第9話 引き受ける

 めぐっちは深呼吸をした後、

「改めてお願いするわ。ひろっち、愛衣のこと面倒みてやって」


 多分頭を下げてくれてるんだろうなあ。


 律儀な子だから。


「私特になにもできないけど」


「愛衣はひろっち以上になんもできひんから、大丈夫や」


「マジか」


「マジや」


 なにが大丈夫なのか理解できない。


「因みになんやけど、料理は」


「できひん」


「洗濯は」


「畳んだことすらない」


「掃除は」


「したことない」


「……」


 もう黙るしかない。言葉が出てこない。


 こりゃダメだ。


 絵に描いたような『温室育ちのお嬢様』。


 今まで生きて来られたのは、『高田家』に生まれたからだ。


 あっ、でもそのせいで家事全般ができないのか。


 うーん。


「ひろっち?」


「あっ、ごめん」


 黙ってしまっては、電話越しではなにも伝わらない。


「いいよ。引き受ける」


 家事ができない。


 厄介事を背負い込むだけ。


 それでも引き受けたのは、大親友を裏切ってしまった後ろめたさ。


 私はその罪の代償を支払うべきなのだと思う。


「でも」


 視線を高田愛衣に向けた。


「貴女はそれでいいの」


 私たちのやり取りを、ずーっと笑顔で聞いている彼女。


「お姉さまの言う通り、事務所もメンバーもホテルも親戚も信用できない。私が一番信頼しているのはお姉さま。そのお姉さまが言うのであれば、間違いはないかと」


「いい、ってことね」


「はい」


 まどろっこしい言い方をしやがって。


 シンプルに最初から言えばいいのに。


 変なヤツ。


 姉には従順なのに、恋愛面においてはじゃじゃ馬。


 多分めぐっちは何度も忠告したはずだ。


 それを聞き入れなかった。


 意味不明。


 恋は盲目、ってやつ? 


「そうそう。お金のことは心配せんといて」


 意識を再び電話に向ける。


「あーそんなん別に……」


「いやいや、大事やろ」


 キッパリと言われた。


 うん、めぐっちのこういうところが好きなんだ。


「週に100万円でええか?」


「は!?」


「え、足りん?」


「ちゃうちゃうちゃう」


 足りないどころか、余る。


 余りまくる。


 普段どんな生活してんだよ。


「まぁ足りんかったら言うて。すぐに振り込むから。んじゃあ」


「あっちょっまっ」


 提示された金額のでかさに頭が混乱しているうちに、電話が切られてしまった。


「……」


 呆気にとられてスマホを眺める私に、

「それでは、これからよろしくお願いしますね」

 軽く頭を下げた高田愛衣だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る