第3話 多分、鬼の形相

 私自身は、キレられたことも殴られたこともない。


 では何故「すぐに手が出る人らしい」なのか。


 出典元、高田愛実。ご本人様。


 時は遡り高校時代。


 めぐっちの無駄に広い部屋で勉強会をしていたら、

「学校で「鬼」って呼ばれてるねん」

 と、なんの脈略もなく言われた。


 そのときは「冗談やろ」って返した記憶がある。


 だって、私の前では妹を愛してやまない心優しいめぐっちだし。


「なんでそんなあだ名ついたん」


 理由を聞いたら「愛衣を泣かせた男を殴った」とのこと。


 学校に乗り込み、呼び出し、現れたら秒で右フック。


 問答無用で。


 警察沙汰になる事態なのにお咎めなし。


 それは愛実のご両親がお金の力で揉み消したから。


 おっかないったりゃありゃしない。


 お嬢様学校に通っていたヤツのやることか、と思ったのと同時に悟った。


 この子を絶対に怒らせてはいけないと。


 それなのに、私は地雷を思いっきり踏み抜いてしまった。


 いや、覚悟はしてましたよ。勿論。


 愛する妹のために手を汚すことをいとわない女なんだもん。


 とはいえ。


うちの周りにはマスコミがウロチョロしとるし。ホンマ大迷惑やわっ」


 鼓膜がビリビリと震える感覚。


「それはごめ――」


「謝んねやったら書くなや!」


 ラウドボイス。


 思わずスマホを耳から離す。


 てか、書いた私も悪いけどさ。


 アイドルなのに彼氏がいるどころか、同棲しちゃってる高田愛衣も悪いでしょ。


 とは言わないよ。


 火に油を注ぎたくない。


「取り敢えず、落とし前つけてもらわなな。腹の虫が治まらへん」


「え?」


 物騒なワードが聞こえましたよ。


「落とし前?」


「せや」


 めぐっちがそう言ったと同時に、ピンポーンとチャイムが鳴った。


「んじゃ、頼んだで」


「え、ちょっ待って! 落とし前って、頼んだってなに!?」


 戸惑う私を置き去りにして、通話は終了していた。


 ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン……。


「……うるさ!」


 こちとらめぐっちの言葉の意味を理解しようと必死だってのに。


 ピンポーン。


「はいはい、出ますよ」


 リビングのモニターを確認するのが面倒。


 プラス、チャイムの音にイライラして真っすぐ玄関に向かった。


 後から考えれば、私はこの短時間に二つのミスを犯している。


 一つは、相手を確認せずに電話に出たこと。


 もう一つは。


 ガチャ。


「お待たせ……は?」


「どうも」


 目の前に立っていたのは、白の女優帽を被り、サングラスをした高田愛衣だった。

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