第22話 3名様ご案内


 相手がいつ攻撃を仕掛けてきても問題ないようにフィアナもその剣に手をかけているが、おそらく向こうも何が起こっているのか分からないだけだろう。


「宿だって!?」


「なんだってあんな何もない川の側に!?」


 さすがに驚きを隠せず、本当にここが宿かどうかを疑っているらしく、まだ武器を下ろしてくれない冒険者たち。


「そちらの引き戸は魔道具となっておりまして、宿を求めている人たちの目の前に現れます。もちろんお泊りになられないのでしたら、引き戸を通って元の場所に戻っていただいても構いませんよ」


「魔道具……それで以前にこの辺りで野営した時にはなかったこんな扉があったってわけか……」


「すごいな、そんな魔道具聞いたことがないぞ。おっと、すまない。2人とも武器を下ろせ」


 ロングソードを持ったイケメンの男が右手を振ると後ろにいた2人も小型の剣と弓を下ろした。どうやらこのイケメンの男がこのパーティのリーダーらしい。


「すまなかったな。突然現れた謎の扉の中には見たことがない内装の部屋と見慣れない服装を着た人がいたから、何かの罠かと思ったんだ」


「いえ、お気になさらず」


 そりゃ、突然現れた引き戸を開いたら見たことがない空間に飛ばされて、見たことがない服装をした俺達が待ち構えていたら警戒するのは当然だ。


 ちなみに俺の格好は作務衣で他のみんなの格好はそれぞれバラバラだ。ポエルはいつものメイド服で、ロザリーもいつものゴスロリ服で、フィアナだけが着物を着てくれている。


 全員を同じ着物で統一してもらいたいところであったが、ロザリーの服には魔力の消費を抑える特別な効果があり、ポエルはできるならいつものメイド服がいいとのことなので、この温泉宿の制服は自由にすることとなった。


 まあ、別にこちらの世界の宿なら従業員の服装は気にされないし、こんな格好をしたお客さんはいないので、一目で従業員ということは分かるからよしとしておこう。


「こちらの宿では温泉や珍しい料理などを楽しむことができます。おひとり様で銀貨7枚、晩ご飯と朝ご飯の2食付きで金貨1枚になります」


「飯付きとはいえ金貨1枚か……そこそこするな」


 こちらの世界でよく使われている通貨ではアバウトに換算すると、金貨が一万円で銀貨が千円換算くらいだ。先日訪れた異世界の街の普通の宿では素泊まりで銀貨5枚で、食事付きで銀貨7枚だったので、多少は割高になっている。


「ねえねえ! 今温泉って言ったの?」


「はい、こちらの宿では温泉が売りとなっております。治癒効果もあるので、疲労回復や美容にも最適ですよ」


「美容! すごいわ!」


「なあ、ウラネ。温泉ってなんだ?」


「俺も知らねえな」


 どうやらこの女性はウラネというらしい。そして他の2人は温泉のこと自体を知らないようだな。


 多少割高だが、温泉もある上に野宿をせずに宿にも泊まれるのだから十分だろう。


「温泉とは地中から自然に湧き出る高温のお湯になります。それを適切な温度に冷まして入浴をする大きなお風呂ですね。身体全体を湯舟に沈めて温まれるので、とても気持ちがいいですよ」


「へえ~ようは大きな風呂ってことか!」


「風呂なんて偉い貴族様が入るものだと思っていたよ」


「私も一度だけ山奥の温泉がある村で入ったことがあるんだけど、とっても気持ちよかったわ! ねえリーダー、せっかくなら入りましょう!」


「話のネタにもなりそうだし、泊まってみようぜ!」


「ああ、確かに気になるな。それに今日も野宿するよりは多少高くても宿に泊まれるんならありがたい。よし、せっかくなら3人飯付きで泊まらせてもらおう!」


「はい、ありがとうございます! 3名様ご案内になります!」


「それではお客様、当宿は先払いとなっております。3名様、2食付きで金貨3枚です」


 メイド服姿のポエルが前に出る。まずは従業員一人ずつ順番に俺と一緒にお客さんを案内してもらう。


 ちなみにこの宿の支払いは先払いだ。こちらの世界では宿も飯屋も基本は先払い方式となっている。治安がそこまで良くなさそうなこの世界で後払いにしたら、無銭飲食とか日常茶飯事になりそうだもんな。


「あっ、はい!」


 銀髪で綺麗な容姿をしているメイド服姿のポエルに少し戸惑っている冒険者パーティのリーダー。まあ、見た目だけならポエルは美しい女性なので、男としてその気持ちも分からなくはない。


「はい、ありがとうございます。そこからは靴を脱いでお上がりください。靴はそこの棚に入れておくか、隣にある袋へ入れてお部屋までお持ちください」


 基本的にこの宿での貴重品は自己管理となる。持ち物や財布などは自分たちで管理してもらう。


「へえ~中は靴を脱ぐのね」


「それじゃあ袋を貸してもらうか」


 こちらの世界ではそもそも部屋の中で靴を脱ぐという習慣がない。まあ、元の世界では靴を脱ぐ国のほうが珍しかったもんな。


「それでは部屋へと案内します。こちらへどうぞ」


 ポエルが先頭に立ち、冒険者パーティを部屋へと案内する。俺も一緒についていき、新しいお客さんが来た時のためにフィアナとロザリーには受付で待機してもらう。


「お客様のお部屋の『勇者の間』です」


「「「勇者の間!?」」」


「こちらの部屋の名前です。他にも『賢者の間』、『ドラゴンの間』、『聖女の間』などがございます」


 日本の温泉宿では藤や椿や楓といった花の名前で部屋の名前を表すが、こちらの世界の人にもわかりやすように名前をつけた。……賢者の間はなんかギリギリなところもあるが、別に1人部屋ではないぞ。


「なんだ、そういうことかよ」


「びっくりしたぞ」


「でもなんだか気分はいいわね!」


 ちなみに元勇者なら、この温泉宿にもいるんだけどな。


「それではお部屋の中をご案内します」


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