながら、シノブは槍の上から跳ねた。





 同刻、その戦場から少し離れた場所でも、エルダーコクーンとヘルハウンドが出現していた。

 先にシノブが呟いた言葉はそういうことなのだろう。

 そしてそこでは、五体満足のヘルハウンドが咆哮を上げていた。


 まだ隊員に犠牲者が出ていないが、ヘルハウンドの方も傷一つない状態。


「くっ、これでは……!」


 悪態をつく隊員をよそに、ヘルハウンドは上空を向き、咆哮する。


「───!」

「っ、なんだ!?」

「ヘルハウンドがこの反応……ってこたぁ!」


 上空にはヘリ……そしてそこから飛び出す、黒い影。


「ぁ゛ぁ゛ァ゛あ゛ぁ゛あ゛!!?」


 絹を裂くような女の悲鳴が、上空より降る。

 徐々に近づき響く声、そしてそれと共に……。


「エージェント現着!」


 一切の加減なく落ちてきたはずの影は、地上にぶつかる数メートル手前で風を纏い、その落下速度を突如として緩め……ふわりと地に足をつける。

 柔らかく持ちあがった金糸の如き髪が舞う。


「っ……てん、し……?」


「───!」


 ヘルハウンドが咆哮し、地を蹴り跳び出す。

 だが、突如として大きな触手が現れると、ヘルハウンドの横っ面を引っ叩きその巨体を横に吹き飛ばした。

 触手はずるずると、落ちてきた影───シュブ=ニグラスのスカートの中へと戻っていく。


「あら、見ての通りの邪神だけれど……?」

「ひっ、ひっ……」

「ん、タマキ大丈夫?」


 彼女の腕の中で、両手を胸の前で合わせて縮こまるのはタマキ・シキモリ。

 その黒い瞳一杯に涙を浮かべてプルプルと震えながらシュニスを見上げる姿に、邪神シュブ=ニグラスことシュニスは人間らしい、どこかよろしくない感情を抱く……相変わらず開いていないその眼に所謂“そそる”という感情が出ることはないのだが……。

 いつも通りに見えるそんなシュニスに、タマキはどうにか声を絞りだす。


「だ、大丈夫なわけあるかぁ……!」


 思わずゾクリとした感覚に振るえるシュニス。


 もちろん、向けられる殺意に……ではない。





「───!」


 ヘルハウンドが咆哮し、残った右腕を振るう。

 その拳の先にいるのはシノブなのだが、彼女は表情を変えることもなく体を翻してその一撃を紙一重で避けるなり、さらに地を蹴りヘルハウンドを中心に円を描く様に動いて背後からその足裏を深く斬り裂く。

 痛みを感じる様子はないながらも、やはり斬られた脚に力が入らなくなるのか重力引かれ体勢を崩しし前のめりになる。


「タマキさんと別になってしまうとは……」


 両足を開いてしっかりと地を踏みしめ、左手を横に出して槍をプロペラのように回転させた。

 瞬間、離れた場所にいたショゴスの放った槍状に伸ばされた触手が迫るも、すべてその回転させた槍に阻まれ切り刻まれ、地に落ちる。

 そして右手に持った槍をショゴスへと投げると、緑風を纏ったその槍はショゴスを核ごと穿つ。


 槍の穂先の大きさ以上の穴が開いたショゴスはそのまま活動を停止する。


「たまには上司らしく良いとこ、見せたかったんですけど……!」


 そうぼやきながら、シノブが残った左手の槍を両手で持てば、その槍は一際激しく緑風を纏う。


「コアがむき出しになるまで、刻む……!」





「ぶっ倒れろよぉ!」


 激しい音と共に放たれた弾丸は、肉を貫かない。

 タマキは手に持った拳銃を見て顔をしかめつつ、身を翻してヘルハウンドが振るった腕を回避する。

 慣れたくもなかったがすっかり慣れたもので、その程度で今更焦るようなタマキでもない。


 銃弾が効かないということは、前よりも強化されてるのだと冷静に理解する。


 さらに右副腕を振るおうとするヘルハウンドだが、それを三本の触手が掴み逆方向へと捻じ曲げ、引きちぎった。

 その触手の持ち主は無論、シュニスなわけだが……。


「もぉタマキったら、女の子がそんな荒々しい口調で……」

「オレは男だ……!」


 そう抗議しながらも、右副腕を失ったヘルハウンドを見て、タマキは目を細めた。


「皮膚は堅いけど前よりパワーはないか……?」


 そうつぶやきながら腰を少し降ろして片膝を地に着くタマキ。

 他の隊員の銃撃が効いている様子はなく、こうなればまともにダメージを与えられるのはやはりシュニスとタマキと……。


「フラン、ベルナ!」


 その声に、現れるのは───ティンダロスの魔犬と呼ばれた二匹の犬のような生物。


 あれから数度の戦闘があり、その度に彼ら、あるいは彼女らは、タマキを守るように現れて、シュニスはそれを『親子』なのだから当然、と言った。

 まぁ邪神という枠組みであれば厳密にはもっと複雑な関係ではあるそうだが、とりあえずその認識で良いということで、さすがのタマキも名前をつけることとしたわけだ。

 二匹は僅かに形も違い、顔が長い方をフラン、そして顔が短く剣角のようなものを持っている方をベルナと名付けた。


「頼むね……」


 柔らかく笑みを浮かべつつ、少し心配するように眉を顰めながらもそう言い、二匹の頭をそっと撫でるタマキ。

 懐くように甘えるように、二匹の魔犬はその手に頭を擦り付ける。


「───!」


 咆哮し、シュニスの方を向いたヘルハウンドへと、フランとベルナが走った。

 地を蹴りシュニスへと飛び出そうとするヘルハウンドではあったが、それより早く、二匹はその背中へと飛びかかり、その鋭い手足の爪を“伸ばし”て、背後からヘルハウンドを斬り裂く。

 文字通りに“伸びた”爪が深々とヘルハウンドの背中を裂いて、十字に傷を作る。


「シュニスっ!」


 タマキの叫び声に、シュニスが“走りだし”、“跳ぶ”。

 ヘルハウンドの斜め上の位置を取るなり、スカートの下から五本の触手を伸ばして纏め、その頭部めがけて振り下ろした。

 ヘルハウンドは残った右副腕以外の三本の腕でそれを凌ごうとするも、フランとベルナがその左右の腕を深く斬り裂けば、両腕は逆方向へと垂れて防御に使えなくなる。


 残った左副腕でシュニスの振り下ろした触手を凌ごうとするが、その勢いを防御しきれず、背中を丸める形で左副腕ごと頭を打たれるヘルハウンド。


「───!」


 くぐもった咆哮が響くが、決して痛みなどではないのだろう。


 そして、ヘルハウンドが背中をまるめたことにより、背中につけれた深い十字傷が開き、タマキはその傷の中に核を見出す。

 徐々に傷が塞がっていき、とてもじゃないが今から走り出し手間似合うものではないが……タマキは既に走り出していた。

 フランとベルナが残った左副腕へと食らいつき、その行動を阻害する。


「タマキ……!」


 シュニスの声を聴きながら、タマキは地を蹴り、さらにヘルハウンドの腰部分を足場に蹴って跳び上がると、空中で背中の傷の中に鈍く輝く核を見た。

 徐々に塞がっていく傷、僅かにしか見えない核も少しでも隠れられてはそれでおしまい。


 チャンスは一瞬、だが───。


「一瞬で十分っ!」


 トリガーが引かれ、反動により空中のタマキの体勢が崩れるが、放たれた弾丸は真っ直ぐにヘルハウンドの核へ───突き刺さった。


 砕ける核と共に、電池が切れたかのように脱力するヘルハウンド。


「よっし……ってわわっ!」


 体勢を崩したまま自由落下を始めるタマキだが……。


「さすがね、タマキ」


 空中でシュニスの触手に引き寄せられ、そのまま再度シュニスの腕の中で抱えられるとそのまま彼女は華麗に着地。

 タマキを“所謂お姫様抱っこ”したシュニスの背後、ヘルハウンドは倒れる。


「まぁ、役にはたつように頑張ってる、つもり……」

「タマキはいつだって、よくやってくれてるわよ?」


 柔らかな微笑を浮かべ労うシュニスに、タマキは照れからか僅かに頬を赤らめて視線を逸らす。

 周囲からの歓声に眼を向ければ、エルダーコクーンが崩れ落ちて行っているのが視界に入り、どうやら隊員たちはそちらをやってくれたようだと安堵する。

 これで今任務は終わりなのだろうとタマキが息を吐けば、シュニスが左右に揺れた。


「んぁ?」

「ちょっと、わかったからもぉ」


 タマキは自身がシュニスに降ろされると、そちらを見て納得した。


「そういうことかっ」


 シュニスのスカートを左右から引っ張るフランとベルナ。


「タマキに褒めてほしいみたいよ」


 眉を顰めてそういうシュニスのスカートから口を離し、タマキの足元へと寄ってくる二匹。

 最近はシュニスがそうやって戸惑う姿を見るというのも珍しくなくなってきたからか、別に貴重というほど貴重ではないものの、やはりタマキはその様子をおかしく思い、クスッと笑みを零す。

 そんな風に笑う彼女を見て、シュニスも笑みを浮かべた。


「まったくもぉ……ほれ、お疲れ様」


 拳銃を腰のホルダーへと納めると、タマキは地に膝をついて甘えるように頭を寄せてくる二匹の頭を撫でる。

 くすぐったそうにしながら顔を擦り付ける二匹。

 見た目はかなりグロテスクな類なのだが、初見からタマキは二匹を怖がるでもない。


「母性、かしらねぇ……」

「へ、なにが?」

「あ、ううんなんでも……それにしても私だって親というか、パパなんだからもうちょっと私に甘えてくれても良いと思うんだけどぉ」


 そう言うシュニスに、タマキがジトっとした視線を向ける。

 理由がわからず、シュニスは小首を傾げた。


「……いや、男だから、パパはオレだから」

「あ~……うん、そうかもね」

「かもじゃない……!」


 ここでハッキリと『産んだのに?』とか『お母さんの顔してるのに?』とか『えい、ママになっちゃえ!』と言わない情けが、邪神シュブ=ニグラスにも存在した。

 抗議するも、タマキは柔らかな笑顔を浮かべながら徐々に足元から消えていく二匹を撫でる。

 シュニスが周囲に軽く“視線”を向ければ、そんなタマキの笑みに見惚れる者たちも少なくないようで、思わず溜息をつく。


「いや、完全に女の子として好かれちゃってるじゃないの」


 肩を竦め溜息をつくシュニスは、確かに人間のようであろう。


「ん、それじゃシュニス」


 ふと立ち上がったタマキの方へと視線を向けたシュニスが、フランとベルナの二匹が“還った”のを理解する。

 だが、タマキの表情や雰囲気がどこか二匹と接するときのものが残っていて、いつもと違う印象を抱かせていた。

 柔らかな女性的な笑顔を浮かべるタマキ。


「さっさと事後処理終わらせて帰ろっか」

「えぇ、そうね」

「えへへっ、今日の晩御飯はなんとシュニスがこの前テレビ見て食べたいって言ってたシャケのホイル焼きで~す♪」


 両手を後ろ手に組んで前のめりになって言うタマキに、シュニスは深く息をついた。


「ん、どした?」

「……私のお嫁さんが宇宙一カワイイ」


「男だから!」





 エルダーコクーンが真っ二つに割れ、核が砕かれ活動を停止する。

 周囲もショゴスが倒され、既に状況は終了と言った雰囲気だ。


 シノブは手に持った槍を空に振るって返り血を落とすと、地に突き刺す。


「お疲れ様です隊長」

「ええ、お疲れ様です。アチラは?」

「無事に状況終了と」


 頷いたシノブは安堵の息をついて、身体を伸ばす。


「……タマキさんに怪我は?」

「もちろん確認しました。無いそうです」


 グッとサムズアップして見せる隊員はつまり、シノブの同類だろう。

 タマキは元来人当りの良い性格であり、色々なタイプの人間と接することができるタイプであり、所謂誰とでもある程度仲良く慣れるタイプである。加えてあの容姿、好きになっちゃう人間も多いので、自然とシノブの仲間は増えるのだ。

 だからこそ、こういった連携も可能なのである。


 ちなみにアキサメはこの事実を知った結果頭を抱え、しばらくして放ったのが『サークルクラッシャー……』の一言である。


「もちろん他の隊員も無事ということで、むしろこっちの方が被害は多いですね」

「すみません。私が遅れたばっかりに」

「いえ、隊長のせいでは……」


 死者一名、重体一名。それを見てシノブは顔をしかめる。


「第四機動隊が暇だったなら良かったんですがね」

「言っても仕方ないことです。というより噂で聞いたんですが、第四機動隊といえばシュニスさんが……?」

「ええ、異動願いを出したそうですね」


 しばらく考え込むシノブと隊員たち。


「……タマキさんも行くんですかね」

「確定したら、行くんでしょうね」


 二人は額に手を当てて……。


「辛い」


 同時に溜息をついた。

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