第44話 相席


 鳥人族。元の世界では足が鳥のままだったり、頭が鳥の姿だったりといろいろな姿をしている種族だが、今目の前にいる鳥人族の男は普通の人族と変わらないように見える。唯一異なるのは浴衣の中にある腕の下には立派な羽があるということだ。


 浴衣の袖はだいぶ余裕があるため、鳥人族の腕と羽がちょうどすっぽりと入っている。


「お兄さんたちは人族の商人なんだろ。実は俺たちかなり田舎の村に住んでいるんだ。いろんな旅の話を聞かせてくれないか?」


「ええ、もちろん構いませんよ」


「ここの宿の扉は遠い地をつないでいるようですからね。私たちもぜひみなさんのお話も聞かせてください」


「やったあ! うちの村は本当に田舎なの。とっても楽しみだわ!」


 どうやらお客さん同士で同席するみたいだ。なるほど、確かに遠く離れた商人さんの話はとても面白そうだもんな。


「それでしたら席をくっつけましょうか。そちらのほうが話しやすいかと思いますよ」


「おお、これはすまないな」


「ありがとうございます」


 食事処のテーブルは畳の上に座って食べる用の4人用のテーブルなので、簡単に持ち上げて隣のテーブルとくっつけることができる。料理を乗せたままのテーブルを運んで商人たちのテーブルと鳥人族のテーブルをくっつけた。


 さて、従業員としてこれ以上は野暮というものだろう。




「ビールを3つお持ちしました」


「おう、ひとつは俺のほうだ」


「もうひとつは私よ」


「もうひとつは私ですね」


 手を挙げたお客さんたちにビールを配っていく。先ほどからずっと商人さん達と鳥人族の人たちのグループで一緒に楽しそうに飲んでいる。


「いやあ、それにしてもこのビールというお酒は本当においしいですよ。これまでいろんな場所を旅してきましたけれど、これほどおいしいお酒を飲むのは初めてです。少しエールに似ているようですけれど、こんなにおいしいお酒はどうやって作るのですか?」


「ありがとうございます。このビールは私の故郷で作られているお酒なんですが、私も詳しい作り方は知らないんですよ」


 ふたつのビールの違いはエールビールが上面発酵で、ラガービールが下面発酵くらいの違いしか俺は知らないな。材料とかもエールビールとラガービールで異なったりするのだろうか。


 とはいえ、仮に材料や製法などを知っていても知らないと伝えていただろう。あまり元の世界の知識をこの異世界にばらまくのは良くない。それが何らかの火種となってもおかしくないからな。


「まあ俺たちは作り方を教えてもらったところでどうにもならないんだけどな」


「うちの村には何にもないからなあ……」


 まあ、お酒の作り方を教えたところで、材料が手に入らなければ作ることができない。麦はあると思うが、ホップが存在するかは怪しいところである。


「あと、お風呂っていうのには初めて入ったわ! あれはとっても気持ちがいいわね!」


 鳥人族の女の子は20歳前後といったところだろうか。浴衣を着ているその姿は普通の女の子にしか見えない。


 そうか、村育ちだと公衆浴場なんかもないからお風呂に入ったことがない人もいるわけだな。お風呂の良さを知っている日本人としては少し同情してしまう……


「楽しんでもらえてなによりです。私はあまり他の国の生活には詳しくないのですが、やはりお風呂は珍しいものなのですか?」


「そうですね。大きな街ですと浴場があったりしますが、こちらの宿のような大きな湯船はなく、ひとり用の小さな桶に湯を張って入るだけですよ」


「小さいからすぐにぬるくなるし、時間も短い時間で交代させられるから、あまり身体も休まりません。とはいえそれでも十分に気持ちがいいので、風呂がある街へ行った際には利用しておりますね」


「なるほど」


 どうやら商人さん達の国では一応公衆浴場のようなものは存在するらしい。元の世界でも風呂はローマ時代からあったという話だもんな。だけど大きな湯船みたいなのはなく、小さな湯船を交代で使うみたいな仕組みらしい。


 やはり銭湯などの大きな湯船やシャワーなどは大量の水を使うから難しいのかもしれない。大きな湯船だとお湯を沸かすのも非常に大変だからな。


「それに比べたらここの宿の温泉というのは広くてとても素晴らしかったですよ! 熱くて広々とした湯船、これほど素晴らしい宿は初めてですね!」


「ええ。またこの道を通る際にはぜひ寄らせてもらいますよ」


「ありがとうございます、ぜひまたいらしてくださいね」


「はあ……こんないい宿だってのに俺たちもめったに来られないのがつれえぜ……」


 鳥人族パーティのリーダーである筋肉マッチョの鳥人さんがそんなことを呟く。彼らが森で狩りをして生活してるのは聞いていたが、なにか宿に来られない理由でもあるのだろうか。


「そうね。金貨1枚は結構な大金だわ……お酒も含めると結構な金額になっちゃうからね」


「うちの近くの街だと魔物の素材の買い取りが安いから、金貨1枚はなかなかの金額なんだよなあ」


 ……なるほど、物価高の違いもあるだろうし、かなり安めの値段設定にしたつもりだが、場所によっては金貨1枚は結構な大金になるのか。


「いいじゃんか、たくさん魔物を狩って金を稼いでまた来ようぜ! たまには贅沢も必要だって!」


「ああ、そうだな。俺も気に入ったし、絶対にまた来ようぜ!」


「そうね、頑張りましょう!」


 そう言いながらジョッキを掲げてもう一度乾杯をする鳥人族のパーティ。


 うん、貴重なお金を支払ってこの温泉宿へ泊まりに来てくれていることを忘れてはいけないな。高い料金を支払ってでも、もう一度来たいと思ってもらえるそんな温泉宿にしていくとしよう!

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