第15話 風呂上がりには…


 振り払おうとするがまったく引き離せない。こんなに小さい姿なのになんてパワーだ!


「しかもあのシャンプーやリンスとかいうものもすごかったぞ! ほれ、いつもベタベタしていた妾の髪の毛がサラサラじゃぞ!」


 ぐいぐいと頭を押し付けてくるロザリー。というか角の先が尖っていて痛い……


「わかったから1回落ち着こう。髪の毛どころか、角が刺さりそうになっているからな」


「おお、すまん! なにぶん長い間魔族や人と関わらぬ生活を送っていたからのう」


 ようやくロザリーが腕を離してくれた。よほどの力だったようで、腕が少し赤くなっている。


 20年間ヒキニートを続けてきた弊害というやつだな……まあ対人恐怖症とかよりはまだマシか。


「……やはり駄女神の言う通り、ヒトヨシ様はロリコンのようですね」


「おい、人聞きの悪いことを言うな!」


 気が付くと温泉から上がって浴衣姿のポエルが俺のことをゴミを見るような目で見ていた。こちらの世界ではスライムを見てるような目とでもいうべきなのだろうか……


 それにしても駄女神のやつは勝手に人のことをロリコン扱いしやがって! あの駄女神は俺の心が読めたんだから、俺の好みのことは知っていたくせに!


 そもそもロザリーは239歳だからむしろババ……ごほん、成熟した女性だからロリコンにはならないはずだ。


「ポエルさん、ロリコンとはなんなのだ?」


「ヒトヨシ様のように幼い姿の女性しか愛せない性癖を持った悲しい男性のことです」


「うわあ……」


「ちょい待てや!」


 しれっと、変なことをフィアナに吹き込むんじゃない!


「なにっ、そうじゃったのか! しかし、妾たちはまだ出会ったばかり、いくらなんでも結婚はまだ早いのじゃ!」


「落ち着け、ロザリー! 誰も結婚の話なんて1ミリもしていないからな!」


「はっ、しかしこのプロポーズを受ければ、妾はずっとこの温泉に入って働かずに生きていけるのか! それは少し悩むのう……」


 そんな理由で悩むなよヒキニート魔王!


 というか勝手に俺がプロポーズしたことにしないでくれ……






「さて、それじゃあ晩ご飯にしよう。今晩の食事もこの温泉宿で出す予定だから、率直な感想を頼む」


 ポエルからは冷たい視線を送られるわ、フィアナからは不審な視線を送られるわ、ロザリーは暴走しまくるわ、先ほどのカオスな状況をなんとか収めた俺を褒めてほしい。


 というか本当に従業員はこの3人で大丈夫なのだろうか。なんだか大きな間違いをしている気がしなくもない……


「ほう、これが食事なのか! なんとも色とりどりで美しいのう! 食べるのがもったいないくらいじゃ!」


「確かに料理だけでなくお皿もとても綺麗です。それに盛り付けもちゃんと考えているみたいですね」


 温泉宿で提供する料理は目で見ても楽しめるように、彩り豊かな食材を使っている。もちろん味も大事だが、見た目も非常に大事なのである。


「こっちのほうは昨日食べた鍋かな?」


「おしいね、フィアナ。今日のは鍋と似ているけれど、しゃぶしゃぶという料理なんだ」


 今日のメイン料理はしゃぶしゃぶだ。それもただのしゃぶしゃぶではなく、である。それもカニしゃぶだけではない。そう、今日の料理はカニ尽くしである。


 ちょっと豪華すぎる気もするが、今日は従業員が揃ったお祝いだ。それに後ほどこの温泉宿でも目玉となる高級料理のコースとして提供する予定だから、従業員のみんなにも味を見てもらい、感想を教えてもらうとしよう。


「それと今日はお酒を用意したんだけど、3人はお酒を飲める?」


「私は大丈夫です。ヒトヨシ様の国のお酒には少し興味がありますね」


 ポエルはオッケーと。俺としては天界のお酒も気になるところだ。


「僕も大丈夫だよ。状態異常耐性もあるから酔うこともないからね。偉い人との食事会ではよく飲まされていたなあ……」


 フィアナもオッケーと。相変わらずの社畜っぷりである。


 勇者がアルハラを受けるってどういうことだよ……この世界の勇者の立場が弱すぎて泣けてくるんだが……


「妾も大丈夫じゃ。酒など久しぶりじゃな!」


 ロザリーもオッケーと。……もしかして引きこもっていた20年ぶりの酒とかになるのかな。


「一応全員大丈夫みたいだな。味についての感想もほしいけれど、無理はしないでくれよ。俺の故郷の酒は少し酒精が強いらしいから、少しずつ飲んでくれ」


 天界のほうのお酒の事情については知らないが、こちらの世界のお酒の情報についてはポエルから聞いている。酒自体は存在するが、蒸留酒などの酒精の強い酒はまだ存在しないらしい。


 そんな中で、俺の世界の酒精の強い酒なんかを飲ませたら、一発でダウンしてしまってもおかしくない。


「ほう、これがヒトヨシの国の酒か。とても綺麗な色な黄金色をしておるのう」


「僕の国のエールとは色がだいぶ違うよ。うわっ、それにとても冷たいんだね」


「表面にはキメ細かな白い泡がありますね。冷えたお酒は初めて飲みますがおいしいのでしょうか」


「ふっふっふ、これが俺の国の酒である『ビール』だ!」


 そう、これこそが風呂上がりの火照った体に最強無敵のキンキンに冷えたビールである!

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