第10話 卒業試験

 



「おい皆、集まってくれ。

 今日は【高潔の勇者】カイル殿が見学に来てくださった。

 訓練にも参加してくれるそうだから、胸を借りてもらえ」

「おースゲー! 現役の勇者かよ!」

「しかも凄くイケメンだわ!」

「はいはい! 俺戦ってみたいです!」

「ははは、お手柔らかに頼むよ」

『彼人気ね~』

(ぐぬぬ……)


 まさかカイルが訓練に参加するなんて。

 しかも超人気だし。

 まぁ現役の勇者であり、僕等の先輩なんだから当たり前か。


「ユーリ、お前には話がある。ついて来い」

「えっ? あっはい」


 教官直々に誘われてしまった。

 いったい何の用だろう。一人だけ呼ばれるとか恐いんだけど。

 恐れ恐れ後をついていくと、訓練場の端っこで足は止まり。

 教官がこう言ってくる。


「ユーリ、お前卒業試験を受けろ」

「卒業試験……ですか?」

「ああ。正直、今のお前がここで訓練することはもう無い」


 驚いた。

 まさか教官からそう言われるとは思ってなかった。


「勇者の子でありながら、お前は落ちこぼれだった。

 そんなお前に誰も期待していなかった。

 俺もその一人だ。お前にはガッカリしたよ。

 うえから強く言われなかったら。

 この場に相応しくないお前を摘まみ出していた」

「……」


 そりゃそうだよね。

 僕は勇者の子だからと強制でブレイバーズに入った。

 だけど蓋を開けてみたら才能の無い落ちこぼれ。

 教官が厄介払いしたくなるのも無理はない。


「だが、この間まで落ちこぼれだったお前は強くなった。

 何がキッカケかは分からないが、それならそれでいい。

 勇者の子として、国の、人族の期待に応えてみろ」

「はい」

「ここで学ぶより、お前は実践に出て経験を積むんだ。

 だから卒業試験を受けろ」

「分かりました。卒業試験を受けます」

「よし、卒業試験は明日行う。俺も手加減しないからな」


 そう言うと、教官は勇者候補達の所に戻っていく。


『よかったわねユーリ。

 言い方はアレだけど、力を認められたんじゃないの』

「そうだね……でも……」


 卒業試験を合格すれば、勇者を名乗れる。

 だけど合格するには、教官と戦って勝たなければならないんだ。

 現役を退いたけど、教官は凄く強い。

 教官――【剛剣の勇者】ハラルドに、僕は勝てるだろうか。



 ◇◆◇



「はぁ~もう、どうすればいいんだ」

「ねぇユーリ、何を悩んでいるの?」

「卒業試験とルヴィアのことだよ」


 実体化したアスモに悩みを聞いてもらう。

 アスモのお蔭で強くなったけど、それでも教官に勝てるかわからない。

 それなのに、卒業試験は明日だ。まだ心の準備ができていない。


「大丈夫、ユーリなら勝てるわよ。

 それに勇者になるユーリが、敵に臆してどうするのよ」

「そうだね、ありがとうアスモ」


 そうだ、決まったんだから覚悟を決めるしかない。

 例え教官が相手だろうと勝つんだ。勝って勇者になる。

 それしかないだろう。

 でも僕には、まだ心配ごとがある。


「はぁ……結局ルヴィアと話ができなかった」

「あのキザ野郎が邪魔をしてきたのよね」

「そうなんだよ」


 ルヴィアに話に行こうとするも、カイルが邪魔をしてくる。

 ブレイバーズを案内して欲しいとか口実を作って、誘い出してしまうんだ。

 だから一日中ルヴィアと話す機会がなかった。


「でもさ、これでいいのかもしれない」


 ベッドに寝転がりながら、小さく呟く。

 するとベッドの端に座ったアスモが尋ねてきた。


「どういうこと?」

「いやさ、ルヴィアの幸せを考えるなら。

 このままカイルと結婚した方がいいんじゃないかと思って……」


 ルークさんの想いを聞いて思ったんだ。

 無理に戦いの場に行こうとしなくてもいいんじゃないかって。

 カイルと結婚して、平穏な暮らしをした方がルヴィアの為になるかもしれない。

 それがルヴィアにとって、本当の幸せなのかもしれない。

 ふと、そう考えてしまうんだ。


「でもそれは、あのおっさんやユーリの考えじゃない。

 肝心のルヴィアの気持ちを蔑ろにしているわ」

「それはそうだけどさ……」

「それに、ユーリは一番大事なことを口にしてないわ」

「なんだよそれ」

「キザ野郎にルヴィアを奪われてもいいの?」

「――っ!?」


 アスモの言葉に息を呑んだ。

 カイルとルヴィアが結婚する。

 それを考えただけで、心臓をぎゅっと掴まれるように苦しくなる。

 黙っている僕に、アスモが聞いてくる。


「ルヴィアの事、好きなんでしょ?」

「それは……」

「私に嘘は吐かないで」


 真剣な顔で言ってくるアスモ。

 はぁ……アスモには全部お見通しみたいだ。

 僕は観念したように、大きくため息を吐く。


「ああそうだよ、僕はルヴィアが好きだ」


 産まれた時からずっと一緒に居て。

 共に頑張ってきて、辛く苦しい時も支えてくれた。

 綺麗で優しい、ルヴィアのことが僕は好きだ。

 正直な気持ちを伝えると、アスモは柔らかく微笑んだ。


「ほらね、やっぱりそうなのよ。

 あんなキザ野郎にルヴィアを取られちゃダメよ。

 というか、そんなこと私が許さないわ」

「なんでアスモが許さないんだよ」

「あの子はユーリと一緒に居るのが幸せなの。

 ずっと見てきた私が言うんだから間違いないわ」


 ああ、そういえばアスモはずっと僕を見てたんだよね。

 ということは、小さい頃からのルヴィアも見てきたんだ。

 アスモにとって、ルヴィアは我が子のように思うのかもしれない。


「分かったよアスモ。

 ルークさんには申し訳ないけど、僕はルヴィアと一緒に居たい」

「それでこそユーリよ!

 全は急げ、早速想いを伝えなさい!」

「全は急げって……もう夜中なんだけど」

「大丈夫、ルヴィアもその気だから」

「えっ?」


 何言ってんだこいつ、と思ったその時。

 ドンドンと家の扉が叩かれる。

 こんな夜中に誰だろうと扉を開けると、そこに居たのは――。


「こんばんは、ユーリ」

「ルヴィア……」


 私服姿の、ルヴィアが立っていたんだ。

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