第4幕 償い

第21話 帰らない理由

 愛衣めいが居候になってから約1ヶ月が経った。


「なぁ愛衣ちゃん、そろそろ鎮火したと思うんやけど」


 キッチンでコーヒーを淹れてくれている彼女に向かってそう言った。


 思う、ではなく確定事項。


 今や世間は涼香の動向に大注目。


 私が書いた熱愛記事によって。


 めぐっちからは家の周りのマスコミがいなくなったと聞いた。


「完全に鎮火はしてへんけど」


 いつからか、コーヒーを淹れるのは私ではなく彼女の役目になった。


「そうですねえ」


「ありがとう」


 私の目の前に湯気がたっているマグカップを置き、愛衣は目の前に座った。


 同じように熱々のマグカップを置いて。


「言うてたやろ『世間の注目が薄れた頃に実家に帰ろうかと』って。今がそのタイミングやないの」


 ベストなタイミングだと思う。


 帰るなら、今。


 なのだけれど……話しながら心の片隅に寂しさがこみ上げてくるのは何故だろう。


 情が移ったのだろうか。


 自分の気持ちなのに、わからない。


「ずーっとお金を貰い続けるのも悪いし、情報もようけもろたし。もう十分やで」


 そんな感情を顔に出さないように努力しながら話し続けた。


 対して愛衣は、


「……」


 終始無言だった。


 真顔でマグカップを見つめながら。


 なにを考えているのか、さっぱり読み取れない。


「愛衣ちゃん?」


「……」


 こんな狭い家より、家の方が落ち着く……いや、帰ったらまた家族が望む『高田愛衣』を演じなきゃいけないのか。


「もしかして、帰りたくない?」


 たった1ヶ月。


 されど、1カ月。


 留守にすることが多かったとはいえ、彼女のことはよく見てきた。


 伸び伸びと楽しそうに生活していたように見えた。


 謹慎期間とは思えないほど。


「もしかして、ここでの生活が楽しかったん?」


 わざとらしく明るく、おどけて言ってみる。


 そうだといいな、という私の願望と、愛衣の本音が聞きたいという気持ちを込めて。


「……それもあるんやけど」


 少し間を置いた答えに、ドキッと胸が強く脈打った。


 まさかまさかの返事。


 顔には出していないつもりだけど、頭の中で小躍りする私がいる。


 しかし、その喜びは直後の言葉によって霧散することになる。


「実はね、私……ストーカーされてるんよ」

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