第3話:闇に囁く光
1.邪教潜入
聖堂。そう呼んでいいのかはわからないが、少なからずそこに在る者たちはそう呼ぶ。
その大きな部屋には長椅子が並べられており、出入り口から真っ直ぐ伸びたその先には、二段ほど上がって台、その後ろには十字架───ではなく、像。
樹木のようにも見えるが、それは山羊のような蹄を持つ、無数の口を持つ生物であった。
ステンドグラスもあるのだが、禍々しいソレから放たれるのは人工的な明かり。
神を祀ろう場所において涜神的極まりない造りのそこに、司祭服を纏う初老の男が立つ。
そして新たに、修道服に身を包んだ女性が四人、聖堂に足を踏み入れる。
「司教様、お待たせいたしました……ご指示通りに新たに入信した三名をお連れしました」
そう言って軽く頭を下げた茶髪の女性は、修道女というにはやけに“軽い”恰好であった。
頭巾は被らずベールだけを頭に乗せ、丈こそ長いものの横には太腿が見えるほどまでにスリットが入っている……俗的な言い回しをするならば、やけに“コスプレ”くさいのだ。
だが、正しい意味での神聖な教会でないなら、それもまた正しいのであろう。
「ほう、貴女方が新たにコチラに入信したいという……ええ、お話は伺っております」
そう言ってやわらかな笑顔を見せる司教。
女性の背後にいた同じ修道服を纏う三人の女性の内の一人が、金髪をなびかせながら笑顔を浮かべ、閉じた目をそのままに軽く頭を下げる。
滲み出る上品さからの、あまりものを考えて無さそうなぽけーっとした雰囲気。
「シュニス・シキモリと申します」
「……わ、私、は……妹、の……タマキ・シキモリ、です」
そう言って、妹ことタマキ・シキモリはぎこちないながらも笑顔を浮かべた。
そして心の中で、タマキは嘆く。
───思ってたんと違う……!
元を正せば、それは数日前のこと。
◇
あの“デート”から数日。
今日も今日とて仕事なわけで、いつも通りにカグヤ本部へと出勤したタマキとシュニスであったが、いつも通りのオフィスではなく、ブリーフィングルームへとやってきていた。
第一機動隊、つまり鎮圧部隊の面々のみがそこに集まっている。
例の如くシノブ・ケイラが前に立っているわけだが、前回と違い今回はアキサメ・タカナシも共にいた。
「はい、みなさん揃いましたね。急で申し訳ないのですが、少し緊急の案件がありました」
シノブの声に、面々はそちらを見る。
隣にシュニスはいつも通り座っていて、さらにタマキは前の方の席にはアオイがいることも確認するが、シロナはいないようだった。
ここ数日間見ていないが……。
「先日発見された邪教の儀式跡について色々と見えてきまして、第三機動隊がそちらの調査をしていたところ、一級指定邪教の一つ『
ここで言う“邪教”とは一つの宗教から見て、他宗教を侮蔑する意味での邪教ではない。
邪な思想を他者に与えるが故の邪教、そしてこの世界においてはさらに“邪神を崇拝する者たち”を指す言葉である。
ちなみに“一級指定邪教”というのは、カグヤが邪教の危険度を数字で表すものであり、五から一まで存在。数字が“低くなる”ごとにそこが危険であると判断される。
「その闇囁教会の本部の方も既に特定済みで、既に第三機動隊から一名が入り込んでいます……そして会議の結果、第三機動隊からはもちろんですが、他部隊からも数名ずつ“潜入”に回すという話が出まして」
「鎮圧部隊、つまり第一機動隊からは三名を選出する運びとなった。鎮圧部隊は日中の行動も多く、邪教関係でも鎮圧が必要な場合は出張る故に顔が割れているパターンもあるが……むしろ好都合でもある。多少の内情は話してもらって構わない。信用を得るためならばな……此度の作戦で闇囁教会を制圧するつもりだ。そうなればそこで開示した情報は再度封印できるわけだし」
逆に油断させることができる、ということだろうと面々は理解した。
賭けではあるが、悪いことではない。それに他の第二、第三機動隊が潜入しているならば、どうにかなるだろう。
面々が安堵したように息を吐く。
「闇に囁く、ねぇ……質問なんだけれど」
シュニスの声が響く。
いや、別に響いたわけではなく、彼女の声を皆がきにしていたからやけに通って聴こえているだけだ。
それもそうだろう。此度の邪教に至っては崇拝している邪神は明らかであるからに……。
「そこが崇拝しているのって、“
確信を突く言葉、薄皮一枚すら包まぬままの生の言葉に、シノブは目線をアキサメに向け、アキサメは静かに頷いた。
シュニスはいつもの空気と違い、少しばかり眉を顰めてしっかりと思考する様子を見せてから、手を上げる。
「じゃあ、私が行こうかしらぁ」
「な、シュニス?」
「タマキは大丈夫よ。もしかしたら危険かもしれないし……」
立ち上がったシュニスに、アキサメはさらに眉間にしわを寄せた。
「……他の面々の指示をしっかり聞いていただけるなら、だな」
「潜入って慣れないけど、どういう形なのかしら?」
「第三機動隊と第二機動隊はベテランを文字通り施設内に“潜入”させる。つまりスニーキングだ……だが第一機動隊は“教徒として潜入”ということになっている」
つまりシュニスが“
だが、それが逆にいざと言うときに武器になる可能性もあるが、期待しすぎも良くはないだろう。
内と外からの同時潜入による、調査……。
「じゃ、じゃあオレも行きますっ」
「タマキ……?」
珍しく驚いたような表情をするシュニスに、タマキはニッ、と笑みを浮かべて頷く。
「こいつと上手くやれるの、オレが一番でしょうし……」
「タマキ、無理しなくていいのよ?」
「無理じゃないしっ、オレだって最初からやるつもりだった……!」
事実、最初から挙手するつもりであったのも事実であり、それを躊躇していたのも事実だ。
邪教に関してのことは、シュニスが時たまなんともいえない表情で見ていたのは知っているからこそ……だから、今回の対処がこちらに回ってきたのを最初は好機であると考えてはいた。
……だが、一級指定などと言われたら躊躇もするものだ。
噂によれば、捉えた他宗教やカグヤの間者は拷問され送り返されるなんて話もあるぐらいだ。
だからこそ躊躇はしたのだが、シュニスが共にともなれば話も変わろう。
無意識かもしれないが、タマキはそれほどシュニスを信用している。
彼女と一緒ならばなんとかなるだろうと……。
「いいのかタマキ?」
「はいっ……!」
アキサメの問いに力強く頷くタマキ。
シュニスはフッ、と口元を綻ばせた。
「男の子ね、タマキ」
「っ……と、当然っ……!」
フフン、と鼻を鳴らして腕を組み頷くタマキ。
組まれた腕に乗っているような形となった両胸はもちろん豊満であり……シノブがダラしない顔をしそうになるので、隣のアキサメはその尻を思い切りつねった。
突如ビクッと反応したシノブを怪訝そうに見る面々だが、彼女が咳払いをすれば、タマキとシュニスが着席。
「では、あと一名を決定してから計画の詳細を説明しますね」
その後、もう一人が名乗りを上げ、三名を選出し第一機動隊の潜入班が結成されたわけである。
◇
一級指定邪教、
そこは、『ルルイエ事変』の影響により海に沈んだ、房総半島の陸と海の境目である崖に建造された一件の天文台───その地下に存在する。
陽の光の届かぬ地下でありながら、人工的な光によってまるで地上であるかのようにその廊下に設置されたステンドグラスから差し込む灯り。
外の風景こそ見えないものの、そこが地下だとはまるで感じさせない。
そしてそのような紛い物の通路を歩くのは、四人の女性。
先頭を行くのは先ほど背後の三人を司教に紹介した、明るい茶髪の女性……彼女はベールからはみ出る長い茶髪を揺らしながら歩きつつ、背後の三人に一度視線を向けた。
シュニス、タマキ、そしてもう一人……セミロングのウェーブがかった赤髪の女。
「シキモリさん、ヨダカさん、シュニスさま……そのままでお聞きください、監視カメラがありますので」
先頭を歩く女の指示通り、そのまま特に反応を返さず追随して歩く三人。
最後尾の赤髪の女はアサヒ・ヨダカ、タマキたちと同じく
タマキは緊張しながらも、それを表に出さぬようにシュニスの横を歩いて先頭の女がする話の続きを待つものの、監視カメラに音声は拾われないとて、誰かに聞かれぬかという心配もあった。
「この時間は“居住区”には誰もいないのでご安心ください」
危惧していた疑問に早々に答えを得て、タマキは心の中でホッと安堵する。
「私のことは聞いているとは思いますが改めまして、第三機動隊所属、ユーリ・ヤドリギです。こちらには三ヶ月ほど潜入しています」
未だ姿を現さない大司教を探るため、ユーリ・ヤドリギはこちらに潜入しているのだと資料で見たタマキは、別段不思議なこともなく受け入れた。
第三機動隊の主な仕事は邪教への潜入や調査である。
テロ行為に対する実力行使ともなれば第一機動隊の出番ではあるのだが、そうなる前に教祖や大司教を“仕留める”のは第三機動隊の仕事であり、いざ阻止を失敗した場合でも、即座に鎮圧できるように第一機動隊へ情報を流すのもまた第三機動隊だ。
だからこそ、此度の“組織内への潜入”を第三機動隊のプロでなく、第一機動隊の素人に任せるべきだと進言した彼女には、その道のプロにしかわからない作戦があるのだろう。
「未だ大司教本人が普段どこにいるのかまでは掴めていませんが、この施設内なのは確かですので……お三方には数日間、普通に過ごしていただければです」
「普通に、でいいのかしら?」
シュニスの疑問も最もだった。
「ええ、第三機動隊の者ですと気を張ってしまうので……別の角度から見ていただいて、あとはそうですね。あまり気持ちのいい話ではありませんが、場合によっては大司教に呼ばれる。と言う話を聞きます……個人的に、夜」
つまりは、そういうことなのだろう……邪なこと、邪教らしいといえばらしいことだ。
自らにその危険があるということを想像し、身震いしそうになるタマキだが、監視カメラがあることを思うと変な行動をするわけにもいかない。
だが、その肩に軽く手を置いて安心させるのは、タマキの後ろにいたアサヒだった。
「……別にビビったとかじゃなくて」
「女の子だったら普通だよ」
ここで『男です』と即座に反論しようとしたが、あまりに無駄なのでやめておく。
「ですが、私達一人一人に発信器と護衛がついていますのでご安心を……そうなれば逆にチャンスでもありますので、大司教の部屋を探る、ね」
「え、護衛ですか……?」
アサヒの言葉に、ユーリは頷く。
「ええ、ここは地下ですからね。どうあっても通気口は必要なんですよ……そしてそこらじゅうに通気口が張り巡らされているということはそれだけ、人が隠れるスペースがあるということなので」
「こえぇこと言ってませんか?」
「確かにこえぇことではありますが、気にしないでください。彼女らはプロですので」
チラリと通気口の方へと視線を向けるが、人がいるなどとは思いもしないし、思いたくもない。
夜中に通気口を除いて目でもあったらと思うとぞっとする。
だが、それも自分らを守るためなのだから仕方も無いことだろう……。
ユーリが道を曲がり階段をのぼり始めると、次いで三人もそのあとを追って階段を上る。
「ちなみにこの階段の踊場は監視カメラの死角なので、こういうことができます」
そう言いながら、ユーリはポニーテールの結び目のところから小さなデータチップを取り出すと、踊場のその足元にある通気口に軽く投げ入れた。
つまり、ここでそういうデータの受け渡しができるということなのだろうと理解する。
別にタマキやシュニス、アサヒにとっては関係のないことなのだが……。
「あまり長居してもいけないので行きましょう……自然な感じでの会話は構いませんので、部屋でもなければ音声も拾われませんし」
「え、部屋に盗聴器あるんですか……?」
「勿論です」
プライベートもなにもないなと、タマキは一瞬だけ眉をひくつかせながら、階段を上るユーリの後を追う。
「まぁ説明はこんなところですね。あとはお部屋に案内します。一部屋二人となっていて、ちなみにシキモリさんは私と同室です」
「そりゃ安心で」
「お二人は通常の信者の方と一緒になってしまうのでお気をつけて、諸々と」
その言葉に頷くシュニスとアサヒだが、タマキとしてはシュニスは少しばかり心配である。
普段から一緒にいるのだから、彼女が上手く相手に合わせて縁起ができるか怪しいところではあるが、あの美貌だ。早々に大司教あたりに呼ばれて、護衛云々を抜きにして触手で根掘り葉掘りと聞いてすべて終わらせてほしいな、という願いがなきにしもあらず。
彼女を一人にするのが心配でついてきた部分もあるので、いざシュニスが“呼び出し”をくらおうものなら、その情報がタマキの耳に入ろうものなら、かなり焦るのであろうが……。
階段を上り終えて再度廊下を歩いていく。
相変わらずステンドグラスから差し込む光は、その壁一枚挟んだ向こうが外のように感じさせる。
「さて、ヨダカさんはこちら、シュニス様はその隣、そしてさらに隣が私とシキモリさんのお部屋となります。同室の方はもうしばらくすれば戻ると思いますので、その時は挨拶を」
「ええ、わかったわ」
「ありがとうございます。ヤドリギさん」
シュニスとアサヒの言葉に、柔らかな笑みを浮かべ頷くユーリ。
ここで一旦の別れということだが、タマキは少しばかりそわそわとしており、シュニスはクスリと口元を綻ばせた。
そっとタマキに近寄ると、その手を握る。
「すぐに会えるから、隣だしね」
「いや、別になんも思ってないけど……まぁなんていうか、気を付けてな。アサヒさんも」
「うん、それじゃあねタマキちゃん」
アサヒが先に部屋に入る。
シュニスはそっとタマキの手を離して、扉に手を掛け……止まった。
小首を傾げるタマキに、シュニスはニッコリと笑顔を浮かべる。
「……ちゃんと『私』って言えて偉かったわよ。練習した甲斐があったわね」
「っ……るさいっ!」
赤い顔で抗議するタマキへと変わらぬ笑顔を向けたまま、シュニスは扉の向こうへと姿を消した。
廊下に取り残された二人、ユーリがドアノブに手をかけてタマキの方を向く。
タマキもそっと息を吐いてユーリの方へと視線を向けた。
「では、ここからはお気をつけて……」
「……はい」
コクリと頷いたタマキを見て、ユーリはドアノブを捻り扉を開く。
───なんてことはない。普通の部屋だ。
なんならホテルの一室のようで、小さな廊下がありわざわざ個室用の洗面台、トイレ、浴室。
そして奥の部屋にはベッドが二つと、木製の本棚と机、さらに窓がありその向こうに自然豊かな外が見える。
住み心地の良さそうなその部屋に感嘆の声すら漏れた。
「まぁ地下なので窓の外は映像ですが」
おかしそうに笑うユーリに、タマキは苦笑を零す。
「ではタマキさん、闇囁教会へようこそ。闇はすべてを受け入れ、貴女も受け入れることでしょう……そして貴女も闇を受け入れ……黒き山羊たちと共に、私たちもまた『女神』そして『母』、“シュブ=ニグラス”の名の下に一つの家族にならん」
「っ……」
空気が一変するのは、やはり彼女がソレになりきっているからだろう。
ゴクリと生唾を飲んで、優雅に一礼するユーリを見やる。
すっと立ち、彼女は手を差し出した。
「これからよろしくお願いします。私達の姉であり妹、シスタータマキ……」
差し出された手を見ながら、タマキは恐る恐ると言った様子で手を動かす。
「わ、“私”こそ……お願いします。シスター、ユーリ」
そして、その手をそっと取った。
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