第35話 まかない


「ふ~ん、火山がなくても地面を掘ったら温泉が出てくる可能性もあるのね」


「うちの村でも試しに掘ってみたりするか」


「地下に水が溜まっていたら、可能性はありますね。でもよっぽど深く掘らないと駄目だと思いますよ」


 たとえ東京でも地中を深く掘れば温泉が出るというのは有名な話だ。もちろん温泉としてやっていくほど十分な湯量があるかは別の話だ。


 それに温泉を掘るのってものすごくお金がかかるんだよな……特に昔は温泉を掘るのは本当の博打だったらしい。大金をかけて地中を深く掘っても温泉としては使えないとかざらにあったらしいからな。


 だけどこの世界には魔法があるから、簡単に穴を掘れる可能性もあるのか。土魔法とかで一瞬で穴を掘れたりしたら便利だろうな。そうすればあの幼女の神様の願い通り、こっちの世界でも火山がない場所で温泉宿を広げていくことができるかもしれない。


「ねえねえ、あのお風呂にあったシャンプーとかボディソープとかってどこで売っているの!」


「髪がサラサラになって、肌もスベスベになって本当にびっくりしました~」


 女性陣が目を輝かせながら聞いてきた。やはり女性はそのあたりが気になるようだ。


「あれらの品は私の故郷でしか作られておりません。似たようなものならどこかで販売している可能性はありますけれどね」


「あ、そっか。そういえばここって私たちの国じゃないんだったよね」


「もしも可能なら売ってほしいですう!」


「申し訳ございません。当温泉宿にある物の販売はしていないんですよ」


 一応やろうと思えばストアの能力で購入した物を販売することは可能なのだが、あまり異世界に元の世界の物や技術をばらまくのはよろしくない。


 特にシャンプーやボディーソープなどは川などで使用すると魚などの生態系にも悪影響が出るし、容器のブラスチックなども自然に悪影響を与えてしまう。


 異世界だし、少しくらいなら環境破壊をしても大丈夫ではないのかとも一瞬だけ頭をよぎったが、環境問題はひとりひとりがしっかりと意識することが大切なのである。


 ……まあそんなたいそうなことを言ってみたが、単純に商売になると交渉とかが面倒だし、あれを売れこれを売れだの面倒な輩が出てくることが間違いないだろうからな。


「そっかあ~残念……」


「ほしかったですう……」


「申し訳ございません。ですがこちらの温泉宿に来ればいつでも楽しめますので、またいつでもいらしてください」


「ほら、元気出せよ。また来ればいいだけの話だろ! いろんな街や村の宿に泊まったことはあるが、こんなに良い宿は初めてだ。あの温泉もとても気もちくて疲労や魔力まで回復するんだもんな」


「それにこの料理やお酒もとてもうまいし、これが金貨1枚なんて信じられないよ! ほら、2人とも。まだうまい料理と酒が残っているだろ。狩りを頑張ってまた来ようぜ!」


「そうね、絶対にまた来るわ!」


「はいです! 狩りを頑張って、絶対にまた来るです!」


「ありがとうございます。ぜひまたみなさんでお越しくださいね」


 どうやらこのエルフのお客さんたちはまた来てくれるそうだ。ぜひとも他のお客さんたちと一緒で常連さんになってほしいものだ。






「ふう~ようやく落ち着いたみたいだな」


 お客さんたちの食事が終わって、今は全員が部屋に戻っている。


 散々何度も酒はゆっくりと飲むように伝えていたおかげで、なんとか酔いつぶれる前に解散してくれたみたいだ。ドワーフのお客さんとかは少し怪しいところだったが、幸いなことに手持ちがそこまでなかったため、強制的に打ち切りとなった。


 下手をすればあのまま宴会場で酔いつぶれていたかもしれない。あとエルフのお客さんも怪しかったかもしれない。梅酒とかって飲みやすいわりに酒精は結構強いからな。


「それほど大きな問題はなさそうでしたね。お客様も十分に満足していたように見えました」


「うん。みんな本当においしそうに飲んだり食べたりしていたよね!」


「妾も腹が減ったのじゃ……」


「ああ、そうだな。反省会とか仕事の内容とかはまかないを食べながら話そう。今からさっと準備するから、ちょっとだけ手伝ってくれ」


 ちなみに今の時間帯や夜の時間帯はロザリーの召喚魔法で召喚されたゴーレムたちがフロントに立っていてくれる。もしお客さんたちになにかあったら、すぐにロザリーを通して俺を起こしてくれる手筈となっている。


 召喚魔法はロザリーが寝ていたとしても召喚し続けることが可能らしい。……便利すぎてブラック企業の上司とかに知られたら駄目なやつだよな。絶対に魔力が尽きるまで24時間連続で稼働とかさせられそうである。


「もちろんだよ。とってもおいしそうだったから楽しみだね!」


「ええ、あの煮付けといい天ぷらといい、とてもおいしそうでしたね」


「うむ、妾も楽しみじゃぞ!」


「……いや、あれはお客さん用だし、俺達のまかないはあんなに立派なもんを作らないぞ」


「ええっ!?」


「……っ!?」


「なんじゃと!?」


 ……いや、そんなに驚かれて困るんだけど。というかポエルのそんなに驚いた表情は初めて見たんだが……

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