4.慣れすぎたことと慣れないこと
タマキとて別に、そこまで感情的になるつもりはなかったのだ。
聞いた直後はカッとなって怒ったのも確かで、一人になってしばらく頭を冷やしてから話をしようとラーメン屋に行き、実際に頭は冷えて冷静になれた。
いかんせん、“こう”なってから感情的になりやすくなっている気はしたので自分なりに考えてのことで、シノブにも謝罪をいれようとは思っていたのだが……。
いざ話をしている内に、すっかり感情的になってしまった。
なんだか胸の内からぐっとこみあげてくるものがあって、話をしている内に視界が緩んだ。
「違うのタマキっ、わ、私はっ」
シュニスが珍しく狼狽えているにも関わらず、タマキはそちらに気を向ける余裕もない。
普段ならば『してやったり』な気にもなるだろうが、自分自身のことで一杯一杯すぎてタマキは膝の上で両手をギュッと握りしめるのみだ。
そんな自分にも情けなさを感じてしまい、さらにその両の瞳が潤む。
「うぐっ……」
「た、タマキ……?」
タマキとしても、最近はシュニスと上手くやっていたと思っている。
戦闘でのコンビネーションなども含めて諸々と、だ。
大凡の考えていることも理解できてきたし、共同生活だってやりやすくなってきた。
決して口には出さないだろうが、タマキ自身、彼女を“相棒”だと思ってきていた。
故に、こう突き放されては思うところが無いはずもない。
だからと言って、ここまで自分が感情的になるとはタマキも思っても無かったはずだが……。
「うぅっ……」
「たっ、タマキ、聞いて……?」
席を立って、シュニスはタマキの傍に寄って膝を折りタマキとしっかりと向き合う。
横にきたシュニスの方へと体を向けたタマキの両手を握り、シュニスはそっと微笑んで潤んだその両目を見つめる。シュニスはそんなタマキの表情にこの場に似つかわしくはないであろう、あまりよろしくはない感情を芽生えさせもしたが、そこには人間らしく蓋をしておく。
「タマキ、私は別にタマキを頼りにしてないとかじゃなくて……」
「お、おれだって、結構、戦えて……」
「でも、戦いたくなんてないでしょう。タマキは」
その通りではあろう。基本的にカグヤへと所属する者は“志願兵”と言って違いないが、タマキとシュニスに至っては別であった。
なし崩し的に第一機動隊に配属され、そのまま仕事をこなしていき、適性があったから続けているに過ぎない。
この世界のために命を張る理由などどこにもありはしないのだが、唯一命を張る理由があるとすればタマキを元に戻すためであり、そのためにシュニスは戦うが、別にタマキも共に戦う理由はない。
第四機動隊にシュニスが異動し力を獲てタマキを元に戻す、それですべて片が付く。
だからこそシュニスは……。
「おまえだって、さすがだって、言ってた、だろっ……」
「タマキ、でもタマキだって、晒されなくてもいい危険があるなら、それの方が良いでしょう? タマキが嫌だって、言ってたから……」
否、そんなものは建前であり、本質はもっと別の……。
「私は、タマキに……」
瞬間───警報が鳴り響く。
「これはッ!?」
それに即座に反応したのはシノブであり、次いでアオイが立ち上がる。
別に初めてではないが、突然のことにやはり反応できないのはシュニスよりもタマキの方であり、目の前のシュニスが立つのを見て、ようやく状況を理解したのか、袖で目元を力強く脱ぐって同じく“警戒態勢”に入った。
シノブが歩きだせばその後を追ってアオイ、シュニス、タマキも歩き出す。
周囲に座っていた隊員たちも徐々に動きだし、ほぼ全員が同方向へと向かって行く中、本部内に放送が掛かる。
『“ルルイエ本島”より多数のコクーンの射出が確認されました!』
「離島じゃなくて本島!?」
アオイの声を皮切りに動揺が広がるが、シノブが片手を軽く上げてざわつきが収まる。
『迎撃システムによる迎撃可能数を遥かに超えていますし速度も通常と比になりません! これまでにない大規模攻撃が予測されます!』
その声は冷静さを心がけてはいるようではあるが、どこか鬼気迫るような雰囲気を隠し切れていない。それにより、さらに場がヒリつくが致し方ないことであろう。
間違いなく“いつも通り”といかないことは確かなようだと、ベテランであるシノブはおろかアオイもシュニスも、タマキすらもそれを意識する。
生唾を飲み込み、それぞれが自らが向かうべき場所へと向かって行くのだった。
◇
第四機動隊オフィスには三人。
ライカは突如としては鳴った警報と所内放送に、面倒そうに眉を顰める。
近くのデスクにいた少年ことユウキ・アシヤが即座に立ちあがってパーカーのポケットから携帯端末を取り出しなにかを確認した。
最後の一人、シロナ・レメディアは少し息をついてなにかを入力していたPCから離れ、自分の座っていた椅子から立ち上がるなり、自らのデスクに立てかけてあった太刀を背負う。
「おいライカ、早く行くぞ! “
「くっそぉ……」
悪態をつきながら気怠げに立ち上がったライカ。
「状況次第で私らとシロナと……ねーちゃんも別行動だなこりゃ」
件のシロナはというと、自身の整理されたデスクの隣の、やけに散らかったデスクに視線を送りながらポケットから自身の携帯端末を取り出し、誰かに電話をかける。
「あ、お姉さま。今どちらに、もう戻ってらしてるなら……街ですか? 警報も鳴って……はい。では現地で合流致しましょう、後に合流ポイントを送りますわ。お姉さまのことですから心配に及ばないと思いますが……ふふっ、ご謙遜なさらなくて大丈夫ですわ。ええ、ではお気をつけて」
通話を切るなり、少しばかり機嫌よさ気なシロナを見てライカは苦笑を浮かべた。
「相変わらずねーちゃん大好きすぎんなぁ」
「煙草くわえてる場合か! はやく準備!」
ユウキに急かされながらライカは火をつけることができない煙草を咥えながら椅子にかけてあるジャケットを着ると、デスクの横に置いてあるアタッシュケースを持ち、ポケットから鍵を取り出す。
口にくわえた煙草に火をつけたい感情を、車までの辛抱だと押し込める。
「さ、火ぃつけに行くぞぉ!」
◇
カグヤ本部屋上には三つのヘリポートが設置されている。
つい最近まではヘリポートもヘリも一機ずつしか存在しなかったものの、昨今の状況の変化やヘルハウンドの出現率の高さから増設と配備が決まりったのだ。
そして現在、三機の輸送ヘリがそこに停まっており、その内の一機にタマキとシュニスは部隊員数名と共に乗りこんでいた。
ハッチから見て左右に配置された長椅子に座す面々の中、タマキは隣のシュニスをチラっと視るなり目を逸らして、顔を赤くし少し俯く。
待機中ということもあり、少しばかり思考する余裕が出てきた証拠であろうが、タマキにとってはいらぬ余裕だ。
自己嫌悪、に近いなにかを感じて自身を恥じるが、逆にシュニスもシュニスで少しばかり嫌悪感に浸っている。
お互い思うところがあることは確かで、諸々とタイミングも悪かった。
突如ヘリ先頭側の天井にモニターが展開され、そこにシノブが映る。
『繋がってますね。現在、“コクーンと思われるモノ”の落下予測地点へは、我々以外の部隊が地上にて車両で向かっています。すべてをカバーすることは不可能であると予想され、そもそも落下してくるものがいつも通りのコクーンなのかも不明、ということもあり、初弾落下後に我々もすぐに立ちます。我々は対応が遅れそうな部隊の戦力の補強に動きつつ、戦闘になる場合は“ヘルハウンド”のような高位種の対応に当たることになるので、“異能”や“神力”持ち、“魔術使用可能者”等の“エージェント”はなるべく温存を』
二人が乗るヘリであれば、最後まで温存されるのはタマキとシュニス、ということだ。
他の二機であれば、シノブとアオイ等になるということだろう。
『アキサメさん……タカナシ総長は現在タカマガハラにいらっしゃるので、そのままそちらの防衛に……第二機動隊、第三機動隊も現在回せる戦力を集めています。前例がない状況ではありますが、こちらも前例がないほどに強固な戦力で固めています。普段通りに行きましょう』
そっと微笑を浮かべ言うシノブの言葉に、輸送ヘリ内の空気が僅かながら緩む。
だがそれも長くは続かず、即座にモニター内からシノブとは別の声が聞こえた。
『コクーンの着弾、確認されました! やはり異形の新型コクーンです。大きさはエルダーコクーンと同等の五メートル前後! 着弾直後にショゴス複数体とヘルハウンド一体を生むなり本体も触手を展開しているそうです! 別の場所で着弾を確認した新型コクーンも同様とのこと!』
『……新型コクーンですか、以降諸元をコクーンオリジンとします! ヘルハウンドがいるとのことで苦戦を強いられることもあるとは思いますが、こうなると手が足りません、自分の持ち場での戦闘が終了しだい移動し別部隊を援護してください! エージェントはコクーンはそのままにヘルハウンドを撃破し次第移動! 機動力が高いエージェントは温存せず優先で出撃!』
機動力が高いエージェント、ということであればタマキとシュニスにとっては関係のない話、ではあるだろう。機動力や移動する能力をほぼ持たない二人は温存される側にある。
ヘルハウンドが複数体出現はそれなりに不味い状況にあるのだが、最初に遭遇したヘルハウンドと比べれば近頃出現するヘルハウンドは“一部エージェントにとっては”それほど驚異でもない。
だが、一般隊員からすればそれは十分に驚異的であり、複数人でかかっても死傷者は出ることに違いないのだから、大事ではあろう。
身体に独特の浮遊感を感じ、タマキはヘリが飛び立ったことを感じる。
「タマキ、平気?」
「えっ、な、なんだよ急に……別に大丈夫だよ。慣れた慣れた」
隣のシュニスにそう言いながら、腰に下げているホルダーの拳銃に触れた。
「なんか落ち着くようになっちゃったなぁ」
「どうしたの?」
「いや、別に大したことじゃないんだけど、さ」
すっかりいつも通りなそんなやりとりをして、タマキは苦笑を零す。
やけに落ち着いているのは身を守るための術を知っているからなのか、それとも……。
「状況もそうだけど……こうやって武器を持つのも、慣れたなぁって」
「元々のタマキのいた地球だとそんなことなかったって言っていたものねぇ」
産まれた環境とかによるのだろうけれど、少なからず日本でそういうことはなかったし、タマキの生活範囲の中ではそれほど物騒なことが起きたこともない。
だからこそ最初はすこぶる戸惑ったものだが、今ではそれがあると落ち着く始末。
だがそれが嫌なわけではないのだ。不思議なことに……。
「……シュニス、なんていうかその」
「ん、どうしたの?」
「オレ、さ……」
タマキがなにかを伝えようと、横のシュニスの方を向く。
シュニスも、閉じた瞳をそのままにタマキの方を向いてしっかりと彼女の話を聞いて、しっかりと会話をしようとする。
だが、そうはならない───。
『緊急連絡!』
突如、モニターから声が響いた。
『コクーンオリジンと交戦中の数ヵ所で
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