第28話 悲劇もエンタメに

「……」


 リビングを静寂が包む。


 どちらも喋らない。


 愛衣は謝った。


 私は許しの言葉を口にすべきだろうか。


 なんか違う気がする。


 危険に晒されたのだから。


 爆音の車が部屋の静寂を切り裂いて逃げていく。


 私もこの場から逃げ出してしまいたい。


 もうなにも考えたくない。


 どうしてあんなに必死に愛衣を守ろうとしたのだろう、とか。


 愛衣に相談してもらえなくて寂しかった、とか。


 うっかりこの感情に名前をつけてしまう前に。


 自室に籠もりたい。


 よしっ。


 一気にコーヒーを飲み干し、


「先にシャワー浴びてくるから」


 そう言いながら席を立った。


 のだけれど、


「ひろちゃん」


 真剣な瞳に動きを封じられる。


「ひろちゃんなら、絶対に助けてくれるって信じてた」


 やめて。


 やめてくれ。


 考えたくないんだ。


 想いに蓋をしたんだ。


「ありがとうね」


 ニッコリ。


 少し疲れがにじんだ笑顔。


 それでも変わらず可愛かった。


「どういたしまして」


 顔を直視していたくなくて、そそくさとキッチンに向かったのに。


「あのね」


 彼女の声が追いかけてくる。


「ひろちゃんにあと一つ、手伝って欲しいことがあんねん」


 その言葉は、マグカップを洗おうとした手を止めるのに十分すぎた。


「手伝い?」


「そう」


 頷いた愛衣は、


「『悲劇のヒロイン』として復活するために手を貸してほしい」


 まさかとは思うけど。


「……今日のことを記事にしろと」


「うん」


 そのまさかだった。


 どういう神経してんだ。


「自業自得って炎上するかもしれへんよ」


 多分やきっと、ではなく確定事項。


 眉間に皺を寄せた私に、


「わかっとる。でも、同情の声も集まるはず。どっちが上回るかは、賭けやね」


 苦笑いでそう言った。


「賭け……か。そうやね」


 今回の件に関しては、自らストーカーをおびき寄せたことを書かなければ同情の声だって集まるはず。


「私がどう書くかによって決まわな」


「うん。だからお願い」


 懇願。


 彼女の願いを聞き入れるべきだろうか。


 そりゃ記者にとってはいいネタだ。


 自分が体験しているし、愛衣から詳細を聞いている。


 滅茶苦茶楽に記事を書ける。


「私生活もエンタメになる。そういう世界で生きてんねん」


 残酷な世界に生きているな、と思う。


 その残酷さに手を貸しているのは我々記者ですが。


「ストーカーの件黙ってたこと、事務所に怒られるんじゃない」


「そんときはそんとき。てか、他の事務所に移ってもええかなあって考えてるねん」


「ほう」


 確かにその方がいいかもしれない。


 事務所の人間が信じられないまま芸能活動を続けるより、思い切って別の事務所に移籍した方が彼女のためになるだろう。


 仕事は減るかもしれないけど。


「……わかった。書くわ」


「ありがとう、ひろちゃん」


 愛衣をストーカーから必死に守ったり、彼女のために記事を書いたり。


 私はとことん彼女に甘い。


「ところで」


 会話を終えようとしたところで、ふと思い出す。


「めぐっちに報告する? 記事にする前に報告しとかんと、またブチギレられるで。私も、愛衣ちゃんも」


「たしかに」


 二人してブチギレられる光景を思い描き、ため息をついたのだった。

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