第20話 街でのトラブル


「さて、それじゃあ温泉宿に帰ろうか」


 異世界の街で調べたいことはだいたい確認できた。異世界特有の食材についてはまた今度街に来た時でいいだろう。


「もう少し街を回りたかったかな」


「この街にはいつでも来られるから、また休みの日にでも来ればいいよ」


「あ、そうなんだ」


 あの引き戸は一度開いた場所にまた開くことができる。ただし、その場所のしっかりとしたイメージが必要なので、もう一度来たいと思った場所はちゃんと記憶しておかないといけないな。


「人がこれだけいる場所に来たのは久しぶりじゃから疲れたのう……」


 まあ20年も独りで引きこもっていたらそうなるわな。むしろよく頑張ったほうだと思うよ。


 ドンッ


「ぬわっ!?」


「邪魔くせえな。ボーっと歩いてんじゃねえよ!」


 フラフラと歩いていたロザリーに大柄な髭面の男がぶつかった。相手の男もふらついて酒臭い。どうやら酔っぱらいのようだ。


「……すまぬ。今後は気を付けるのじゃ」


 おお!


 ちゃんと俺が事前にみんなへ教えた通り、トラブルを起こさないようにちゃんと謝っている。偉いぞ、ロザリー!


「けっ、チビでガキなんだからもっと気を付けろよ!」


「チビ……ガキ……たかが数十年しか生きておらぬ小僧が調子に乗りおって……」


 あっ、これはガチでヤバいやつだ。主に相手の男の命のほうが……


「おっ、そっちの姉ちゃんは綺麗な面してんじゃねえか。良かったら俺とお茶でもしないか」


 そう言いながら酔っ払った男はポエルのほうをナンパし始めた。


「申し訳ございません。このあと予定がございますので遠慮させていただきます」


 面倒そうな酔っぱらい相手だが、うまくあしらっている。さすがにこの状況で得意の毒舌は披露しないようだ。


「ちっ、お高くとまりやがって! よく見りゃ胸もちいせえし、ブスじゃねえか!」


「髭ダルマ風情が天使の私によくもそんなことを言えましたね……」


 ちょっ!? 天使とかこっちの世界でしゃべるなよ!


 まあ、この状況でそんなことを言っても痛い人にしか見えないけれど……


「おっと、そこまでにしてもらおう。仲間へのこれ以上の侮辱は許さない!」


 酔っぱらいの男がポエルに詰め寄ろうとしたところをフィアナが間に割って入る。さすが元勇者、喧嘩なんてしたことがなくビビっている俺とは違って、大柄で酔っ払った男など意にも介していないようだ。


「護衛だか何だか知らねえが邪魔な野郎だな! ……ってか、てめえは女か? 胸がまったくねえから分からなかったぜ。いいから男女はすっこんでろ!」


「胸がない……男女だと……殺す!」


 ちょっと待て! さすがに流血沙汰はまずい! というかお前は勇者なのに人殺しは駄目だろ!


 この酔っぱらいの男は3人が気にしていることを的確にえぐってきやがる。煽りの天才か!


 しかし、俺から見たらただの自殺志願者にしか見えん!


「フィアナ様、天使である私が許可をします。ひと思いに殺ってください」


「ストップ!」


 許可するな! というかお前は天使だろ! 天使なのに慈悲というものはないのか!


「殺れ、フィアナ! 貴様が殺らねば妾が殺る!」


 いかん、いかん! ここで元魔王であるロザリーが問題を起こしたら、最悪人族と魔族の戦争が再発なんてことになる可能性もありえる!


「ちょっと待ったあ!」


 俺は両手を広げて前に出た。もちろん酔っぱらいの男を背に、3人の前に立ちふさがる方向だ。


 さすがにこの3人といえど、雇い主である俺には手を出さないはずだ。……はずだよね?


「ああん? なんだてめえは?」


「ヒトヨシ様、どいてください! そいつを滅することができません」


「滅するな!」


 おまえ、本当に天使かよ!? 凶悪すぎるだろ!


「お、おい、兄ちゃん。なんなんだよ、この凶暴な女たちは!?」


 明らかにヤバい殺気を発する3人に気付いた酔っぱらいの男がようやく少し冷静になったらしい。


「うちの連れが本当にすみません。こいつらに変わって私が謝罪しますので、どうかこの辺でご勘弁を!」


 ロザリーはちゃんと謝ったし、どう考えても悪いのはこの男だが、今はそんなことを言っている場合ではない。俺の頭なんていくらでも下げるから、何としてもこのあとに起こる惨劇を回避しなければならない。


 プライド? なにそれ、おいしいの? 時に譲ってはいけないこともあるが、今は俺のプライドなんかよりも、うちの温泉宿の従業員に問題を起こさせないほうが大事である。


「……お、おう。次から気を付けろよな!」


 危険な雰囲気を察知した酔っぱらいの男は大した捨て台詞も吐かずに、足早にこの通りから立ち去って行った。


 危ないところであった。もしあの男がさらに突っかかってきたら、俺ではこれ以上は抑えることができないところであった。本当に命拾いをしたようだ……あの男は。


「おい、あそこまで馬鹿にされたのに逃がしてよいのか!」

 

「ああいうやつはいなくなったほうが世のためだよ!」


「顔はしっかりと覚えました。追跡して息の根を止めましょう!」


「おまえら血の気が多すぎるだろ!」


 魔王であるロザリーはまだしも、勇者と天使が悪口を言われたくらいでそれはどうなんだよ!?


 もうすぐ温泉宿がオープンだってのに、不安しかないのだが……

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