第25話 エルフのお客
「いらっしゃいませ、ようこそ温泉宿『日ノ本』へ」
「いらっしゃいませなのじゃ!」
フィアナと一緒にフロントへ戻ると、どうやらちょうどお客さんがやってきたばかりのようだ。ポエルとロザリーがお客さんを出迎えている。
「……なんだこの不思議な魔力の扉は? それにこの者は魔族か?」
金色のサラサラとした美しい髪、透き通るような碧い瞳、そしてその特徴的な尖った長い耳を4人全員が持っている。どうやら彼らはエルフのようだ。
それにしても、4人ともとてつもなく整った顔立ちをしている。もしかするとこの世界のエルフさんは美形しかいないのかもしれない。
「いらっしゃいませ、こちらの引き戸は魔道具となっておりまして、遠くの場所とつながっております。彼女は魔族ですがうちの宿の従業員になりますので、まずは武器を下ろしていただけますか?」
宿にやってきたエルフの4人組は弓や杖や剣などの武器を構えている。
「ああ、君たちは人族か。いや、失礼した。なにぶん普段狩りに来ている森の中にいきなり見慣れぬ扉があったから驚いてしまったよ」
そう言いながら一番前にいたエルフの男が剣を下ろして、後ろの3人に合図をする。もうひとりの男は盾と小さめの剣を持ち、女性2人はそれぞれ弓と杖を持っていた。なんともバランスの取れたパーティのようだな。
どうやら今回の引き戸は森の中につながったようだ。森や鉱山や道の途中など、本当にこの引き戸はランダムな場所に現れるらしい。
「すまないな、魔族なんて初めて見たから警戒してしまったんだ。それにものすごい力を持っているみたいだったから驚いてしまったよ。うちの村の付近では魔族の者なんてまったく見ないからな」
「うむ、気にする必要はないのじゃ」
エルフの男がロザリーに向かって頭を下げた。びっくりした、もしかしたら魔族に深い恨みでもあるのかと思ってしまったぞ。彼らにはロザリーがただの女の子でないことがわかるらしい。こんな小さな姿をしているが、その正体は前魔王だからな。
なるほど、場所によってはそもそも魔族と会ったことがない人もいるのか。まだロザリーは赤い髪と黒い角が生えているくらいだからいいが、もっと魔族らしい姿をしていたらこれ以上に驚かれていただろう。
そしてロザリーの言葉遣いについてはすでに諦めている。本当はもっと丁寧な言葉遣いをしてほしいのだが、どうやらロザリーはですます調でしゃべることができないらしい。
とはいえ、こちらの世界では丁寧な言葉遣いは貴族くらいにしか求められていないらしいから問題はないだろう。それに今日は初日だから接客をしてもらっているが、基本的に裏方を担当してもらう予定だ。
「この宿では温泉という地下から湧き出る高温のお湯を使った風呂に入ることができるぞ。おひとり様1泊銀貨7枚、晩ご飯と朝ご飯の2食付きで金貨1枚で泊まれるのじゃ!」
「へえ~こんな森の外れで野宿しなくてもすむのね!」
「温泉というものは初めて聞きました。森の中を駆け回ってドロドロなので休みたいですう~」
「他の土地の飯ってのにも興味はあるな」
「そうだな、今回は結構な獲物を狩れて余裕もあるし、せっかくだが泊まっていくか!」
「賛成!」
確かに彼らは返り血を浴びているようだが、大きな荷物はひとつも持っていない。もしかするとフィアナみたいに収納魔法が使えるのかもしれないな。
「それじゃあ4人で金貨4枚だな。この通貨で大丈夫か?」
「問題ないぞ。それでは4名様ご案内なのじゃ!」
ロザリーが宿泊料金を受取ってエルフのお客様たちを部屋へと案内する。
うん、ヒキニートだった割に言葉遣い以外の接客は問題なさそうだな。とはいえ、異世界の街のようにあまりにも大勢の人に囲まれると気持ちが悪くなってしまうので、ロザリーには団体客をあてないように注意しておくとしよう。
「よし、これで今日のお客さん3組は揃ったな」
今日予定していた3組のお客さんが温泉宿に来てくれたので、すでに引き戸は閉じてある。
思ったよりも早く3組のお客さんが現れてくれた。やはりこちらの世界での宿の需要は多いようだ。これなら明日以降の集客も大丈夫そうだな。
元の世界では温泉宿の集客は本当に大変だ。最近ではネットやSNSの普及によって宿を簡単に調べることができるようになったため、集客が楽になったと思っている人も多いと思うが、検索が楽になった分人気の宿や何か特別なウリのある宿にお客さんは集中していくものなのだ。
「それじゃあフロントにはフィアナが引き続き残ってもらって、泊まっているお客様に何かあったら対応してくれ。何か分からないことがあったら、厨房にいるからすぐに呼んで」
「うん、わかったよ!」
「ポエルは食事処で今日のお客さんの食器やテーブルの準備を頼む」
「承知しました」
この温泉宿での食事は基本的に大きな食事処で取ることになる。さすがに遠い客室まで食事や飲み物を持っていくのはとても大変だからな。
「ロザリーは厨房で料理の手伝いを頼むぞ」
「了解なのじゃ!」
さて、お客さんの案内は終わったが温泉宿の本格的な仕事はここからだ。
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