第40話 2日目の始まり


「よし、それじゃあ今日の営業を始めるぞ」


「はい」


「うん!」


「おうなのじゃ!」


 この温泉宿日ノ本の営業を始めて2日目。


 1日目のお客さんがチェックアウトしたあとは客室の掃除を手分けしておこなった。といっても清掃自体はフィアナの浄化魔法があるので、前日泊まったお客さんが使用したタオルや浴衣だけは洗濯して新しいものを置いたり、ベッドシーツを綺麗にしたりといったことをするくらいだ。


 そして昼食を取ってからしばらくの間は休憩時間となる。この温泉宿の勤務時間は朝の6時から11時まで。それからは昼食を含めて各自の自由時間となって、夕方の16時から20時までの実働9時間体制だ。


 温泉宿の性質上、朝と夜はどうしても忙しくなるため、このような変則的なシフトとなっている。……うん、これでも実家の温泉宿よりもホワイトな環境なんだぜ。


「今日は1組多い4組を招くから、昨日よりも忙しくなるからよろしく頼むぞ」


 昨日は3組をこの温泉宿に招いたが、今日は4組を招く。みんなも思っていたよりも動けていたし、なによりロザリーの召喚魔法で召喚したゴーレムたちがとても優秀だ。


 これならおそらく5組でも大丈夫だが、今週は1週目だし4組にする。まずは俺を含めてもう少し仕事に慣れていくことが先決だ。




「いらっしゃいませ、ようこそ温泉宿日ノ本へ」


「うおっ、なんだよここは!?」


「なに、これ!?」


 今日も昨日と同じで温泉宿に入ってきて、とても警戒している人たちが多い。やはり人気のないところにある引き戸は怪しさしかないもんな。


 今日最初のお客さんは4人組の冒険者パーティだが、2人が人族でもう2人は獣人族と種族が異なるパーティのようだ。


 ネコの獣人と思われるネコミミとネコの尻尾が付いている男女のペアと人族の男女のペアだ。……もしかするとカップル2組のパーティだったりするのかな。


「そちらの扉は魔道具となっていて、こことはみなさんがいる国とは別の場所と繋がっております。ここは温泉という地中から湧き上がるお湯を使ったお風呂に入れる宿となっておりますよ」


 リア充たちは爆発してほしいと思いつつも、やってきたお客さんに笑顔で対応する。


 まあ、実家の温泉宿にカップルで来るお客さんなんて山ほどいたからな。年齢イコール彼女いない歴の俺にとってはカップルや新婚さんを笑顔で迎えることは非常に辛いことであったが、悲しいことに散々鍛えられているのである。


 今回やってきた獣人の男女はそこまで毛深いというわけではなく、ネコミミと尻尾以外は普通の人族にしか見えないレベルだ。前に行った異世界の街で見かけた犬の獣人はもっと毛深かかったし、獣人といってもその個人によって毛深さが異なるのだろう。


「転移の魔道具……こんなの初めて見たわ!」


 こっちの女性の獣人さんは茶色いショートカットの髪から同じ茶色いネコミミ2つがぴょこんと飛び出ており、ショートパンツの後ろからはこれまた茶色い猫の尻尾が飛び出している。……尻尾の付け根がどうなっているのか、非常に気になるところではあるな。


「や、宿ってことはここに泊まれんのか?」


「はい、おひとり様1泊銀貨7枚、晩ご飯と朝ご飯の2食付き金貨1枚でお泊りになれます。泊まる泊まらないにかかわらず、お帰りはそちらの引き戸から元いた場所に戻ることが可能となっております」


「はあ~そりゃすごいな」


 お客さんの大体がここまでくると警戒心をある程度解いて話を聞いてくれる。元の世界だったら最後まで警戒心を解いてくれないと思うが、魔法がある世界ならではだな。


「ねえ、せっかくなら泊まってみましょうよ! あんな場所で野営するよりも、こんな立派なお風呂もある宿に泊まれるなんて最高じゃない!」


 こっちの冒険者っぽい格好をした人族の女性は緑色の髪をしている。元の世界では完全にコスプレにしか見えないが、こちらの世界では地毛なのかな。


 ……あれ、人族の女の子のほうが、男のほうのネコの獣人さんに腕を絡ませている。それにネコの獣人の女の子と人族の男の距離も近い。どうやら獣人同士と人族同士のカップルというわけではなく、別の種族同士のカップルのようだ。


 こっちの世界には種族間の壁というものはないみたいだ。まあ、種族間同士でいがみ合っているような世界よりも全然いい。


「ああ、俺も賛成だ。多少金はかかるけれど、こんな立派な宿に泊まれるなんて最高だな。それにこんな体験めったにできるもんじゃないぞ!」


「私も賛成! あんな場所で野宿するよりも、お金を払ってでも宿に泊まれるほうがいいわ!」


「よし、それじゃあ決まりだな。俺もあの国とは別の場所の料理は楽しみだからな。4人分食事付きで金貨4枚だな」


「ありがとうございます。4名様ご案内です」


「……ちなみになんだが、2人部屋を2つ借りることはできないのか?」


「大変申し訳ございません。当温泉宿はまだできたばかりで4~5人部屋しかないのです。4~5人部屋を2部屋お貸しすることはできるのですが、その場合には料金も倍になってしまいますが、いかがいたしましょうか?」


「そうか……それなら元の部屋で大丈夫だ」


「承知しました」


 まあ、温泉宿で泊まるのならカップル同士の2人部屋に泊まりたい気持ちはあるだろうな。だが、残念ながらこの温泉宿には2人部屋はない。


 この世界は魔物や盗賊が出たりする世界なので、1~2人で行動することは非常に稀で、基本3~5人で行動するパーティを狙うほうがコスパ的にも良いのである。


 ……決して俺がカップルを憎んでいるとか、新婚は爆発しろとか妬んでいるわけではないからな。うん、お客様は基本的には神様だから!

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