第54話 適当な駄女神


「せっかくだからいろいろな料理を少量ずつ作ったんだ。一応お客さんからもいろいろと感想を聞いて、こちらの世界の人の舌にも合う料理を作ったつもりだぞ。ついでに神様の感想も聞かせてくれるとありがたい」


 テーブルの上には様々な料理がずらりと並んでいる。今回用意した料理はいつも温泉宿で出している料理とは違って、いろいろな料理を少量ずつ出している。さすがに普段は手間がかかり過ぎてできないが、今日は温泉宿が休みだったからできたことだ。


 今週温泉宿で提供した夕食の中で特に好き嫌いが少なくて評判の良かった料理を中心に作ったつもりだ。


「とはいえ、以前に神様が俺の世界の温泉宿で食べた料理よりは劣ると思うから、あんまり期待はしすぎないようにな」


 以前に元の世界で温泉宿に泊まった時は別の世界の神様たちが集まって開かれていたと聞いたし、日本でも最高峰の温泉宿だったに違いない。いくら俺は多少料理ができるとはいえ、そんな最高級の温泉宿にいる板前の腕には遠く及ばないだろう。


 それに食材に関しても、この温泉宿で使っているものよりも高級な食材を使っているだろうしな。


「大丈夫、ヒトヨシくんの世界の料理が久しぶりに食べられるだけで十分楽しみだよ! もう気付いていると思うけれど、ヒトヨシくんの世界の食文化は、こっちの世界のものよりもだいぶ進んでいるからね」


 確かにお客さんたちから聞いた情報をもとにすると、調理方法や調味料、香辛料などといった食事に関する調理技術や知識などといったものは、俺がいた世界のほうがはるかに進んでいる気がした。


「俺の世界のお酒なんかも出せるけれど、飲み物は何がいい?」


「まずは冷えたビールでお願いするよ。そのあとはきりっと冷えた冷酒なんかが良いね。それと鍋ものなんかには熱燗も好きだよ。チーズなんかのおつまみにはワインなんかもいいなあ~」


「………………」


 こ、この駄女神、酒の飲み方というものをわかっていやがるな。本当に女神なのか? 実は中身は40代のおっさんだと言われても普通に信じられるぞ……


「冷たいビールだな。ポエル、頼むよ」


「承知しました」


 ポエルにビールをお願いする。天ぷらみたいな冷めるとおいしくない料理はまだ出さずに、女神の食事ペースに合わせて少しずつ出していく予定だ。


「それにしてもたった1週間でよくここまで見事な温泉宿を作ってくれたよ。やっぱりヒトヨシくんを選んだ僕の目に狂いはなかったね!」


 ……確か温泉宿に詳しい人を探していたら、偶然俺が死んでしまったとかじゃなかったっけ? 相変わらずこの駄女神は適当だな。とはいえ、一応は褒められているので、そこまで悪い気はしない。


「俺としてもなんだかんだで楽しく働かせてもらっているよ。まあ、あいつらの前じゃあ言えないけれど、みんなにはとても助けてもらっているし、右も左も分からない俺にいろいろと教えてくれてとても感謝しているんだ」


 まだ温泉宿を開いてからたった一週間だが、こんなに早く営業を開始できたのもみんなのおかげだし、楽しく働かせてもらっているのでとても感謝している。ポエルやフィアナ、ロザリーたちとの巡り合わせについては本当に運が良かったと思っている。


「もちろん死んだはずの俺をこっちの世界に転生させてくれた神様にもとても感謝しているぞ」


 多少はおべっかもあるけれど、死んでこれまで生きてきた記憶をなくすよりも、この世界で面白楽しく働いているほうがよっぽどいい。理由はともかく、この世界に転生させてくれたことは本当に感謝している。


「僕は僕で自分のやりたいことをやって、ほしいものを作ってもらうだけだからね。お互いにWINWINの関係になれてよかったよ。今のところこの温泉宿には大満足だし、また来させてもらうよ」


「この世界の神様が太鼓判を押してくれるのなら問題はなさそうだな。ああ、また遊びに来てくれ」


「そこはもう遠慮なく来させてもらうつもりだよ。ところでヒトヨシくん、僕のダメガっていう偽名について、何か申し開きはあるかい?」


「………………」


 ……そこについてはスルーでお願いします。




「ぷはあああ! いや~これはおいしいね。とても冷えていて、すっきりとした味わい。やっぱりヒトヨシくんの世界のお酒は格別だよ!」


「「………………」」


 満面の笑みでガラスのジョッキに注がれた黄金色のビールを片手に、とてもおいしそうに一瞬で飲み干す駄女神……


 見た目が西洋人形のような少女であるため、おっさんのような行動とのギャップがとてもひどい……


「こっちの世界のエールも悪くはないんだけれど、やっぱりこっちの冷えたビールに慣れているとどうしてもなあ……」


「さすがに物を冷やせる魔法を使える人は少ないからね。理想を言えばヒトヨシくんの世界にあるものを冷やす箱みたいな魔道具が普及してくれるとありがたいんだけれど、さすがにそれが一般の家庭に普及するのはきっとまだまだ先だろうね」


 どうやら冷蔵庫のことは知っているらしい。やはりこちらの世界では魔道具が中心になるみたいだ。確かに冷蔵庫みたいな魔道具が普及してくれると、それに合わせて酒や料理のレベルも徐々に上がっていくのだろうな。

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