第12話 新たな来訪者
「フィアナ、今のは魔法なの?」
「あ、ああ。でも普通の生活魔法だよ。服の汚れや部屋の汚れなんかを取り除く魔法だね」
どういう仕組みなのかはさっぱりだが、フィアナの着物についてしまったシミが一瞬のうちに消えていった。やっぱり魔法ってすごいわ。
「もしかしてその魔法を使えば洗濯とか部屋の掃除とかもできたりするんじゃない?」
「そうだね、多分大丈夫かな。僕の魔力は普通の人よりもだいぶ多いと思うから、僕が寝ていた部屋くらいだったら100近くは魔力が持つと思うよ」
「おおっ、それはすごい!」
温泉宿での仕事の中で結構な時間と労力を占めるのはお客さんが帰ったあとの掃除や布団やベッドシーツなどの洗濯である。一部屋一部屋だけだったら、それほど時間はかからないが、全客室の分を掃除したり、洗濯をしたりすると時間と労力がかかるのだ。
とはいえ、その魔法がどれくらいの汚れを落としてくれるのかは分からないから、あとで確認をしてみるとしよう。
それに温泉宿のタオルは常に洗濯をしてフワフワにしておきたいところだ。今は従業員用のそれほど高級ではないバスタオルを使っているので、そのあたりも確認してみるとしよう。営業を開始する時までに、この温泉宿のバスタオルは高級なものを準備しようと思っている。
「フィアナがいてくれると仕事がとても早く進みそうだね。やっぱりフィアナを雇って正解だったよ」
「ま、任せてくれ!」
「あれ、でもこの魔法があれば、昨日ここに来た時みたいな血や泥の汚れもすぐ綺麗にできたんじゃないの?」
「そういえばそうだった。最近は綺麗にしても、どうせ次の魔物を狩りに行ってすぐに汚れるから、面倒でずっとそのままにしていたんだよね」
「「………………」」
相変わらず見事な社畜精神であった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「さて、それじゃあ今日はいろんな料金を設定したり、接客の練習をしていこうと思う」
「わかりました」
「り、了解!」
昨日はフィアナが夕方までぐっすりと眠っていた。そのあとに晩ご飯を食べて、またゆっくりと温泉に浸かっていたが、目覚まし時計の使い方を教えていたため、今日の朝はしっかりと起きられたようだ。
朝ご飯の和食もおいしそうに食べてくれた。どうやらフィアナも和食は大丈夫みたいだな。明日はポエルとフィアナが洋食を食べられるか試してみるとしよう。
「そういえばフィアナは勇者を辞めることについて国にちゃんと報告はしたの?」
どんなにブラックな国であったとしても、一応その報告はしておかないと駄目である。それにもし万が一、勇者だったフィアナがこの温泉宿で働いていることが伝わって国のお偉いさんとかが来たら困る。
こっちの世界とは別の次元にあるというこの温泉宿へ自由に来ることはできないとはいえ、できれば穏便に今の仕事を辞めると伝えておいてほしい。
「ああ、今日ちゃんと手紙を書いて王城へ人伝に届けるよ」
「う~ん、手紙か……やっぱり直接会って伝えるのは難しそう?」
「絶対に無理! 前も一度国王様に直接会って休みをもらおうとしたけれど、結局国王様を前にしたら何も言えなくなっちゃった……直接会って辞めるなんて絶対に言えないよ……」
あなた勇者だよね!? 国王様に何も言えなくなる勇者ってどうなのよ……
でもまあ確かに元の世界では上司に直接辞めるって言えない人も大勢いたもんな。
う~ん、手紙で伝えたのならとりあえずはいいか。下手にこちらのほうから勇者を雇わせてもらいます、なんて言えないし。
「わかったよ。でもくれぐれもこの温泉宿で働くことについては秘密で頼むよ。さすがに国王様とかに押しかけられたら困るからね」
「うん!」
「それじゃあ近くの街まで行って、最後の依頼品と王都行きの手紙を渡してすぐに戻ってくるよ!」
「ああ。それとこの温泉宿の名刺を渡しておくよ」
「名刺?」
「最初にこの温泉宿の引き戸が出た場所にこの名刺を持ってくると、もう一度この温泉宿に入ることができるんだ」
そう、この温泉宿にもう一度訪れたい場合には、最初にこの引き戸が現れた場所までこの温泉宿の名刺を持ってこなければならない。そのため、一度この温泉宿を訪れて、問題なく過ごしてくれたお客さんには帰る際にこの名刺を渡そうと思っている。
さすがに名刺を持っていればどんな場所からでもこの温泉宿への門を開けるというわけではないらしいので、どこにこの引き戸が現れるのかはその人の運次第になりそうだな。
「なるほど、これを持ってこの場所に戻ってくればいいんだね。それじゃあ行ってくる。すぐに戻ってくるよ!」
ポエルと一緒にフィアナを温泉宿の入り口から見送った。
さすがに今は着物姿ではなく、浄化魔法で綺麗にした鎧を身に付けている。さすがに鎧姿でもボサボサだった髪の毛や目の下のクマがなくなると綺麗な女性に見える。とはいえイケメンに見えないこともないな。
無事に国の仕事を辞めて、すぐに戻って来られることを祈るとしよう。
「それじゃあフィアナが戻ってくるまではこの宿の料金や食事の料金の設定を考えるとしようか」
「承知しました」
ガラガラガラ
ポエルとこの先のことを相談しようとしたところで背後から引き戸の開く音が聞こえてきた。
「あれ、なにか忘れ物でも……」
「……ここはどこなのじゃ?」
後ろを振り向くと、そこには深紅の鮮やかな赤い髪をした女の子がいた。
燃え盛る炎のような赤い色の髪に深紅の瞳。その赤い髪の両側からは黒くねじれた2本の角が生えている。もしかすると、この女の子は魔族なのだろうか。
しかし、中学生か高校生くらいの年頃に見えるこの女の子の胸部は隣にいるポエルのそれの大きさを遥かに超えている。というか普通の女性と比べてもかなりデカい……
……というかなぜにゴスロリ服? あの黒くてヒラヒラがいっぱいついている服ってゴスロリ服だよね。異世界にもあるのか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます