第9話 【高潔の勇者】

 



 魔王を討ち倒した四人の勇者パーティー。

 その内の二人は僕の両親。

【希望の勇者】ギルバートと、【聖女】システィだ。


 そしてもう二人が、ルヴィアの両親。

【剣王】ルークと、【獄炎の魔女】エンリエッタだ。

 両親が他界してから、僕はルヴィアの両親に引き取られた。


 ルークさんもエンリエッタさんも癖が強いけど、とても優しい人達だ。

 だけど、数年前から二人は魔王軍の残党と戦う為に戦線復帰している。


 そして今、ルークさんが帰ってきたらしい。

 ルヴィアの婚約者とかいう者を連れて。


「婚約者……ですか? 私の?」

「そうだ。彼は【高潔の勇者】カイル殿。

 伯爵家の次男ながら、勇者としても活躍している勇ましい方だ」

「勇ましいなんて、褒め過ぎですよルークさん。

 俺はただ、家でジッとしているより自分の手で民を守りたいだけです」


 爽やかな笑みで謙遜するカイル。

 へぇ、この人も勇者なのか。しかも貴族の身で。


 カイルという人は、二十代半ばの好青年だった。

 甘い顔で、女性にモテそうなオーラを纏っている。

 この人がルヴィアの婚約者だって? 嘘だろ?

 困惑しているのは僕だけではなく、ルヴィアも慌てて問いかける。


「ちょ、ちょっと待ってください父上。

 私の婚約者とはどういう事ですか。話が全くわかりません」

「ああ、すまんすまん。

 いや、彼と出会ったのは戦線なんだが、意気投合してしまってな。

 是非、ルヴィアの婚約者になって欲しいと話したんだ」

「ですから父上、そこが分からないと言っているんです。

 何故、私の婚約者を父上が決めるのですか?」


 そうだ、ルヴィアの言う通りだ。

 本人の同意も無く、婚約を決定するなんておかしいだろ。

 しかも見ず知らずの人間をだぞ。

 いくらルークさんといえど、やっている事が勝手すぎる。


「ルヴィアが戸惑うのは分かるよ。

 でもね、ルークさんは君を想って俺を頼んできたんだ」

「私の為……?」


 おい、馴れ馴れしいぞカイル。


『はぁ! 嫉妬するユーリも可愛いわ!』

(ちょっと黙っててくれないかな)

『は~い』


 今真剣な話をしているんだ。

 アスモに構ってる場合じゃないんだよ。


「私の為とはどういう事ですか、父上」

「いやな、ルヴィアは魔法を使うと身体が痛くなってしまうだろ。

 それじゃあ、魔族と戦うなんてできないだろ?」

「それは……」

「それに私は、娘のお前には戦いなど本当は欲しくないんだ」

「ですがっ!」

「まぁまぁ、ルークさんは平和を守る為に魔王と戦ったんだよ。

 君達のような子供の未来を守る為にね。

 そんなルークさんの想いも汲んであげて欲しいな」

「くっ……」


 そんな風に言われたら、言い返すことができじゃないか。

 娘に戦って欲しくない。娘に女性としての幸せを築いて欲しい。

 その為に命を懸けて魔王と戦った。

 そんな父の……ルークさんの気持ちは凄く分かる。


 けど、それじゃあルヴィアの気持ちはどうなる?

 偉大な父と母のように、平和を守りたいと必死に努力してきた。

 頑張ってきたルヴィアの気持ちを無視してるじゃないか。


『いくのね、ユーリ』

(ああ、いくよ)


 このまま黙って聞いている訳にはいかない。

 ルヴィアの為に、僕に出来ることをする。


「ルークさん、ちょっといいですか」

「おおユーリ、久しぶりだな。元気にしていたか?」

「はい、ご無沙汰しております」


 ルークさんと久しぶりに口を聞く。

 彼と会うのは、ルヴィアと距離を取りたくて家を出た以来だ。


「ルークさん、彼は?」

「ああ、彼はユーリだ。ギルバートの子だよ」

「あ~……、知ってますよ。

 へぇ、彼が“例の”勇者の子ですか」

(こいつ……)


 僕を見下してくるカイル。

 勇者の子が落ちこぼれだというのは、国中が知っている。

 いや、人族全体に行き渡っているかもしれない。

 勇者の子なのに、落ちこぼれのできそこないってね。

 だからカイルも、僕を馬鹿にした目で見てくるのだろう。


『こいつムカつくわね、ぶっ殺したいんだけど』

(別にいいさ、慣れっこだよ)

『ユーリ……』


 ありがとうアスモ。

 僕の為に怒ってくれて嬉しいよ。

 でもね、僕は人と会う度に“こういう目”を向けられてきたんだ。

 今更怒ることはない。腹は立つけどね。


「ユーリ君、悪いけど部外者は黙っていてくれないかな。

 これは俺とルヴィアの話なんだ」

「僕は部外者じゃありませんよ。

 だって僕なら、ルヴィアが魔法を使えるようにできますから」

「「なんだって!?」」


 そう告げると、ルヴィアとルークさんが驚愕した。

 そしてルークさんが問い詰めてくる。


「ユーリ、それはいったいどんな方法なんだ!?」

「えっと、それは……」


 言葉が詰まる。だってしょうがないじゃないか。

 魔法を使えるようにする方法は、僕とキスすること。

 そんなアホな事真剣なルークさんに言い辛いし。

 ふざけるなと絶対に怒られてしまうだろう。

 信じてもらえる筈がない。

 僕だって最初は信じられなかったんだから。


「どうなんだユーリ!」

「落ち着いてくださいルークさん。

 落ちこぼれ……おっと失礼、彼の話なんてどうせデマカセですよ。

 とりあえず婚約の話は今夜にしましょう。

 ルヴィアも突然婚約なんて言われて驚いているだろうし。

 気持ちの整理をさせてあげましょう」

「そ、そうだな。ありがとうカイル殿。

 そういえばこれからブレイバーズに行くところだったのか?」

「……はい」

「そうか、気をつけて行ってくれ。ユーリもな」

「はい……」


 ルークさんに見送られ、僕とルヴィアは一緒に歩く。

 この隙に彼女に言おうとしたら、何故かカイルもついてきた。


「俺も行かせてもらうよ。

 ブレイバーズって、次代の勇者を育てる機関なんだろ?

 同じ勇者として、とても興味があるんだ。いいよね」

「はい……わかりました」


 くそ、カイルめ!

 何で邪魔するんだよ!

 これじゃあルヴィアにキスのこと言えないじゃないか!

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