第7話 硝子の剣士




「おい、誰か落ちこぼれの相手しろよ」

「いや~ちょっと俺はいいかな~」

「私も遠慮しとく」

「何だよ誰もいかねーのかよ」

「じゃあお前がいけよ」

「えっ……」


 パーティー候補達が遠巻きに僕を見てくる。

 いつもは率先して僕と訓練をするのにさ。

 僕がジェイクに勝ったと聞いた途端、怖気づくのか。


『ダサい連中ね。

 落ちこぼれだってあれだけユーリを馬鹿にしていたのに。

 いざとなるとユーリが恐いのかしら。

 能力は優秀でも、心は根性無しのガキばかりだわ。

 本当にこれが勇者の仲間になるの?』


 やれやれと呆れるアスモ。

 その通りだと思うよ。

 これからの人族の平和をしょって立つ子達が。

 臆して戦わないなんてどうかと思う。

 そんな臆病な彼等の中にも、一人だけ心が強い者が居た。


「私とやろう、ユーリ」

「ルヴィア……」


 名乗りを上げたのは、美しい女の子だった。

 白銀の長髪。大人びた端正な顔立ち。

 透き通った空色の瞳。女性らしい身体。

 つい見惚れてしまう程の美少女。


 彼女の名前はルヴィア。

 魔王を討ち倒した【希望の勇者】と【聖女】。

 僕の父さんと母さんと同じ勇者パーティーだった。

【剣王】ルークスと【獄炎の魔女】エンリエッタの一人娘。

 それが彼女、ルヴィアだ。


 僕とルヴィアは仲の良い幼馴染“だった”。

 いつもでもどこに居ても一緒で、僕等は兄妹みたいだった。

 母さんが病に倒れ、父さんが失踪した後。

 幼かった僕はルヴィアの家に引き取られた。

 両親を失って悲しみに暮れていた僕を。

 ルヴィアはずっと励ましてくれた。


『でも、ユーリがルヴィアを……』

(そうだ、僕が突き放したんだ……)


 次代の勇者パーティーとして。

 僕とルヴィアは一緒にブレイバーズに入った。

 将来パーティーを組んで、父さん達みたいになろうって二人で誓い合った。


 でもその誓いを僕が破ってしまった。

 僕が、勇者の子であるのに落ちこぼれだったからだ。


 そんな僕とは対照的に、ルヴィアは天賦の才を持っていた。

 父親譲りの剣の才に、母親譲りの魔法の才。

 二つの才を兼ねたハイブリッドの神童。

 そんなルヴィアに、僕は羨ましくて嫉妬してしまったんだ。

 何で僕は落ちこぼれなのに、ルヴィアは凄いんだって。


 彼女はずっと、僕の側で励ましてくれたのに。

 大丈夫、ユーリなら強くなれると応援してくれたのに。


 いつしかルヴィアと居るのが辛くて苦しくて。

 僕に構わないでと、冷たく突き放した。

 顔を合わせたくないから、自分の家に戻って距離を離した。

 それからはもう、まともに口を聞いていない。


『だけど、もうルヴィアと向き合えるわよね』

(うん)


 昨日までの僕は落ちこぼれだったけど。

 アスモのお蔭で、本来の力を取り戻した今なら。

 真正面からルヴィアと向き合える。


「僕からお願いするよ、ルヴィア。

 今の僕を君に見て欲しいんだ」

「ユーリッ……ああ、やろう!

 だが、やるからには手加減しないぞ」

「勿論だよ」


 ルヴィアは嬉しそうに顔を綻ばせる。

 久しぶりに、彼女の笑顔を見た気がした。


「おい、落ちこぼれと“硝子”がやるみたいだぞ!」

「面白くなってきたな」

「見ものだぜ」


 僕とルヴィアが模擬戦闘を始めようとした途端。

 既に戦闘を始めていた者達が手を止めて観戦してくる。

 そんな中、僕とルヴィアは模擬剣を構えた。


「行くよ、ルヴィア!」

「いつでも来い、ユーリ!」


 僕から攻めて出る。

 剣を振るうが、簡単にいなされてしまった。

 気にせず連撃を仕掛けるが、どれも躱されたりいなされてしまう。


「本当に強くなったんだな、ユーリ。

 ならば私からもいくぞ!」

「っ!?」


 防御から反転し、ルヴィアが攻めてくる。

 彼女の剣は疾く、鋭く、僕の急所を突いてくる。

 父親譲りのその剣技に、凌ぐので精一杯だった。

 身体が絶好調で、剣筋もしっかり見えるのに押されてしまう。


 凄い!

 やっぱり凄いよルヴィアは!


『楽しそうね、ユーリ』

(楽しいに決まってるじゃないか!)


 ずっとこうしたかった。

 彼女と、ルヴィアと対等に戦いたかったんだ!


「「はっ!」」


 僕とルヴィアが同時に剣を振るう。

 僕の剣はルヴィアの胸に、ルヴィアの剣は僕の首筋に。

 寸止めとなり、結果は引き分けドローとなった。


「はぁ……はぁ……」

「驚いたよユーリ。

 何があったかは分からないけど、本当に良かった」

「ルヴィア……」


 剣を引き、慈愛の表情で僕を見るルヴィア。

 彼女にそう言われて、僕は嬉しくてたまらなかった。

 ああ、やっと。

 やっと君の隣に立てるよ。


「今の見たかよ」

「ああ、見たよ。信じられねぇぜ」

「落ちこぼれが強くなったのって、マジだったんだな」

「こりゃジェイクが負けたってのも本当っぽいな」


 僕とルヴィアの戦いを観戦していたパーティー候補達。

 彼等は信じられないと言わんばかりに驚愕していた。


「なぁルヴィア、今度は俺と対戦しようぜ」

「ビシャス……」


 突然、パーティー候補の一人がルヴィアに申してくる。

 確か彼はビシャス。

 パーティー候補生で、ルヴィアに次ぐ優秀な剣士だ。

 加えて二枚目なのがムカつくけど。


『ああん、嫉妬するユーリも可愛いわ!

 でも安心して、ユーリが一番かっこいいわよ』

(そりゃどうも)

『ぐすん、ユーリがそっけない』


 興奮するアスモは放っておこう。

 ビシャスに挑まれたルヴィアは、静かに頷いた。


「私は挑まれた勝負は断らない」

「流石は【剣王】様の子だな。殊勝なこって。

 だがただの訓練じゃ物足りねぇ。

 身体強化ブースト有りでやろうぜ」

「何でもいいさ、受けて立つ」

「おっ、今度はルヴィアとビシャスがやるみたいだぜ」

「しかもブーストありかよ」

「あーあ、硝子も馬鹿だな」


 どうしてだろうか。

 パーティー候補達がルヴィアに呆れていた。

 ブーストが何か問題なのだろうか。

 怪訝に感じていると、二人の模擬戦闘が始まる。

 普通にルヴィアが勝つ思ったけど、そうならかった。


「おらおら、どうしたルヴィア!

【剣王】様の子がその程度かよ」

「くっ!」

(どうして……!?)


 あのルヴィアがビシャスに歯が立たない。

 そんな馬鹿なと驚いていると、アスモが教えてくれる。


『ねぇユーリ、ルヴィアはブーストを使ってないわ』

(そうなの!?)

『ええ、間違いないわ』


 流石魔王。そんな事までわかるんだ。

 でもどうしてルヴィアはブーストを使わないんだろう。


「ははは! どうしたルヴィア、何でやらないんだよ!

 いや悪い、“使えないんだったな”!」

「いいだろう、やってやる! ブースト!」


 ビシャスに煽られたルヴィアは、怒りながらブーストを使う。

 凄まじい速さでビシャスに迫ったのだが。

 その瞬間、急に苦しむように止まってしまう。


「うっ!?」

「はは、どうしたよ!」

「がはっ!」

「ルヴィア!」


 苦しむルヴィアに、ビシャスは容赦なく剣を振るう。

 肩に剣を打ち付けられて、ルヴィアは倒れてしまった。

 地面に這い蹲る彼女に、ビシャスがニヤつきながら口を開いた。


「魔法が使えないんじゃ、その才能も宝の持ち腐れだなぁ。

 硝子の剣士さんよ」

「くっ……」


 悔しそうに歯噛みするルヴィア。

 あの噂は本当だったんだ。

 ちょっと前から、パーティー候補達からこんな噂を聞いていた。

 ルヴィアが、突然魔法を使えなくなってしまったと。

 魔法を使った途端、激痛が走ったみたいに苦しんでしまうらしい。


 そんな訳ないと信じられなかったけど。

 今の戦いを見て、噂は本当だったんだと気付いた。

 そして彼女はパーティー候補達からこう呼ばれるようになった。

 魔法を使ったら壊れてしまう脆い剣士。


 “硝子の剣士”と。

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