第5話 温泉と料理


「ヒトヨシ様、上がりました」


「ああ。料理のほうも準備ができたよ。せっかくだからさっきクリエイトを使って作った客室で食べ……」


 思わず少し見蕩れてしまった。


 温泉から出てきたポエルは先ほどまでのメイド服ではなく、この温泉宿の客室に置く予定の浴衣を着ていた。その美しい銀色の髪は後ろでひとつに結い上げられている。


 浴衣の隙間から除くその白い肌は温泉から上がったばかりで少し上気しており、とても色っぽい。風呂上がりの女性の浴衣姿って、どうしてこんなにも魅力的に見えるんだろうな。


「どうかしましたか?」


「あ、いや! その浴衣姿がとても似合っていると思ってね」


「セクハラです」


「なんで!?」


 別に今変なこと言ってないよね! 普通に褒めたんだけど!?


 てか天界にもセクハラってあるの!?


「最近では天界のほうもコンプライアンスが厳しいのですよ。今の言い方ですと、普段の服は似合っていないとも取れてしまいますし、服装について言及されたくない女性もおりますから」


「な、なるほど……すみません、以後気を付けますので、何卒ご勘弁を……」


「まあ私は気にしていないんですけどね」


「ないんかい!」


 ならなんで言ったし!


「思ったよりも温泉というものが気持ちよかったので、私も少しテンションが上がっているようですね。大量の湯の中に身体を沈めるというのはとても開放感がありましたし、何より身体の疲れが溶けていくようでした」


「……それはよかったよ」


 彼女なりの冗談だったのかもしれない。相変わらず無表情だから、いまいち感情が読み取りにくいんだよな。


「今回の温泉は単純温泉だから、そこまで刺激が強くなくて入りやすかったはずだよ。疲労回復や肩こりにも効くけれど、そこまですぐに効果があったのなら、治癒効果なのかもしれないね」


 単純温泉とは日本でも最も多い泉質だ。成分が単純という意味ではなく、含有成分の領が一定値に達していない温泉のことを指している。


 含有成分が少なく肌への刺激が少ないため肌触りが良く、高齢者や子供も入りやすい泉質である。


 ただ、含有成分は少ないため、効能に即効性はないはずだが、もしかするとさきほどの説明にあった治癒効果が効いているのかもしれない。あと単純に温泉につかると疲れが取れるという感覚はすごいするよね。


「なるほど、温泉の種類によって様々な効能があるというわけですね」


「そうだね。美肌効果のある温泉だったり、火傷や切り傷に効く温泉、神経痛や冷え性に効果がある温泉だったり、いろんな効能があったりするんだよ」


 湯治とうじ目的で温泉を訪れる人もいるし、温泉とはただ身体を洗うだけの場所ではないのである。


「美肌ですか……」


 自分のほっぺを触るポエル。どうやら天使でも美肌効果は気になるらしい。


 そういえばポエルには輪っかや羽とかは見当たらないな。まあ今それを聞いたら、またセクハラだと言われそうだからやめておこう。


「それじゃあ晩ご飯にしようか」




 場所を移動してクリエイトで作った客室へと案内した。温泉宿と言えば和室のイメージが強いが、最近では和洋室と呼ばれる和洋折衷の客室なんかも増えてきている。


 異世界だと布団文化ではないらしいので、部屋の半分はベッドの置いてある洋室で、もう半分は畳の敷いてある和室となっている。


「今日の晩ご飯は天ぷらと刺身だよ」


「天ぷら……刺身……?」


 天ぷらと刺身、ザ・温泉宿という料理を2種類作ってきた。日本の温泉宿では昔からこのふたつの料理を提供されることが多い。


 昔は贅沢な料理であった天ぷらや刺身だが、今では見慣れた料理となっているから、山奥の温泉宿でわざわざ刺身を提供したりなんかしなくてもいいとは思うんだけどね。


 もちろんその土地の魚を使って作った刺身や山で採れた山菜などを天ぷらにした名物料理なんかを出せる温泉宿はとても良いと思う。


 ポエルの反応のように、こちらの世界の人は天ぷらも刺身も料理自体を知らないらしいから、この温泉宿のいい名物料理となってくれるはずだ。


「食事をするのも久しぶりですね。それではまずはこっちの天ぷらという料理からいただいてみます」


「天ぷらは野菜や魚介や肉を小麦粉でできた衣で包んで油で揚げた料理だよ。そっちの天つゆにつけて食べるか、塩をつけて食べてみてね」


 今回の食材はすべてストアの能力で購入したものだ。どの食材もとても新鮮な状態で、刺身なんかは部位ごとに購入することも可能だったのでとても助かる。いくらなんでもマグロの解体なんかしたことがないし、一本いくらかかるんだという話になるからな。


「こ、これは!? サクサクとした食感の衣の中にアツアツの野菜や魚介類が入っていてとてもおいしいです! 具材の旨みを衣の中に閉じ込めているのですね。塩で食べると中の食材の旨みがはっきりと味わえることができますが、こちらの天つゆという冷たくて少し甘い液体をつけることでさっぱりとした味わいに変化します!」


 お、おう……めっちゃ語るな、この天使さん。


 確かに揚げたての天ぷらってめちゃくちゃうまいよね。この温泉宿でも天ぷらはできるだけ揚げたてをお客さんに提供してあげたいところだ。


 サクサクとした歯触りの衣の中からエビやホタテのジューシーな味が溢れてくる。邪道だが、天つゆをひたひたに浸して白米と一緒に食べるのもうまい。

 

「魚の身を生で食べるのは初めてですが、弾力があって旨みが少しずつ口の中に広がっていきます。焼いた時とはまったく違いますし、それぞれの魚で味と食感がまったく違いますね。冷えた魚の身がこの黒くてしょっぱい調味料にピッタリで、さらにこの白い穀物と良く合っています。色とりどりの美しい魚の切り身が綺麗に並べられて、目で見ていても楽しめますね」


 こちらの世界で魚の生食をしないのは寄生虫の問題かもしれない。しかしストアで購入した魚の切り身ならその心配はない。実際に温泉宿で提供する場合にはそのあたりをしっかりと説明して、納得のいったお客様だけに提供するとしよう。


 しかし、ポエルはずいぶんとおいしそうに食べてくれるものだ。いくら食事を取らなくていいとはいえ、やはりおいしいご飯は正義なのである!

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