第11話 ずっと君のことが好きだった

 



「ユーリの家に来るのは久しぶりだな」

「そ、そうだね……」


 やばいどうしよう、凄く緊張してる。

 まさかルヴィアの方から訪ねてくるとは思わなかった。

 お、お、落ち着け。落ち着くんだ。

 こういう時は深呼吸だ……ひぃ、ひぃ、ふぅ。


「これ、ホットミルクだけどいい?」

「ああ、ありがとう」


 ソファーに座っているルヴィアにカップを渡す。

 距離を離して、僕はルヴィアの隣に座った。


「突然来てすまなかったな」

「全然大丈夫だよ。でもどうしたの?」

「父上がカイルさんと晩酌していてな。

 それに一々婚約の話も持ち出されて、気まずくて出てきたんだ」

「そう……なんだ」


 そりゃー気まずくもなるよ。

 自分を放っておいて、どんどん外堀を埋められているんだからさ。

 逃げ出したくなるルヴィアの気持ちも分かる。


「それに、ユーリともちゃんと話したかったんだ。

 ここ数年避けられていたからな、ユーリと会って話がしたかった」

「ルヴィアが悪い訳じゃないんだ。

 自分が落ちこぼれなのを勝手に引け目にして、君を避けてしまった」

「ユーリ……」


 寂しそうな顔を浮かべるルヴィアに向き合って。

 頭を下げて謝る。


「ごめん、ルヴィア。本当にごめん」

「これでも傷ついたんだぞ。

 急に避けて、家からも出て行ってしまうし」

「ごめんなさい」

「それに凄く寂しかったよ。

 ユーリが避けられた日からこれまでの間、ずっと寂しかったんだぞ」

「本当にすいませんでした!」


 僕はなんてことをしたんだ。

 僕だって、ルヴィアに突然避けられてしまったら傷つくし悲しい。

 自分ばっかり辛いと思い込んで、ルヴィアの気持ちを全く考えていなかった。

 なんて愚かなんだろう、僕は。

 誠心誠意謝っていると、ルヴィアは小さく微笑んだ。


「ふっ、仕方ない。許そう。

 それに、ユーリの立場を考えたら避けるのも無理はない。

 私だってそうしたかもしれないしな。

 こうしてまた話せるようになった。

 それでもう十分だよ」

「ありがとう、ルヴィア」


 なんて懐が深いんだろう、彼女は。

 悪いのは全部僕なのに、笑って許してくれるなんて。

 彼女の優しさに、僕は心が救われた。


「そういえばユーリに聞きたいことがあったんだ」

「えっなに?」

「どうして突然強くなったんだ?

 魔法も使えるようになっているし、身体のキレも今までとは段違いだ。

 いや、それが悪いことだという訳じゃないんだが、気になってな」

「ああ……」


 そりゃ気になるよね。

 落ちこぼれだった僕が、急に強くなったんだから。

 でもどうしよう、なんて話せばいいんだ。

 僕達の親が倒した魔王とキスや性交したから。

 そんなふざけたこと、信じてもらえるだろうか。


『今は私のことは伏せておいた方がいいわ』

(アスモ?)


 どうしようか考えていたら、頭の中からアスモが話してくる。

 僕の中に戻ったのか。


『私が説明するわ。私に合わせて』

(わかった、頼むよ)

「どうしたんだ?」

「いや、ううん。難しいことだからどう説明しようか迷っていたんだ」


 そう言って、僕はアスモの言う通り口を動かす。


「ルヴィアはさ、魔力には二つの性質があるのを知ってる?」

「そうなのか? 聞いたこともないな」

「僕も知らなかったんだけど、ある日一人の女性に教えてもらったんだ。

 太陽神サンドラから与えられた人族には光の性質の魔力。

 闇月神ルナサハから与えられた魔族には闇の性質の魔力があるんだって。

 それで僕には光と闇、二つの性質が宿っていたんだ。

 その二つが絡まった紐みたいになっていて、僕は本来の力を発揮できなかった」


 説明すると、ルヴィアは驚いた顔を浮かべた。

 その後、怪訝そうに尋ねてくる。


「魔力の性質が二つあるのは分かった。

 しかし解せんな、何故人間のユーリに闇の性質が宿っているんだ?」

「それは僕にも分からない。多分、突然変異かもしれないって」

「そう……なのか。なんというか、災難というか……辛かったな」


 僕の性質を聞いたルヴィアは、歯痒そうに俯いた。

 本当はアスモが僕に転生したせいなんだけど、それは言えないからな。

 彼女に嘘を吐くのは心苦しい。


「その女性から光と闇の魔力を整わせる方法を教えてもらって。

 試してみたら本当にできたんだ。

 身体も調子が良いし、魔法も使えるようになったよ。

 お礼を言おうと思ったんだけど、その人はもう居なくなっていたんだ」

「そうか……ならその女性に感謝しないとな」

「うん」


 ルヴィアの言う通りだ。

 アスモのお蔭で、僕は立ち上がることができたんだから。

 やり方はちょっとアレだけどね。


「魔力を整う特訓をしていたら、魔力の流れが分かるようになったんだ。

 そしたらさ、ルヴィアの魔力は光の性質が強過ぎることがわかったよ」

「光の性質が強い? 私のが?」

「うん。ルヴィアが魔法を使うと苦しむのは。

 強過ぎる光に身体が耐えられないからだと思う」

「そうだったのか……。

 なら私は、もう一生魔法を使うことができないのだな」


 全てを諦めてしまった風に俯いてしまうルヴィア。

 そんな彼女の手を取って、僕はこう告げる。


「大丈夫だよルヴィア。朝に言ったじゃないか。

 僕ならルヴィアが魔法を使えるようにできるって」

「そういえば言っていたな! 教えてくれユーリ!

 私は剣士を諦めたくない! どうすれば魔法を使えるようになるんだ!?」

「えっと、それは……」


 藁にも縋る思いで詰め寄ってくるルヴィア。

 口に出し辛いけど、意を決して伝えた。


「僕と、キスすることなんだ」

「き、キス? キスって、口と口を合わせるキスか?」

「うん、そのキスで合ってる」


 方法を聞いてキョトンとする。そりゃそうだよね。

 いきなりキスしようなんて言われたら彼女だって戸惑うだろう。


「な、何故ユーリとキスしなればならないんだ?」

「さっき話したけど、僕の魔力には闇の性質がある。

 その闇で、ルヴィアの光の魔力を中和するんだ。

 そうすれば、強過ぎる光を抑え込むことができる」

「理屈は分かるが、どうしてキスなんだ?

 その、手を繋いだりとかでは駄目なのか?」


 うん、それは僕も思う。

 どうしてもキスじゃないとダメなのかな。


『ダメよ』


 ダメらしい。

 狼狽しているルヴィアに話を続ける。


「勿論、好きでもない男にキスされるのは嫌だと思う。

 だからこれは強制じゃないし、ルヴィアが決めて欲しい」

「いや、別にユーリが嫌いだとかではなくてだな……」

「でも、これだけは言っておきたいんだ。

 僕はルヴィアの力になりたい。そして君とキスがしたい」

「えっ……」


 僕は大きく深呼吸をすると。

 ずっと抱いていた気持ちを彼女にぶつけた。


「だって僕は、ずっと君のことが好きだったから」

「ユーリ……」


 言った、言ったぞ。

 引け目を感じて言えなかったこの想いを、ついに言ってしまった。

 僕の告白に、ルヴィアが出した答えは……。


「くっ……うぅ……」

「ええ!? どうしたのさ!」


 突然泣き出してしまった。

 泣くほど嫌だったのかな!?


「ごめんルヴィア! 今のは忘れて!」

「忘れる訳ないだろう! 凄く嬉しいんだ!」

「えっ?」

「私だって、ずっとユーリのことが好きだったんだぞ。

 でも、苦しむお前に告白なんてできなかったんだ……」

「そうだったんだ……」


 驚いた……。

 まさかルヴィアも僕のことが好きだったなんて。

 嬉しい。凄く嬉しいよ。


「家に来たのだって、知らない男と結婚する前に……。

 ユーリに私の想いを伝えたくて来たんだからな……ぐす」

「そうだったんだ」

『やっぱりね』

(えっ、アスモは分かってたの)

『当然よ。私を誰だと思ってるの?』


 この魔王凄いな。

 そんな事までお見通しだったのかよ。


『ルヴィアの想いを聞いて、ユーリはどうするの?

 まさかここで怖気づく訳ないわよね』


 そんなことしないよ。

 僕も男だ。ここでひよったりしない。

 泣いているルヴィアの顎をそっと持ち上げて。

 そっと涙を拭いながら彼女を見つめる。


「好きだよ、ルヴィア」

「私もだ、ユーリ」


 言葉を交わし、ゆっくり顔を近づけていく。

 瞼を閉じて、僕はルヴィアとキスをした。


「「んっ」」


 ルヴィアの唇は凄く柔らかくて。

 甘いホットミルクの味がした。

 好きな人とのキスがこんなにも気持ち良くて。

 満たされるぐらい、心の底から幸せになるというのを知った。


 だけど、唇の感触を味わうのはほんの一瞬だった。

 ドクンッと、全身に猛烈な熱が広がっていく。

 それは僕だけではなく、ルヴィアもそうだった。


「はぁ……はぁ……ユーリ」


 荒々しい息を吐くルヴィア。

 彼女の顔は火照るように赤く染まり。

 その表情は艶めかしく、今まで見たことない顔をしていた。


「ルヴィア、僕は君が欲しい。

 あんな男に君を奪われたくない」

「ああ、私もユーリが欲しい。ユーリと一緒に居たい」

『ふふふ、お邪魔虫は退散しましょうかしら。

 後は二人でよろしくやりなさい』


 場所を移し、寝室に移動する。

 僕とルヴィアは服を脱いで、向き合う。

 月の光に照らされる彼女の身体は。

 女神のように綺麗で美しかった。


「いくよ、ルヴィア」

「きてくれ、ユーリ」


 熱に浮かされる僕等は。

 もう一度愛を確かめ合うように優しいキスをしてから。

 一つに繋がったのだった。

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