第16話 ビールとカニ
「ビール? エールじゃないんだね」
「俺の故郷だとビールっていうんだよ。まあエールの仲間みたいなものだな」
正確に言えばビールはラガービールとエールビールと自然発酵ビールなどに分かれているが、日本でのビールといえばラガービールが基本となる。
どうやらこっちの異世界ではエールビールが基本みたいだな。
「それじゃあ早速乾杯しようか。乾杯!」
「「「乾杯!」」」
ガラス製のグラスのぶつかる音が響き渡る。
「……うん、うまい!」
ラガービールの特徴としてはスッキリとした爽やかな喉越しだ。雑味が少なく、ホップの心地よい苦みとマイルドな口当たりでキンキンに冷えた液体が喉を通り過ぎる。やっぱり冷えたビールはうまいの一言に尽きる。
「うわっ、なにこれおいしい! エールよりもスッキリしていてとても飲みやすい。冷えたお酒ってこんなにおいしいんだね! 本当はお酒ってあまり好きじゃないけれど、このビールならおいしく飲めるよ!」
「エールは香りを楽しむものだけど、こっちのビールは飲みやすく作られているお酒だからな。あと、酒が好きじゃないなら無理に飲む必要はないぞ。誰でも好き嫌いはあるんだから、ここでは無理に飲ませる気はない。酒以外にもうまいジュースなんかもあるからな」
「う、うん。気を付ける。でも、このビールってお酒は飲みやすくておいしいよ!」
昭和の時代ならともかく、今の令和の時代にはパワハラやアルハラなんて論外である。それに酒は無理に飲むものではなく楽しむものだからな。
「ぷはあああ! こいつは効くのう! 久々の酒じゃから余計に染み渡るのじゃ!」
ロザリーはオッサン臭いな……
というか見た目は少女なのに、ビールを飲んでぷはあとかいうギャップが酷い……
「冷やされていて飲みやすいけど結構酒精はあるからな。久しぶりなら、なおのことゆっくり飲むんだぞ」
「わかっておるぞ。もう一杯おかわりなのじゃ!」
「………………」
ちっともわかっていなそうだから、こっちで酒の量を調整させるとしよう。
「とても飲みやすいお酒ですね。冷えたお酒は初めて飲みましたが、こちらのほうが飲みやすくていいかもしれません」
「ふむふむ。こっちの国の人には受け入れられると思う?」
「そうですね。少なくともこちらの冷えたビールというお酒は飲みやすいので受け入れられると思います。それにこちらのグラスもとても綺麗なので見栄えもいいですね」
「ああ、やっぱりこれだけ透明なガラスは珍しかったりする?」
「はい、こちらの世界の技術ではこれだけ不純物がないガラスを作るのは極めて難しいでしょうね。ですが、この温泉宿には盗難防止の機能がありますので、問題はないと思いますよ」
「俺のストアで購入した物はこの温泉宿から持ち出せないんだったよね。確かにこの温泉宿のものは価値のありそうな物が多いから、その機能はとても助かるよ」
俺のストアで購入した物にはこの温泉宿からの持ち出しを制限することが可能となっている。具体的に言うと、俺が指定してた購入物を持ちながらこの温泉宿の引き戸から出ることができなくなるのだ。
花瓶やお皿、こういった綺麗なグラスのひとつひとつがこちらの世界では価値のある可能性は高いもんな。もちろん、何かを持ち出そうとしたお客がいたら即出入り禁止にする予定だ。
「私達天使の労働の成果なので、感謝して使ってくださいね」
「押忍! 感謝しています!」
どうせ今回も駄女神が何もしていないことはすでに分かっている。ポエルたち天使……いや、天使様たちのサービス残業の成果の結晶はありがたく使わせてもらいます!
「よくわからんが、もうこっちも食べてよいのか?」
「ああ、もちろんいいぞ。こっちの殻から中身を取り出して食べるんだ。メインのカニしゃぶは今鍋の火を入れたところだからもう少しあとでだな」
おっと、特別なのはビールだけではない。こっちのカニ尽くしもお客さんに提供するくらいのクオリティで作ったつもりだ。
基本的に温泉宿の料理はそこそこの品数を作る予定だ。今回は俺ひとりで料理をしたため、品数は少なめで一品の量を多く作っている。今後の料理はロザリーの召喚魔法で召喚したゴーレムがどれくらい役に立ってくれるか次第だな。
「う~ん、身を取り出すのにちょっと手間はかかるんだね」
「まあ、この料理は殻から取り出すことも含めてなんだよ」
「……変わった道具ですね。なるほど、この赤い足から身を取り出す専用なのですね」
「ああ。カニフォークっていうんだよ。ちなみにこの赤くて足がいっぱい生えている生物がカニっていうんだ。俺の故郷だと高級食材なんだ」
カニフォーク、またはカニスプーンというカニの身をほじる道具だ。どうでもいい知識だが、正式名称は
「おお、これはうまいぞ! 身に甘みがあって、しっとりとした舌触りで旨みが強く、この酸味の付いた透明な液体とよく合うのじゃ!」
ロザリーが食べているのは茹でたカニだ。茹でたカニを少し氷水でしめたものにカニ酢をつけて食べるオーソドックスな食べ方だ。
「うわあ、こっちのは焼いてあってとても香ばしい! ほくほくと温かくておいしい味と香りが口の中いっぱいに広がっていくよ!」
フィアナが食べているのは焼きガニだ。カニの甲羅ごと焼いた焼きガニの香りはカニ料理の中の随一で、香ばしいカニの香りが鼻をくすぐる。
「こちらの料理は身がとても甘いですね。この柔らかくトロけて甘みのある味わいは今まで食べたことがありません」
ポエルが食べているのはカニ刺しだ。エビやカニなんかは死んですぐに鮮度が落ちてしまうが、このストアの能力では新鮮な状態で購入することができる。カニを生で食べると、その身の甘みは火を通す料理とは段違いだ。つける醤油はほんの少しでいいことをちゃんと説明しないといけないな。
他にもカニ味噌やカニの天ぷらといったカニ料理を楽しむ3人。どうやらカニ料理はこちらの世界の人にも受け入れられるようだ。
「さあ、これがメインのかにしゃぶだ!」
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