第14話 前魔王


「前魔王……?」


 なんだろう、ものすごく不穏なワードが聞こえたな……


「……ロザリー?」


「いかにも妾は前魔王なのじゃ。何か問題でもあるのか?」


 ……いや、問題しかねえよ。開き直んな!


「さすがに人族と殺し合いをしてきた魔王は雇うことができないかな……ほら、お客さんの中には魔王を恨んでいる人もいるだろうし……」


 あまり語尾を強くして逆上されて暴れられても困る。ここはなんとかうまくやり過ごして帰ってもらわねば……


「失礼なことをいうでない。妾はむしろ人族と友好的な関係を築こうと努力してきたのじゃぞ! 妾の次に選ばれた魔王が勝手に人族との戦争を始めたのじゃ!」


「あっ、そうなんだ」


「確かに前魔王のロザリーは積極的に人族と関わり合いを持って、人族と魔族で交易を行おうとしていた変わり者の魔王であることは有名だったけど……」


「そうですね、事実として前魔王の時代には人族と魔族で大きな争いは起っておりません」


 なるほど、2人がそう言うのならそうなのかな。


(それにしてもポエルは勇者であるフィアナのことも前魔王のロザリーのことも知らないんだね)


(私も最近になって今の部署に異動してきたばかりですからね。まだ有名人物の顔や名前が一致していないのです)


(………………)


 どうやら天界にも部署移動というものがあるらしい……


「とりあえず失礼なことを言って悪かったよ。人族に害を与えようとは思っていないんだな?」


「うむ。むしろ人族とは仲良くしたいと思っておる。なにせ人族は妾たち魔族の者が作る料理とは比べないほどうまい料理を作るし、思い浮かばない技術を産み出すからのう」


「それなら大丈夫だ。あと一応聞いておくが、誰かに大きな恨みとか買ってたりはしないよな?」


「おそらく大丈夫じゃ。基本的に妾は穏健派じゃったからのう。他の魔族関係が面倒になったから魔王の位も穏便に今の魔王に譲ったし、恨まれるような相手はおらぬ……と思うのじゃ」


 ……若干不安ではあるが、ロザリーの能力はこの温泉宿にはとても有能だ。召喚できるゴーレムの能力を確認する必要はあるが、お客さんの荷物や料理を運ぶくらいはできるだろうし、うまくいけば料理を作る手伝いなんかもできるかもしれない。


 それに停戦協定が結ばれた今、現魔王が何か言ってくる可能性は限りなく低いだろうし、最悪元勇者であるフィアナと前魔王がいてくれれば何とかなるに違いない。


「ポエルとフィアナが問題なければ、ロザリーを雇おうと思うんだけど大丈夫?」


「私のほうは問題ありません。有能な同僚が増えるのはとてもありがたいことですからね」


「さすがにこの前まで人族と戦っていた現魔王だったら一緒に働けないけれど、人族と友好的だった前魔王なら僕も問題ないよ」


 フィアナのほうも問題ないのは助かったな。魔族というだけで敵対視するような人族がいてもおかしくない。


「それじゃあロザリー、君を採用するよ。これからよろしくね」


「うむ! 頑張るのじゃ!」


 こうして新たなる従業員がこの温泉宿に加わることとなった。






「よし、今日の晩ご飯はこんなもんでいいだろう」


 新しく従業員も加わって、今は3人で温泉に入っている。今のところ元勇者であるフィアナと前魔王であるロザリーには互いに確執のようなものはなさそうだから助かった。さすがに同じ場所で一緒に働く従業員としては仲良くしてほしいところである。


 今頃は湯舟に3人の女性が温泉に入っていると、少しドキドキしてしまう。3人とも中身はともかく、外見は間違いなく美女と美少女だからな。この温泉宿の良い看板娘となってくれるだろう。


 ……温泉の定番であるのぞきはしないのかって? いや、するわけがない。ここは異世界で、バレたら従業員の信頼を失うどころか、殺される可能性だってあるからな。


 まあ、のぞきたいかのぞきたくないかでいえば、男たるもの当然のぞきたいと正直に答えよう。


「料金の設定や仕事の割り振りもだいたい終わったし、問題は接客だな。明日は徹底的に練習をするとしよう」


 なにせ天使に勇者に魔王だからな。従業員のほうが問題を起こさないように注意しなければならない。……まさか従業員よりもお客さんの安全を優先する日がくるとは思わなかったぞ。


 ちなみに引き戸での従業員の募集はすでに打ち切ってある。今後追加で従業員の募集をする可能性もあるが、まずはこの4人で温泉宿の仕事をまわしていく予定だ。


 ……うん、先行きは超不安であるが、神様に言われた仕事をこなしつつ、スローライフのために頑張るとしよう。


「ヒトヨシ~!」


「うおっと!?」


 調理を終えて3人が温泉から上がるのを待っていると、温泉から上がってきたロザリーがいきなり飛びついてきた。


「なんじゃあの温泉とかいうやつは! 川で水浴びをするのと全然違うのじゃ! 温かくて気持ちよくてたまらんかったぞ! 人族の世界にはあんなに素晴らしいものがあるのじゃな!」


「お、落ち着け、ロザリー! いったん離れてくれ!」


 温泉から上がったばかりのロザリーは先ほどまでのフワフワしたゴスロリ服ではなく、この温泉の浴衣を着ている。


 その浴衣の隙間からはその背丈からは想像もつかないほど大きな胸の谷間が見えており、当然抱き着いてきた俺の右腕には柔らかな感触が伝わってくる。


 これはいろいろとまずい!

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