4.優しいものを見て脳を回復させてね

 

 第四機動隊のオフィス、大凡二時間前以上に、ライカはやる気の無さげな表情で自らのデスクに突っ伏していた。

 見つけたミスを大急ぎで修正して、挙句その後に諸々とやることが増えてしまったのも問題だろう。

 むしろよく二時間で色々済ませたものだと、ライカは自分を褒め讃える。


「よくやった私、ごほうびにビール三本飲んでもいいぞ」

「なに言ってんだお前」


 そう言いながら、ユウキがパソコンを操作すれば、ライカのパソコンにデータが送られてきた。

 目を細めて『空気読めよ』と言いたそうな表情をするが、弱い11歳の少年に対してそれは酷というもの……まぁユウキ自身、それをはっきりと悟った上で鼻で笑って返すぐらいはできるのだが……そういう子供っぽくないところが、ライカとしてはやりやすいな、と思っていたりもする。

 彼女はデスクの上に置いてあるストローの刺さったコーヒーを飲みながら、データを確認。


「ん……ゆーきがなにかしたデータじゃぁないのか」

「長々としたやつじゃ流し見すんだろと思っていらない部分削っておいた。てか情報降ろしてくるなら要点をまとめろっての、ダメな大人たちだな」

「……良い部下もったわ私」

「俺もそう思うぞ」


 ライカの軽口に軽口で返し、ユウキはライカのデスクの前に立つ。

 ユウキがまとめて送ったデータについて、ライカの思うところを聞きたいと言ったところなのだろうと、彼女自身それを理解し、それに目を通す。

 シロナはと言えば、ユウキが送ったソレがなにかを理解しているのか、黙ってライカに視線を向けるのみ。

 数分もしない内に、ライカは深々と溜息をついて椅子の背もたれに体重をかける。


 コーヒーカップから抜けたストローを咥えながら、ライカは目を細めた。


「こないだタマキちゃんたちが交戦した“例の生き物”について、か……」

「ん、出現と同時に次元そのものに影響を及ぼしたらしいけど……倒したら次元の崩壊も“自然と修復”したらしいってさ」

「よくわからんなぁ……この世界そのものに“再生力”みたいなものががあるってことかぁ? てか、そもそも現れただけで崩壊ってなんだよ。えっとぉ、そのへんについてはシロナのが詳しいかぁ」


 気怠そうにシロナを見てそう言うライカに、シロナは少し息をついて片目を閉じながら、説明を始めた。


「詳しいというわけでもありませんけれど、少なからずそういうことはあるでしょう。世界そのものには“再生力”というより“修正力”というものも存在しますし……わざわざ外神ナイアーラトテップが出張ってきた時点で、あの“崩壊”はかなりマズイ状況だったのは明明白白ですわ。そしてシュニスさん曰く、ルルイエの旧支配者があれを呼び出したと……おそらく、人類を消し去るために」

「私らを潰すためだけにそこまでするか? いやまぁ……“自分で片付けできるなら、ただの破砕作業”にすぎないんかねぇ」


 どれだけ陸地が───人類の生存圏が破壊されようと、“ソレ”をなんとかできるならば、どちらにしろ次元は自然と修復するのだから、なにも問題はあるまい。

 そこまで“思考”した上で、この掃除を結構したとあれば、旧支配者は人類を少なからず鬱陶しくは思っているはずである。

 だからこそ、新たな問題が出てくるのだ。


「アレを自分だけでなんとかできるってんだから……ルルイエの旧支配者、やべぇなぁ……シュニスちゃんとかと同じ邪神とはいえ、やっぱ違うもんだねぇ」

「神格のレベルとしてシュブ=ニグラスを超えるものなど、そうはいないはずですが……そうですわね。本人の仰る通り、やはり器で、神性としての力を振るいきれないのが問題なのですわ」


 シロナの言葉に、ライカは加えたストローを上下に振りつつ首を傾げた。


「はしたないですわ」

「コイツになに言ってもしょうがないだろ、今更」

「つめてーなー私の部下たち」


 そう言いながらデータに目を通すライカ。


「でさぁ、次に“アレ”が出てきた場合、対応がアキサメさんかシノブ、条件によっては第二機動隊、隊長以下二名になってんのは良いんだがなぁ……最優先出撃が“第四機動隊あたしら”になってんだけど……?」


 面倒そうな表情のまま呟き、シロナやユウキに視線を向けるが、彼女らは特に気にする様子もないが、そりゃそうだろうなぁ、とライカはこれでは自分だけが面倒くさがりみたいじゃないか、と不満に思う。


「仕方ありません、わたくしたち第四機動隊はそういう立場でしょう……ご理解しているでしょう? アキサメさんに続いてああいう不測の事態に対応するべきはライカさんで、次点でわたくしとお姉さまと言ったところでしょうか。まぁタマキさんとシュニスさんが今後はいるので」

「ま、そなんだけどさぁ……」

「おい、俺だって第四機動隊だからな?」


 そう主張するユウキに、ライカは眉を顰めながら腕を胸の前で組む。


「そうとう切羽詰まってたりよっぽどな緊急出撃以外でお前を出せるわけないだろぉ? 特例でここにいるんだからお前」

「関係ないだろ。俺は強いし」

「ん~まぁ否定はしないけどなぁ。いいよ、お前はタマキちゃん守ってろ」


「は……はぁっ!?」


 ライカのそんな言葉に過剰に反応し、勢いよくデスクを叩くユウキ。

 そしてそんな彼を見てライカがからかうのが成功したという風にケラケラと笑うので、ユウキはさらに顔を真っ赤にして怒った様子を見せる。

 そんな二人をみていたシロナは深い溜息をつきつつも、ふとなにかに気づく。


「ユウキくん、やはりタマキさんのこと……?」

「は、はぁ!? ちげーし! アイツ元男だし!!? 絶対好きにとかならねーし!?」


 精一杯のユウキの抗議も、ライカの笑い声にかき消された。





 夕方……都内のマンション、タマキとシュニスの自宅。


 夕日が差すリビングダイニングにてシュニスは、項垂れていた。

 タマキとデート相手がその自宅へと消えてしまってから、シュニスとアオイは戦意喪失し、どんよりした空気を纏ったまま解散に至り、シュニスはこうである。

 アオイに至ってはもはやタマキへの好意を隠す気もない。友達少ない系こじらせ処女なので致し方ないが……。


 ともあれ、現状一番重い一撃を受けたのはシュニスである。

 邪神ともあろう者が、あまりにも人間味が強いわけだが……そういうものなのか、それとも別の要因があるのか……ともあれ底の見えぬ異なる種族、にはとても見えない。

 先日、あの生物を“喰った”生き物だとは……。


「はぁ~……」


 シュニスが深く大きな溜息をついたその瞬間、玄関の鍵が開く音が聞こえた。


「ただいまー」


 玄関から聞こえる声、すぐに扉が閉まる音がして、廊下から足音が近づいてくる。

 色々なプラスの感情をタマキに抱いているシュニスとしては、他の人間のものになった彼女に対して憂鬱な気持ちがもちろんあるものの、それはそれとして色々と償わなければならないこともあるので、精一杯の笑顔に……。


「おかえりぃ~……」


 などという殊勝な心持はない。


 帰ってきたタマキはと言えば、いつもと違うおめかしをした女性らしい姿のまま、リビングダイニングの扉を脚で閉める。細かい所作はやはり男性の時のものが覗くが、自ら意識しているタマキでもない。

 ふと、テーブルに頭を預けて項垂れるシュニスを見て、タマキは小首を傾げた。


「なにやってんだよ」

「落ち込んでるのよぉ~」

「落ち込むのか邪神……」


 シュニスが意味不明なのはいつも通りのことなので、そうして呟きながら、バックをソファに軽く投げ、持って帰ってきていた白い紙袋をテーブルの上に置く。

 タマキがテーブルの傍に立っていることに気づき、シュニスは顔を上げていつも通りの閉じてるのか開いているのかわからない目で、タマキを視る。

 ふんわりしとした雰囲気と、小奇麗にまとめられたタマキは非常にシュニス好みなのだが……それももはや誰かのモノ。


「あぁ~脳が破壊されるぅ」

「なんだそりゃ、てか再生するだろお前」

「心と言う器は」

「はいはい、そんなこと言って、これ見たら元気になると思うぞぉ~?」


 ニヤリと笑みを浮かべて、タマキは紙袋から白い箱を取り出し、丁寧にそれを空けて中から取り出すのは……。


「なにこれ」

「……いや、ケーキ」


 生クリームでデコレーションされ、上にいちごが乗ったスタンダードなケーキ。

 シュニスはハッと気づいてしまう。

 そういえばタマキたちがスイーツ店に入ったことに……。


「……お店の綺麗なケーキね。おいしそう、これだけ綺麗だとよっぽどな有名店で」

「そ、そう……か?」


 なぜだか、タマキが少しばかり顔を赤らめ照れくさそうにするので、今度はシュニスの方が首を傾げた。


「……買ってきたの?」

「あ、いやその……お、憶えてないかやっぱ……」


 頬を掻きながら言うタマキに、シュニスはなにか見落としがあったのかと思い出す。

 だがしかし、そんな目の前のかわいらしいタマキすらも既にあの“筋肉女”のものであると、ふと思うともうこの世界どうなっちゃってもいいかな、とか脳裏をよぎる。

 ともかく、タマキが言っている言葉の意味は、シュニスの理解が及ばないことだ。


「前にほら、テレビ見ててケーキいいなーって言ってたから買ってこようかって言ったらさ……わた、じゃなくてオレの手作りが良いって、言ってただろ?」


 シュニスは、固まった。


「だからその、ほら……えっと、今日会ってきた相手の人さ、前回の戦いの時助けてくれた人なんだけど……病院で話した時に御菓子作りが趣味って聞いて、それでケーキも作れるって聞いたからその……その時の戦いで助けてもらったお礼に、シュニスに、そのっ……あのっ……」


 もじもじとするタマキに向けられた、シュニスの金色の瞳が見開かれ、そして彼女は立ち上がる。

 赤い顔で気恥ずかしそうに言い淀みながらも、胸の前で指を合わせてるタマキにとんでもないクソデカ感情が湧き上がってくるのをふつふつと感じながら、喉を震わす。

 身体の奥底から湧き上がってくるソレがなにか、シュニスは深く理解していた。


「……ケーキ、作ってきた」


 上目使いでそう言われた瞬間、シュニスのなにかがプツッと切れる。


「たまきぃぃぃぃ!!!!」


 両手を広げ、タマキへと“襲い掛かる”。


「ひゃあぁぁっ!!?」


 突如とした大声とそのようなリアクションに、タマキは絹を裂くような女の悲鳴を上げ、動揺して動けないまま、シュニスのその抱擁を受け入れた。否、受け入れさせられた。

 ギュッ、とタマキを抱きしめながら、シュニスはそんなタマキの頭に顔を押し付ける。


「たまきぃ~♪」

「ひぁっ!? くすぐった、ってなにやってんだよ急にっ……!?」

「ん~しゅきぃ~♪」

「か、からかうなばかぁっ!」


 からかうことなどなく、ただ感情を言葉にしているだけのシュニスではあるが、タマキは全力でそれを否定してシュニスを押し退ける。

 顔を押されてそのまま下がるシュニスは少しばかり不満そう……などということもなく、ニコニコと笑顔を浮かべていた。

 シュニスを離したタマキがジト目で彼女を見やりつつ、上着を脱いて椅子にかける。


「はぁ~でも“こんな恰好”が良いって言われてしてったけど、やっぱ慣れねぇわ」


 そう言いながら、ヘアゴムの置いてあるソファの方へと向かい、ローテーブルに置かれたヘアゴムで長い金色の髪をポニーテールに結うと、このまま夕ご飯を作ってしまおうと、シュニスの方へと向き直った。


「さてと、それじゃ晩飯食べて……って」

「ふふぁ?」


 シュニスへと視線を向けてから、タマキは顔をしかめる。

 それもそうであろう、数瞬の間だけ眼を離していて、そちらに向き直ればいつの間にかフォーク片手にケーキを食べているのだから……。

 その場から動いていないはずだから、おそらく触手を伸ばして取ってきたのだろう。器用なことである。


「……そういうのは晩飯食べてからだろぉ?」

「んむっ、だ、だってぇ……タマキがせっかく作ってくれたからぁ」

「……で、うまい?」


 不満そうに腕を組みながらも、そう聞くタマキに、シュニスは満面の笑みを浮かべる。


「ええ! とっても! タマキの愛を感じるわ!」

「んっ……なら、いいやっ……って愛は入れてねぇよ!」


 はにかんで納得しかけるも、すぐに抗議の声をあげるタマキだったが、シュニスはまるで聞いている様子はない。

 変わらず切ってもいないホールケーキをフォークでつついて食べていく。

 今日、共に行った彼女にだいぶ手伝ってはもらったが、まぁわざわざここで言うのも野暮だと、タマキはクスッと笑みを零す。


「なら……また教えてもらいに行くかなっ」


「やだ!」


「えぇー……?」





 翌朝……カグヤ本拠にタマキとシュニスはやってきていた。

 出勤日なので当然なのだが、二人がいるのは見知った面々のいる第一機動隊のオフィスではなく……第四機動隊のオフィスだ。

 カグヤへの出勤は服装自由ではあり、いつもなら中性的な服装にしているタマキや、おしとやかな女性らしい服装のシュニスではあるのだが、今日はらしくもなくスーツである。

 それがタマキの提案であるのは確かであり、誰にでもわかることだ。


 故に、しっかりしてるなぁ、という目で、ライカ・コシヤはデスクを挟んで前に立っているタマキを視る。


「本日より第四機動隊に配属されることになりました。タマキ・シキモリです」

「シュニス……“シキモリ”でぇ~す♪」


 強調するようにそう言う機嫌よさげなシュニスを、ライカの隣に立つユウキが怪訝な表情で見やった。

 まぁ現在人類の敵である旧支配者の同族である邪神を目の前にして、挙句邪神がそんな様子ではそれもまた仕方ないことだ。

 デスクに壁際の自身のデスクの前に立っているシロナはと言えば、笑みを浮かべてそれを見つつ、黙っている。


「よろしくお願いします」

「よろしくねぇ~♪」


 軽く頭を下げたタマキが、隣で軽薄な調子で挨拶するシュニスを軽く肘で突く。

 頭を上げるタマキに、ライカはシュニスほどではないにしろ、顔合わせらしくもない軽い様子で片手を振る。


「あはは、まぁまぁそんな堅苦しくすることないって、知らない仲じゃぁないんだからさっ」

「しゃ、社会人ですから!」


 タマキの返事に、ライカは眉を顰めるが、ユウキはそれを見て溜息を吐く。


「シキモリの言う通りだろ、お前ももうちょっと真面目にだなぁ」

「そういうの苦手なんだよぉ、シロナもそう思うだろぉ?」


 自身に話が飛んできたシロナは眉を顰めつつ、軽く首を傾げる。


「そうですわね。ライカさんはもう少し形式と言うモノを重んじるべきであると……」

「あ~はいはい、そりゃそうだわな私が弱いわなそりゃ」


 片手を振ってシロナから飛んできそうな軽い説教をキャンセルし、ライカは立ち上がった。

 とりあえず、と勇気を指差す。


「ユーキはタマキちゃんは会ったことあるだろぉ、で……あたしとシロナは二人と面識あっし……あとは……ねーちゃんか」

「ん、そうか……まぁすれ違ったことぐらいはありそうだけど」

「確かに、目立つし」


「シロナさんのお姉さん……」

「ふふっ、期待大ね」


 タマキがつぶやくと、隣のシュニスがそう呟く。

 シュニスが素直にそう言うのだから、彼女は彼女でシロナの姉に大きく期待しているのだろう。戦いこそ見ていないが、シュニスはシロナの力に関しては理解しているようだし、そんなシロナが言う姉、期待ぜざるをえない。

 だからこそ、シロナの方を向いてみる。


「えっと、シロナさんのお姉さんはまだ……?」


 タマキがそう言うと、シロナは自身の隣のデスクに視線を向けた。

 そのデスクの上、タマキとシュニスは見えないが誰かがいたようで、シロナは軽くそちらに手を伸ばして、まるで背を揺するように動かす。

 いやいやまさか、とタマキが首を振るのもまた仕方あるまい。まさか、そんな“居眠りした相手”を起こすような真似を、シロナが言う姉にするわけが……。


「そういえばお姉さまとお二人、会ったことがありますわよね?」


 そう言いながら、シロナは手を揺らす。

 シロナの言う姉に会った。そんな記憶はない……はずだ。


「お姉さま、お二人が挨拶してますわ。起きてくださいな」

「へっ、あ! そ、そうだったっ……!」


 か細い声が聞こえ、それと共にそのデスクからぬおっと立ち上がるのは……真っ黒な女。


 シロナが言った通り、二人はその相手を見たことがあった。


 腰まで伸びた真っ黒の髪、身長180センチを超える身長と、シュニスよりも豊満な胸。

 眉毛はどこか不安そうに歪んでおり、おどおどとした雰囲気は“いつも”と変わらない。


 そう、タマキもシュニスもが何度も遭遇した妖怪女。


「あ、そ、そうだった。あぅ、だ、第一印象最悪っ……」


 第一でもない。


 不安そうに揺れる赤い瞳に合わせて前髪が揺れ、いつも隠れていた左目が見える。


 ───金色の、左目。


 シロナと同じくオッドアイ。彼女の青と金に反して、こちらは赤と金。黒と白。


「く、クロネ・レメディアですっ……よ、よろしくお願い、します……っ!」


 つまり、やはり間違いないのだろう。頼りになると踏んだ……。


「シロちゃんのおねーちゃんですっ……!」


 タマキとシュニスが、同時に口を開いた。


「えぇー……」


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男に戻りたいタマキちゃんVS嫁にしたい邪神ちゃんVSまたしても何も知らない旧支配者 サン角ハイ【ブラックニッカ】 @NagiTeitok

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