第8話 婚約者

 



「だはぁ……やっぱり疲れた身体にはお風呂が一番だよね」


 ザブンと湯舟に浸かり、ダミ声を発する。

 やっぱりお風呂は良い。

 お風呂に入っている時が一番幸せかもしれない。

 身体だけじゃなくて、心の疲労も癒されるんだよなぁ。


「それにしても、忙しい一日だったな」


 今日の合同訓練を思い出す。

 ルヴィアと模擬戦闘をした後、他のパーティー候補達にも誘われた。

 実際に戦い、落ちこぼれの僕が強くなったと知る。

 すると彼等は、手のひらを返すように明るく接してきた。


「なんだよ強ぇじゃねえかよ」

「勇者の子だけはあるな!」

「今まではなんだったんだよ!」

「これから仲良くしようぜ!」


 そんな感じで、調子の良いことを言ってくるんだ。

 あれだけ落ちこぼれだと馬鹿にしたり蔑んできたのにさ。

 皆して急に態度を変えるんだから、嬉しいというより呆れてしまうよ。


 そんなパーティー候補達と比べて、勇者候補達はまだ僕を敬遠している。

 多分、同じ立場だから面白くないのだろう。

 パーティー候補達はそれほど一緒に居なかったし。

 いずれ勇者になるであろう僕に名前を売りたいから態度を変えたけど。


 勇者候補達にとって僕はライバルだし。

 落ちこぼれだった僕が強くなってチヤホヤされるのが気に喰わないんだ。

 まぁ、今更あいつ等にチヤホヤされたって嬉しくないから構わない。


 そんな事よりも、ルヴィアが心配だ。

 魔法を使うと、身体に激痛が走ってしまう。

 魔法が使えなくなってしまったルヴィアは。

 いつしか硝子の剣士と呼ばれるようになった。

 でも、何故突然そんな風になってしまったんだろう。


「何でなんだろうな~」

「教えてあげようか?」

「うわぁ!?」


 原因を考えていると、目の前にアスモが現れる。

 しかも、すっぽんぽんの全裸で。

 僕は両手で顔を隠しながらアスモに尋ねる。


「急に出て来ないでよ!」

「どうして照れるの? もう私の裸は沢山見てるでしょ?」

「そうだけど、そういうんじゃないじゃん!」


 僕の反対側にいるアスモが、蠱惑に微笑んでタプンと胸を持ち上げる。

 確かにアスモの身体は隅々まで見ているけど、いつも暗かったし。

 今のような明るい場所で見るのは初めてだから、なんだか恥ずかしい。

 それに長い髪をアップに纏めて、水に滴る彼女は雰囲気が違う。

 ぶっちゃけてしまうと、凄くエッチだった。


「ほらほら、隠すといたずらしちゃうぞ~」

「もうやめてって……」


 お願いだから、指で撫でたり足を絡ませないでくれ。

 観念した僕は、ため息を吐きながらアスモに尋ねた。


「それよりさ、教えてくれるって言ったよね。

 アスモは、ルヴィアが魔法を使えない原因が分かるの?」

「勿論よ、この私は誰だと思っているの?

 魔王の私が見抜けない筈がないわ」

「そうなんだ! じゃあ教えてよ!」


 流石は魔王だったアスモ。

 誰も分からないルヴィアの原因をあの僅かで見抜いてしまうなんて。

 これならルヴィアの苦しみを救えるかもしれない。

 そう期待したんだけど、アスモはニヤリと邪まな笑みを浮かべた。


「別に教えてもいいけど。

 その前に私と房中術しましょ」

「はぁ!?」


 突然何を言い出すんだこの魔王!

 頭おかしいんじゃないのか!


「だって、ユーリの身体見てたら我慢できなくなったんだもの。

 それに、いつもベッドじゃマンネリ化しちゃうでしょ?

 だから今日は、趣向を凝らしてここでしましょ」

「ここって、風呂場でってこと!?

 そんな恥ずかしいことできる訳ないじゃないか!」


 何を考えているだこいつ!

 風呂場はそういう事をする場所じゃないだろ!

 抗議するが、アスモはつーんとそっぽを向いてしまう。


「嫌ならいいのよ?

 その変わり、ルヴィアの秘密は教えてあげない」

「ぐぅ……」


 くそ、何でそんなにシたいんだよ。

 気が乗らないけど、ルヴィアを助ける為に乗るしかない。

 ずっと苦しんでいた僕を支えてくれた彼女を、今度は僕が助けるんだ。

 背に腹は代えられないと、ため息を吐いて了承した。


「わかったよ、すればいいんでしょ!」

「そうこなくっちゃ♪

 じゃあ一旦出ましょ。身体を洗ってあげるわ」

「もうどうにでもなれ……」


 諦めの境地に至った僕は、言われた通りに湯舟を出る。

 木製の小椅子に座ると、アスモが僕の背後に来た。

 そして、石鹸で泡立てた手で僕の背中をそっと撫でてくる。


「ひやぁ!?

 ちょ、ちょっとアスモ! 何で手なのさ!

 タオルを使ってよ」

「ダメよ、そんなもの使えないわ。

 言ったでしょ、これは房中術なのよ。

 直接肌を合わせないと意味がないのよ」

「ああ……」


 くそ、どうして僕は厄介な体質になってしまったんだ。

 ああそうだ、アスモが転生したせいだったよ。


「それに、気持ちい良いでしょ?」

「それはまぁ……はい」


 正直に言うと凄く気持ち良いです。

 泡立てたアスモの手はスベスベしていて。

 その手で背中を摩られるとめちゃくちゃ気持ち良い。

 それにいつもの房中術と違ってソフトタッチだから。

 熱いというよりじんわりと身体がポカポカしてきた。


「はい、今度はこっちは向いて」

「ええ!? 前は自分でやるよ!」

「我儘言わない、教えてあげないわよ」

「くっ!」


 卑怯だぞ!

 言う通りにするしかないじゃないか!

 身体を反転してアスモの方に向く。

 その美しい肌につい目を背けてしまうと。

 アスモが強引に僕の顎を掴んで、キスしてきた。


「んん!?」

「はぁ……はぁ……ごめんなさいユーリ。

 もう私我慢できそうにないわ」


 ああ、これは駄目なやつだ。

 キスがスイッチになったのか、完全に発情してしまっている。

 そして僕も、キスのせいで身体が猛烈に熱くなっていた。


 お互い言葉を交わすことなく再びキスを交わして。

 そのまま僕等は激しく溶け合ったのだった。




「はぁ……疲れた」

「うふふ、今日のユーリも素敵だったわ」


 湯船の背もたれに身体を預けてぐったりする僕。

 満足そうにツヤツヤになった肌を撫でるアスモ。

 全く、疲れを癒す風呂場で疲れるとは思わなかったよ。

 あれから何回させられたことか……。


 もういいや、忘れよう。

 それよりルヴィアのことを聞き出さなきゃ。


「ねぇアスモ、望み通りシたんだからさ。

 ルヴィアの原因を教えてよ」

「もうユーリったら。

 身体を重ねた女の前でもう違う女のことを考えているの?」

「いい加減にしないと怒るよ」

「分かったわよ。教えてあげるわ。

 ルヴィアの不調の原因は、魔力による弊害よ」

「えっ、魔力が原因なの?」


 それってもしかして、僕と似たような感じなのかな。

 そう尋ねると、アスモはその通りを頷いた。


「あの子の魔力は、光の性質が強すぎるの。

 だから魔法を使うと、負荷に肉体が耐えれず苦しんでしまう」

「光の性質が強い……か。

 でも何で突然なるのさ。今まで平気だったのに」

「元々あの子は、【剣王】と【爆炎の魔法使い】に生まれて天才児。

 凄まじい魔力を持っているわ。

 だけど成長していくにつれて、光の性質が強くなってしまったのよ」

「そうなんだ……」


 原因を聞いて、落ち込んでしまう。

 ルヴィアも僕と同じように、偉大な親の子だ。

 だけどそれが、彼女にとっての重荷になってしまっていたなんて。


 どうすればいいんだろう。

 どうにかしてルヴィアを助けてやれないかな。


「ユーリなら、ルヴィアを助けてあげられるわ」

「本当!?」

「ええ、ユーリにしかできないことよ」

「何をすればいい!? なんでもするよ!」


 辛い時も僕を支えてくれたルヴィア。

 彼女を助ける為なら、どんなことだってできる。


「簡単よ、ルヴィアとキスすればいいの」

「はぁ?」


 何を言ってるんだこいつ。

 頭おかしいんじゃないのか。

 どうしてまたキスになるんだよ。


「ふざけてないでさ、ちゃんと教えてよ」

「ふざけてなんかないわ。言ったわよね、ユーリにしかできないって。

 光の性質が強いなら、闇の性質で中和すればいい。

 そしてユーリは、人族でただ一人闇の性質を持つ人間。

 アナタがルヴィアとキス……房中術をすることで。

 あの子の光を抑え込むことができるのよ」

「そう……なのか」


 アスモの話を聞いて納得してしまう。

 確かに僕の魔力は闇の性質がある。

 房中術をすれば、ルヴィアの光を抑えることができるのか。

 でも、何で房中術なんだよ。

 僕がルヴィアにキスしようって言うのか?


「何を迷うことがあるの?

 ルヴィアを助けたくないの?

 あの子の為に何でもするって言ったじゃない」

「助けたいさ。ルヴィアの為ならなんだってする」

「なら、キスくらいできるわよね」

「……分かったよ」

「偉いわ、ユーリ」


 はぁ、まさかルヴィアと房中術キスするなんて。

 でも、ルヴィアを助ける為にはするしかない。

 僕は覚悟を決めたのだった。



 ◇◆◇



 次の日の朝。

 僕は久しぶりにルヴィアの家を訪れていた。

 玄関から出てきたルヴィアに声をかける。


「おはよう、ルヴィア」

「ビックリした、ユーリか。どうしたんだ? こんな朝早くに」

「えっとさ、実は君に話が合って……」

「そうなのか。丁度いい、私もユーリと話したいと思ってたんだ」


 ニコリと微笑むルヴィア。

 ああ、僕はこんな健気な彼女にキスしようと言うのか。

 でも、やるしかない。


 そう思っていると、突然馬車が家の前に止まる。

 馬車から、二人の男性が降りて来た。


「父上、戦線から帰られたのですか」

「おおルヴィア、丁度いい。お前に話があるんだ」

「話……ですか?」


 二人の内、一人はルヴィアの父だった。

 そして父の【剣王】ルークスは、もう一人の男性を紹介してくる。


「こちらはカイル殿。ルヴィアの婚約者だ」

「「……はっ?」」



 こ、こ、こ、婚約者ぁぁぁあああああああああ!?

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