第52話 露天風呂


 露天風呂、説明する必要はないと思うが、屋外にあるお風呂という意味で、特に成分のある温泉に限った風呂でなくても屋外にあれば露天風呂となる。


 この温泉宿がある空間は俺が最初にやってきた真っ白い空間の中にある。当然この温泉宿の外には屋外なんて概念はなく、窓の外には真っ白い空間が広がっているだけであった。そのため、普段の客室にある窓は締め切った状態で、飾りのようなものであった。


 それについては今週温泉宿にやってきたお客さんたちにもいろいろと聞かれてしまった。


「あの露天風呂はポエルたち天使のみなさんが頑張って追加してくれた機能なんですよ」


「へえ~それで昨日はなんだかみんな忙しそうに働いていたんだね。いやあ~みんな偉いねえ。そこまで働きすぎなくていいのに」


「「………………」」


 う~ん、まだポエルとも短い付き合いだが、無表情なポエルの表情の中でも、ポエルの感情がある程度は読み取れるようになってきた。今は無表情な顔をしながらイラっとしている様子だ。誰のせいでここまで働いているんだって感じだな。


 触らぬ神に祟りなしというやつだ、今ポエルに話しかけるのはやめておこう。……神様はこっちの呑気そうな幼女なんだけどね。


 ポエルたち天界の天使にはこの白い殺風景の空間をなんとかしてほしくて、この空間に俺の世界の景色を投影できないか相談してみたところ、たったの1日でこの白い空間に俺の世界の何か所かの絶景ポイントを投影できるようにしてくれた。


「海へ夕日の落ちる瞬間がたまらなく美しかったね。以前にヒトヨシくんたちの世界で忘年会をしたときの宿よりも綺麗な景色だったよ」


「ちょうど日が落ちる時間帯だったからこの時間帯が一番綺麗かもね。他にも富士山という俺の国で一番大きな山を見ながら温泉に入れたり、夜は一面の星空の下で温泉へ入れるようになったよ」


 今はちょうど日が落ちるくらいの時間帯だったので、夕日が海へと沈む景色が見える絶景ポイントを投影してある。この絶景ポイントの切り替えは温泉の泉質と同様に俺の能力で選択できるようになっている。


 絶景ポイントについては俺が元の世界で行ったことがある温泉宿の場所をポエルに伝えた。他にも目前に富士山を見ながら温泉に浸かれる温泉宿や、夜には一面の星空が見える空気の綺麗な山奥の秘境にある温泉宿の景色を投影できるようにしてもらっている。


 とはいえ、もちろん映るのはその景色だけなので、風や雨や音、周囲の温度などを実際に感じることはできない。冬の寒い時期、雪が積もって凍えそうな中で入る温かい温泉に入るあの感覚まではさすがに味わえないようだ。寒すぎて湯船の外に出たくなくなるんだよねえ……


「へえ~それはいいね! いろんな景色を見ながら温泉に入れるわけだね!」


「温泉は周りの景色も大事だからね。温泉から見える景色が良ければ、それだけでお客さんを呼ぶこともできるんだよ」


 元の世界では温泉の泉質よりも、温泉から見える絶景のほうが有名な温泉宿も多くある。というかむしろそっちのほうが有名な温泉宿のほうが多いくらいだ。


 俺の実家の温泉宿にはそんなウリになるような景色も見えないし、特産品なんかも少ないからお客さんを呼ぶのには苦労した。これといった特色のある売り物がない温泉宿はお客さんを呼ぶのに苦労するのである。


 ちなみに露天風呂は予算の関係上、女湯のほうにしかつけることができなかった。新しいフロアを追加するためには100万ポイントが必要になるから、ポイントが貯まるまでは毎日男湯と女湯を交互に代えて営業するとしよう。


 最近ではもうほとんど見かけないが、昔は男湯と女湯を毎日入れ替えて営業している温泉宿も数多くあったもんな。


「露天風呂を気に入ってくれたみたいでよかったよ。それじゃあ温泉からあがったあとに冷たい飲み物でもどうだ?」


「うん、いいね! なんだか温泉に入ると喉が渇くよね!」


「ああ、温泉というかお風呂に入ると汗をかいて身体の中から水分が失われていくからな。お風呂から上がったあとは水分補給をしないと駄目なんだよ」


 なので身体に水分がない状態でお風呂に入るのは脱水症状を引き起こす可能性があって危険だぞ。


「あっ、この自動販売機ってやつは前に行った温泉宿にもあったよ! それじゃあ僕は牛乳がいいな」


「了解。ポエルはどうする?」


 自動販売機にお金を入れて牛乳を購入しつつ、ポエルにも尋ねる。


「それではフルーツ牛乳でお願いします」


「ぷはあ、温泉から上がったあとにこの冷たい牛の乳は本当においしいよ! それにしても、他にいろいろな飲み物があるんだね」


「ああ、他にもこっちの世界にはない飲み物がいっぱいあるからな。また今度来た時にはいろんな飲み物を試してみるといいぞ」


「そうだね、今度は新しい味にも挑戦してみようかな。そういえばあっちにある椅子だけ他のとは形が違うけれど、他のとは何か違うの?」


「ちょうどよかった。せっかくなら新しく設置したを試してみてくれ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る