第55話 お酒の拡張


「いやあ~どの料理もとても手が込んでいておいしいよ! こういう繊細な味付けなんかを僕の世界にいるみんなにも見習ってほしいんだよね!」


「日本料理は出汁とか味付けに結構なこだわりがあったりするからね。とはいえ、料理の味付けとかは香辛料や調味料が安く普及するようになってからだと思うぞ」


 実際のところ料理の文化といっても、塩以外の胡椒や砂糖などの様々な香辛料や調味料が普及されてこそいろいろと試せるものだからな。


「ちなみに神様的にはどの料理がおいしいと思うんだ?」


「う~ん、どれもおいしいからとっても迷うけれど、やっぱり生の魚の切り身に醤油を付けたものと、この肉や野菜を甘辛く煮て生卵を付けたすき焼きが好きかなあ。あっ、それとこっちの天ぷらもおいしいし、このカニっていう食材もとってもおいしいよ!」


 最初はこっちの世界のお客さんに喜んでもらえた天ぷらやすき焼きなどといった料理を中心に出していたのだが、お客さんに出していない料理も出してほしいと頼まれたので、刺身やカニなどといった先週はお客さんに出していない料理を出した。


 こんな姿でも女神なだけあって、毒でダメージを受けたりお腹を壊すことがないらしい。まあ、さすがにそんなものを出すつもりはないけれどな。


「なるほど……やっぱり生の魚や卵は食べ慣れていない人たちにとって最初は食べにくいかもしれないけれど、実際に食べてみたらおいしいと思ってくれる可能性は十分あるな。来週からは試しに温泉宿でも出してみるか」


 生の魚である刺身やすき焼きにつける生卵はそのこともあって今週は提供しなかった。次からはお客さんに説明をした上で、望んだお客さんには提供してみてもいいかもしれない。


 やはり予想通りというべきか、女神もこの世界の人たちと同じように今まで見たことがない天ぷらなどの揚げ物料理や、味が複雑で濃い目のすき焼きなどの料理を好むような傾向にあるらしいな。


「そうだね。最初はだいぶ驚かれるかもしれないけれど、この温泉宿の特異さを見たら食べてくれる人もたくさんいると思うよ。それにこっちのすき焼きだと、生卵を絡めたほうが絶対においしいもん!」


 確かに俺もすき焼きに生卵は必須と思う派だ。俺の能力で購入した食材は寄生虫が付いていたり食材が痛んでいる可能性はないみたいだし、せっかくならここでしか安全に食べられない料理を味わってほしいわけだしな。


「それにしてもビール以外のお酒も本当においしいね! 特にこの日本酒ってやつは酒精が驚くほど強くて、口に入れると華やかで複雑な香りが一瞬で広がってきて、わずかな甘みとまろやかさが感じられるんだ。それに冷たくして飲むのと温めて飲むので全然味が違うから驚きだよ!」


 女神はビールを飲んだ後は日本酒をゆっくりと楽しんでいる。女神の言う通り、日本酒は常温、冷酒、熱燗と温度を変えるだけでその味がガラッと変わるから本当に面白い。どうやら前回元の世界で飲んだという日本酒がよっぽど気に入っているらしい。


 確かにこちらの世界ではお酒を蒸留してアルコール度数を高めた蒸留酒なんかはまだないみたいだから、日本酒の酒精の強さはこちらのお酒に比べたら驚くほど高いようだ。ドワーフのお客さんたちも蒸留酒や日本酒などの酒精の高いお酒に驚いていたみたいだしな。


 ……それにしてもまだ幼い姿の女神が浴衣を着て徳利を傾け、お猪口に入れた日本酒を飲んでいる姿はいろいろとアウトな絵面だぞ。


「日本酒はいろいろな飲み方で味わえるお酒だからね。それに日本酒の種類や作られた地域によっても味が全然違うんだよ。材料となる米の種類や使う水でその味がガラッと変わるからね」


 日本酒も奥が深いからなあ……


 普通の日本酒、本醸造酒、純米酒、吟醸酒など大まかに分けても様々な種類がある。ちなみにお値段的に一番高価なのは純米大吟醸と呼ばれる日本酒で、精米歩合が50%以下でアルコール添加なしの純粋なお米の味を味わえる日本酒となる。


 もちろん純米大吟醸だからうまいなんてことはなく、それぞれの特徴があってどれもおいしい。それに加えてその蔵によってお酒の味が全然違うのだから本当に奥が深い。


 これを考えるとここで購入できるお酒の種類は少し少ない気もするんだよね。


「へえ~そうなんだ! この他にもいろんな日本酒があるんだね!」


「ビールなんかも作っているメーカーによって味が全然違うんだ。それをいったらワインなんかはものすごい高価なものもあるんだぞ」


「ふむふむ、それはもったいないね……よし、それじゃあ今度はヒトヨシくんの世界のもっといろんな種類のお酒を購入できるようにヒトヨシくんの能力を調整しておくよ」


「えっ、そんなことができるの!?」


「おいおい、僕を誰だと思っているんだい? それくらいの調整なんてわけないさ!」


「………………」


 うん、ポエルがジト目で駄女神を見ている。たぶん実際にそれを調整してくれるのはポエルたち天界にいる天使なんだろうな……


 でも俺にとってもその申し出はとてもありがたい! ちょうどお酒はうまいのだが、種類がもう少しほしいなと思っていたところだ。


「それじゃあぜひお願いするよ。さすがにいろんな地域まではいかなくても、有名なお酒どころを4~5種類くらい選べると嬉しいかな。日本酒だけじゃなくてビールとかワインとか他のお酒の銘柄もそれくらいから選べるとありがたい」


「うん、任せておいてよ」


「ゴホンッ、ゴホンッ」


 ポエルがわざとらしく咳をしている。どう考えてもこれ以上仕事を増やさないでくれという意味だろう。俺の能力を拡張してくれるのはとてもありがたいが、さすがに今回お世話になった天使さんたちにこれ以上負担を増やすのは本意でない。


「とはいえ、いきなりそんな種類が増えてもお客さんどころか俺たち従業員も困惑してしまうからな。1週間に1~2種類くらい少しずつ増やしてくれるだけで十分だよ」


「ふむふむ、わかったよ」


 これくらいなら天使のみなさんにもそれほど負担にならないだろう。その辺りはポエルに聞いてみて負担がないペースで進めてもらうとしよう。


 さすがにお世話になった天使さんたちに恩を仇で返したくはない。それと今度もう少しいろいろと差し入れてあげるとしよう。

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