第21話 悪魔の子
驚いた……まさかリリィも聖女候補だったなんて。
呆然としていると、彼女が慌てて言ってくる。
「でもでも、リリィなんかが聖女に選ばれる訳ないんです。
だってリリィは魔法も使えないし……。
ドジで間抜けな落ちこぼれだし……。
それに“悪魔の子”ですから……」
「「悪魔の子?」」
ドンドン声のトーンが小さくなりリリィ。
ドジで間抜けなのはなんとなく分かる。
この僅かな間でも、彼女がおっちょこちょいなのを知ったから。
“魔法が使えない落ちこぼれ” 。
その言葉を聞いた時、彼女は僕と同じだと思った。
だから、彼女が聖女に選ばれる訳がないと言い。
卑屈になってしまう気持ちは凄く理解できる。
だけど最後の言葉。
悪魔の子とはいったいどういう意味だろうか?
疑念を抱いていると、大司教がリリィを庇った。
彼女の背中を摩りながら。
「何度も言っているでしょうリリィ。
貴方は悪魔の子なんかではありません。
神に選ばれたのがその証拠です。
自信をもってください」
「ですけど……」
「あの、大司教様……。
悪魔の子とはどういうことでしょうか?」
僕も気になっていたことをルヴィアが質問する。
しかし、大司教は小さく首を横に振った。
「私の口からは言えません。
さて、話はこれくらいにして参りましょうか。
丁度、他の勇者様方も訪ねてこられているのですよ」
なんだろう、露骨に話を逸らされたな。
まぁいいか、無理に追及することもない。
嫌なことを聞かれるのが嫌なのは僕が一番よくわかってる。
大司教とリリィについていき、礼拝堂に案内される。
そこには既に四人の男女が居た。
防具を纏っている若い男性が二人と、シスターが二人。
男性のどちらかが勇者なのか。
それとも両方勇者なのか。
「グレン様、クール様、三人目の勇者様をお連れしました」
「おう! やっと応援が来たのか!」
「全く、遅かったですね」
その一言で彼等の人となりが多少分かった。
髪がツンツンして暑苦しいのがグレンで。
眼鏡をかけて知的そうなのがクールか。
二人共中々に癖が強そうだな。
「俺は【熱血の勇者】グレンだ、よろしく頼むぜ!」
「僕は【冷血の勇者】クールだ」
ん、ちょっと待てよ?
【熱血の勇者】に【冷血の勇者】って聞いたことがあるぞ。
あっ! そうだった!
「お二人ってブレイバーズに居ましたか?」
「おお、俺達のことを知ってるのか!
そうだぜ、俺とクールはブレイバーズ出身だ!
こいつとは一緒にスカウトされて、一緒に卒業した同期だぜ!」
「何を言っている。卒業の時期をお前が合わせたんだろ」
「ははは! クールには負けられねぇからな!」
やっぱりそうだったのか。
この二人は僕の先輩だったんだ。
名前までは分からなかったけど、二人の勇名は教官から伝えられていた。
卒業した優秀な勇者候補が、戦地で活躍しているって。
「俺達を知っているってことはだぜ。
お前もブレイバーズ出身なのか!」
「はい、ついこの間卒業したばかりですが。
僕は【勇者の子】ユーリです」
「「“勇者の子”?」」
ああ……またこの視線か。
勇者の子であると名乗ると、皆が侮蔑の目を向けてくる。
グレンやクールだけではなく、二人のシスターもそうだ。
僕が落ちこぼれであることは、国中に知れ渡っている。
だから勇者の子であると名乗ればこうなる事は覚悟していた。
覚悟はしていたけど……。
人と会う度にずっとこの視線を向けられるのは正直辛い。
『大丈夫よ、ユーリには私がいるわ。
貴方の痛みは、私が半分背負っているのを忘れないで』
(うん……ありがとうアスモ)
そうだ、何を卑屈になっている。
僕はもう落ちこぼれじゃない、勇者だ。
一々落ち込んでなんかいられない。
それに僕は一人じゃない。
アスモもいるし、ルヴィアだっているんだ。
(ってあれ、出てきて大丈夫なの?)
『ちょっと痛いけど。
ユーリの為ならこのくらいどうってことないわ』
はは、やっぱり君は優しいね。
その優しさに、僕は凄く救われるんだ。
「お前本当に勇者の子なのか!?」
「はい。【希望の勇者】の子です」
「マジか! 噂には聞いていたがお前だったのか!」
「確か魔法が使えない落ちこぼれと聞いていたが……。
ブレイバーズはよく卒業させたな。
そんなに人材不足なのか?」
『言いたい放題言うわねぇ。
ねぇユーリ、こいつ等今すぐぶっ殺さない?』
(ダメだって)
何でブチ切れてるんだよ。
折角今良いこと言ったのに台無しじゃないか。
「勇者様方の自己紹介は済んだようですね。
それではシスターの方も紹介させていただきます。
こちらはシスター・ロゼ」
「よろしく~」
「そしてこちらはシスター・グレイス」
「初めまして、グレイスです」
赤髪の不良少女っぽいのがロゼ。
青髪の淑女がグレイスか。
グレイスはまだしも、ロゼはそれでいいのだろうか。
とてもシスターには思えない態度だけど。
「この二人はリリィと同様に聖女候補なのです」
「そうなんですか」
この二人も聖女候補なのか。
という事はリリィを含めて、三人の聖女候補がこの場に揃っているのか。
「グレン様にはシスター・ロゼを。
クール様にはシスター・グレイスに、それぞれ護衛についてもらっています。
そしてユーリ様には、リリィの護衛についていただきたいのです」
「僕がリリィの護衛ですか」
「あ、あの、ユーリ様! よろしくお願いします!」
ぶんっと勢いよく頭を下げるリリィ。
そんな彼女に、僕も真剣に応える。
「うん、こちらこそよろしく。
リリィのことは僕達が守るから安心して」
「はい、ありがとうございます!」
「ふん、余り物の落ちこぼれ同士でよかったわね」
「ロゼ、本当の事だとしても口にしてはいけません。
お二人に失礼ですわよ。」
お前がな。
それにしても口が悪いなぁ。
ロゼもグレイスも本当にシスターなのか?
というか、よくこの二人が聖女候補に選ばれたな。
他にも沢山いるらしいけど、神様適当に選んでない?
訝しんでいると、ルヴィアが大司教に質問する。
「大司教様、護衛とは具体的に何をすればいいのでしょうか?
教官からは、聖女候補が狙われているという情報を頂いていますが。
それは本当でしょうか?」
「ええ、本当ですよ。
実際、各地で聖女候補が魔族に襲われているようです」
そうなんだ。
でもどうして魔族が聖女候補について知っているんだろう。
それと、どうしてそこまで聖女候補の命を狙うのだろうか。
『恐らく、魔族にも神託が下ったんでしょうね。
闇月神ルナサハから、新たな聖女が誕生するって。
そして、邪魔な聖女を排除しろって神託もね』
闇月神ルナサハか……。
太陽神サンドラが人族の神であるように。
魔族には闇月神ルナサハがいる。
魔族にもシスターのような存在がいるのか分からないけど。
闇月神ルナサハが魔族に神託を下したのか。
『魔族にとって聖女は脅威よ。
太陽神サンドラの力、つまり神の力を使える。
ユーリの母、【聖女】システィも凄く強かったわ』
そっか、だから魔族は聖女候補の命を狙っているのか。
聖女が誕生する前に、聖女候補を抹殺すれば聖女は現れないから。
「勇者様方には三人の護衛をしてもらいます。
聖女候補に選ばれた者は、勇者と共に歩む為にも。
力をつける修行しなければなりません。
修行場は、聖都の外にもあるのです」
「なるほど、修行時に襲われる可能性を考えて護衛する訳ですか」
「そういう事です」
そっか……。
聖女候補に選ばれたから、彼女達も魔族と戦わなければならないのか。
戦いたくない人を無理に戦わせるのは、なんか嫌だな…。
「聖女の誕生は、決していいことではありません。
何故なら、人族に大いなる災いが迫っている予兆だからです」
「災いって……」
「残念ながら、新たな魔王の誕生です」
「――っ!?」
新たな魔王だって!?
アスモが父さん達に打ち倒されて十六年。
もう新たな魔王が誕生してしまうのか……。
その日に備えて勇者になることを目指していたけど。
実際に耳にすると言い知れぬ不安が押し寄せてくる。
「勇者様方、どうか魔族の手から三人をお守りください」
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