第37話 朝食の準備


「とりあえず温泉宿の売り上げ的にはまったく問題なかったな」


 実際のところ温泉宿の宿泊と食事の金額はこの世界の宿を基準に考えるとそこまで高額というわけではない。料理に関しても2食込みで追加銀貨3枚の約3000円という値段なので温泉旅館としては安めの料金設定だろう。


 というのもポエルに確認したところ維持費がほとんどかからなそうなのだ。この温泉宿でかかる電気代、水道代、ガス代はポイントで支払われるのだが、そこまで大きな金額にならない。


 そしてなにより、元の世界の温泉宿で結構かかっていた広告費が一切かからないことはとても助かる。魔法の引き戸のおかげでお客さんの呼び込みや宣伝をせずに集客できるという点は宿泊業については相当な強みだ。


「お酒の売り上げがかなりありましたからね」


「これだけおいしいお酒だもん! みんな飲んで当然だよ。お酒の苦手な僕でもおいしく飲めるからね」


「うむ! 長年生きてきた妾でもこれほどうまい酒など飲んだことがないからのう。みながあれだけ飲む気持ちはとてもわかるぞ! というわけでもう1杯お代わりなのじゃ!」


 そう、この温泉宿の宿泊費の他にあるもうひとつの大きな収入源がお酒の販売である。よく飲まれるビールの原価が銅貨2枚として、銅貨8枚で販売するとその利益は銅貨6枚、なんとビール1杯で600円もの収入となるのだ。


 ひとりあたり5杯も飲んだらそれだけで3000円もの純利益である。これって実は結構なことなんだよね。


 とはいえ、お酒の値段をもっと下げてしまうと他の宿やお店のお客さんを根こそぎ奪ってしまったり、飲みすぎて潰れるお客さんが続出してしまうだろうから、これくらいがちょうど良いのだろう。


 俺の給料もみんなと同じくらい貰ったとして、ポエルを除いた3人分の給料で金貨90枚。毎月それ以上の利益は得られるだろうから、その分の利益はポイントとしてこの温泉宿の施設をより大きく快適にするために使っていくとしよう。


「そうだな、予想通りお酒の売り上げがだいぶあったよ。あと俺も我慢しているんだからお代わりは駄目だ。その代わりに週末の休みになったら、たくさん酒を飲んでもいいからな」


「おお、本当じゃな!」


「それは楽しみだね!」


「もしも嘘だったら、その時はどうなるかわかっておりますね?」


「どうするつもりなんだよ!?」


 最近ポエルが天使というより悪魔にしか見えないんだけど! 天使のくせに拷問とかよく似合いそうだよな……


「まあ、1週間頑張ってくれたらのご褒美ってところだな。今日はみんな問題なくしっかりと働いてくれたし、明日からもこの調子で頼むな!」


「うん!」


「了解なのじゃ!」


「わかりました」


 とりあえず温泉宿日ノ本の初日は問題もなく、お客さんにも満足してもらえたようだ。いや、まだ油断してはならない。明日の朝、すべてのお客さんがチェックアウトをして、ようやく1日目が終わるのだ。明日も引き続き頑張るとしよう






◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 ピピピピピッ


 カチッ


「ふあ~あ」


 布団から這い出して朝の5時40分前にセットしてあった目覚まし時計を止めた。


 何か緊急事態が起きればロザリーのゴーレムが起こしてくれることになっていたが、夜中にドアを叩かれるようなことはなかったので、特に問題はなかったようだ。


 2度寝したい衝動を抑えて、ストアで購入した寝間着から作業着である作務衣に着替える。


 いつ新しい男性従業員を雇ってもいいように、4人くらいは入ることができるこの男性従業員用の部屋は広すぎて、俺ひとりではだいぶ持て余すんだよな。今はポイントが少なく、家具なんかもないからなおさら殺風景に見える。


「よし、準備オッケー。さて、朝食を作りますかね!」


 身支度を整えてから厨房へ行くと、ちょうどみんなも起きてきたところだった。女性従業員用の部屋で3人一緒に寝ていたから少し……いや、かなり心配していたが、どうやら大きなトラブルもなかったようだ。


 みんなとロザリーのゴーレムと一緒にお客さんと従業員分の朝食を準備した。




「むっ、五郎から呼び出しがあったのじゃ」


「了解、たぶん朝食を食べに来たんだろうな。フィアナ、案内を頼むぞ」


「うん、わかった」


 フィアナがお客さんを食事処に案内して、厨房に戻ってきた。用件はやはり朝食のようで、お客さんはドワーフ3人だった。


 ええ~と、エルフの4人組以外は和食のほうだったな。昨日のうちに今日の朝食は和食と洋食のどちらがいいかを確認してある。


 ポエルと一緒に3人分の和食を運んだ。


「おはようございます、昨日はよく眠れましたか?」


「うむ、ぐっすりと眠れたぞ! とても柔らかくて寝心地の良いベッドじゃったな!」


「布団というやつも十分気持ちが良かったわい!」


「実を言うと昨日の酒が少しだけ残っておる。いくら酒精が強いとはいえ、前日の酒を残してしまうとは不覚じゃったわい……」


 どうやら全員ぐっすりと眠れたらしい。


 しかし、さすがにドワーフと言えど、あれだけ酒精が強い元の世界の酒は少し残ってしまったようだ。いくら酒に強いとはいえ、こちらの世界ではあれほど酒精の強い酒はなかっただろうからな。

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