終幕

半年後

 世間の同情を集めたものの、彼女の復帰には半年かかった。


 謹慎中にグループを脱退すると同時に事務所を移籍。


 当然のことながら違約金が発生したが、それはご両親が解決。


 一般人には到底支払えない額を一括で支払った。


 現金で。


 突きつけられた社長や幹部たちは唖然としていた、と愛衣から聞いた。


 会社のことはお金で解決。


 問題だったのは、世間様。


「他にも問題が発覚したのでは?」


 答:恋愛関係では過去に問題ありまくりだったけど、今回は無関係。


「芸能界を引退する気では?」


 答:水面下で他の事務所に移籍したので間違い。


「留学するのでは?」


 答:学生の頃に留学したことがある。また行きたいとは思わない。


 様々な憶測が飛び交ったが、どれも的外れだった。


 彼女は復帰直前に独占インタビューに応じ、それら全てを否定した。


 因みにインタビューしたのも書いたのも私ね。


 そして、高田愛衣は明日から活動を再開する。


 だというのに、


「なんで私よりも先に車乗ってんねん」


 膝の上の鞄を抱きしめ、運転席側のドアを開けて目を見開いた私にニッコリ。


 はいはい、今日も可愛い。


「え?」


「え? ちゃうわ」


 キョトンと首を傾けるな。


 腹立たしいほど可愛いだろーがよ。


 わざとやってるな。


 ため息をつきながら、今日までの日々が頭をよぎった。


 ストーカーの事件後も彼女は家に居座り続けた。


 慌ただしい日々を送っているのだから、実家に帰った方が安心安全・完璧なサポートが得られるだろうに。


 どうして帰らないのか、尋ねられなかった。


 聞いてしまえば帰ってしまうような気がして。


 別に帰ったところで問題ないのに。


 もう、彼女がいる生活に慣れてしまった。


 面倒を見るのが面倒じゃなくなって。


 彼女が毎日淹れてくれるコーヒーが当たり前になって。


 依存してしまっていると思う。感じている。


 このままではいけないとわかっている。


「まーたため息。幸せ逃げるで」


「幸せじゃないからため息ついてんねん」


 これはなにを言ってもついてくる気だな。


 早々に降ろすことを諦め、運転席に乗り込んだ。


「なあなあ」


「なんや」


 荷物を後部座席に放り投げなげ、半ギレで答えれば、


「ひろちゃんがホンマは寂しがり屋だって知っとるよ。やからな、これからも一緒におったげる」


「無駄に恩着せがましい言い方をしてくんなあ、おい」


「嬉しいやろ?」


「別に嬉しぃないわ。早う実家に帰ってくれ」


「そういう素直やないとこ、嫌いじゃないで」


 ふふふっ、と笑った彼女に心がかき乱された。


 初めて聞いた「嫌いじゃない」。


 つまりは、「好き」ってこと?


 いやいやいやいや。


 天下の高田愛衣お嬢様が私のこと好きなわけがない。


 首をブンブンふって思考を振り払う。


「どないしたん?」


「別に」


「ふふふっ」


 アンタのせいや、とは言えず否定すれば笑うお嬢様。


 自分勝手。


 自由奔放。


 世間知らずのようで、意外と知っている。


 恋愛関係で揉め事を起こす問題児。


 そんな愛衣を、私も「嫌いじゃない」。


 自分でもチョロイ女だとはわかっている。


 たった半年一緒に暮らしただけなのにね。


 全く。


「なあなあ」


「今度はなんやっ」


「これからもよろしくな」


「おっ……おん」


 素直にお礼が言える。


 素直に謝れる。


 彼女の美点。


 じゃなくて!


 マジで明日からもうちで生活していくのか。


 勘弁してほしい。


 これ以上振り回されたくない。


 なんて願いは叶わないんだろう。


 漸く車のエンジンをかける。


 愛衣に心を惹かれてしまったが最後。


 想いが叶うか敗れるか。


 どちらかしかない。


 車全体が震え出すような感覚に襲われる。


 まるで、私自身の心が喜びで震えているような気がしたのは、絶対に気のせい。


「なあなあ。今日のターゲットは?」


「アンタ、それ知らんとついてきたん」


「ひろちゃんが行くところなら、どこにだってついて行きたいんやもん」


 愛衣が私の元にいてくれる理由。


 多分、彼女が今まで見たことがない世界を見せてあげるからで。


 消費期限か賞味期限。


 切れたときには、どうなってしまうのだろう。


 考えたくない。


 もう今日はキャパオーバーだ。


「行くで」


「はーい」


 窓を開ける。


 頭を冷やすにはあまりにも生温かい風を感じながら、アクセルを踏んだ。


終わり

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