第14話 狡猾な男

 



「すまないな、カイル殿。

 ルヴィアも戸惑っているのだろう」

「ルークさんが謝ることではないですよ。

 彼女の気持ちもわかりますから」


 娘の失礼な態度を謝罪してくる【剣王】ルーク。

 たった今、ルヴィアは部屋を出て行ってしまった。

 恐らく、婚約者である私と一緒に居るのが嫌だったのだろう。


「私だって、娘に悪いことをしているのは分かっているんだ。

 しかし父親として、娘には平穏で幸せな暮らしをして欲しい。

 そう思うのは悪いことだろうか?」

「そんなことありませんよ。

 ルークさんは父親として立派です」

「おおカイル殿、わかってくれるか!?」

「勿論です」


 肯定すると、ルークは感極まったように泣き出してしまう。

 酒を飲み過ぎたのか、座ったまま眠ってしまった。


「ふん、相変わらずチョロイおっさんだ。

【剣王】ルークも娘の前ではただの親バカに過ぎないか」


 ぐ~すかと呑気に寝ているルークを見下しながら。

 カップに注がれた酒を仰いだ。


 俺――カイルは伯爵家の次男として生まれた。

 そう、次男として生まれたのが俺の唯一の失態だった。


 優れた容姿、優れた頭脳、優れた武才。

 誰もが認める天才児が俺だ。


 それに比べて長男の兄は何もできない落ちこぼれ。

 グズでノロマで臆病。当主の座に到底相応しくない。

 だが長男というだけで、父は兄に家督を継がせるつもりだ。


 ふざけるな。

 何故優れた俺が当主ではないのだ。

 誰もが俺の方が当主であるのを望んでいるのに。

 先に生まれたことがそんなに重要なのか?


 納得できない俺は、違う方法で力を示そうと考えた。

 それは勇者だ。武才がある俺は、勇者になろうと考えた。

 自らを【高潔の勇者】と名乗り、各地で暴れている魔王軍の残党を倒し。

 次々と武名を上げていった。


 しかし、それでも俺が当主になるのを父は認めない。

 そんな時、戦線である人と出会ったのだ。


「君、若いのに中々良い腕をしているな」

「貴方は……【剣王】ルーク」


 十五年前、魔王を討ち倒した勇者パーティーの一人。

【剣王】ルーク。英雄となった剣士。


 年を取った彼は今でも勇ましく、その名にわがわぬ実力だった。

 生きた英雄と戦えるのが光栄極まりなく、彼も私を認めてくれて。

 共に魔族と戦うことで絆を深め、私達は意気投合した。


「どうしたものか……」

「どうされました?」

「ああすまない。成人を迎えたばかりの娘から手紙が届いたのだが……。

 どうにも魔法を使えなくなってしまったようだ」

「へ~、そうなんですか。珍しいですね」


 つい最近娘の成人祝いをするからといって一度家に戻っていたな。

 その時には相談されなかったのか。

 それとも彼が戦線に復帰した後に魔法が使えなくなってしまったのか。


「ルヴィアには申し訳ないが、これで良かったのかもしれない」

「といいますと?」

「いや、娘には戦いに赴いて欲しくないんだ。

 しかしルヴィアは私と妻の才能を存分に受け継いでしまったから。

 剣士になることを強く反対できなかった」

「そうですか……」


 戦いでは鬼神の如く激しい彼も、娘に甘い父だった。

 共に晩酌する時は、うざったい程娘の話をしてくる。

 小さい頃の娘の写真を見せてきては、可愛い可愛いと父の顔をしていた。

 手紙を見つめるルークは、閃いたと言わんばかりに私に提案してくる。


「そうだ、なぁカイル殿。

 君さえ良ければ娘を貰ってくれないか?」

「は、はい?」

「そうだ、それがいい!

 カイル殿にならルヴィアを任せられる!

 まだ成人を迎えたばかりだからとりあえず婚約ということでどうだろうか」

「ちょ、ちょっと待ってくだ……」


 いきなり何を言っているんだこのおっさんは。

 そう思ったが、俺はふとは考えた。

 あの【剣王】ルークの娘と婚約する。

 それはつまり、英雄である彼とも家族関係になるという意味だ。


 その繋がりをもちさえすれば、頑固な父だって認めるだろう。

 落ちこぼれな兄ではなく、俺が当主になることをな。

 俺は笑顔を作ってルークにこう言った。


「ええ、俺でよければ是非」

「ほ、本当か!? よし、なら早速顔合わせに行こう!」

「はい、よろしくお願いします」


 礼を言うよ、【剣王】ルーク。

 貴方のお蔭で、俺は当主になれそうだ。


「こちらはカイル殿。ルヴィアの婚約者だ」

「「……はっ?」」

(ほう、これはまた……極上じゃないか)


 初めてルヴィアと会った俺は、胸中で舌なめずりした。

 子供の写真しか見ていなかったからガキにしか思えなかったが。

 実際に会ってみるとルヴィアは宝石の如く美しい女性だった。

 化粧で誤魔化している貴族令嬢よりもよっぽどな。


 突然婚約話をされて焦るルヴィア。

 そんな彼女を説得していると、ガキが割りこんできた。


「ルークさん、彼は?」

「ああ、彼はユーリだ。ギルバートの子だよ」

「あ~、知ってますよ。へぇ、彼が“例の”勇者の子ですか」


 そうか、こいつが勇者の子か。

 噂には聞いている。

【希望の勇者】と【聖女】の子でありながら。

 才能のない落ちこぼれだと。


 兄と同じ落ちこぼれ。

 俺は落ちこぼれがこの世で一番大嫌いなんだ。

 そんな落ちこぼれのガキは、突然こんな事をほざき出す。

 自分ならルヴィアの不調を解決できるとかなんとか。


「どうなんだユーリ!」

「落ち着いてくださいルークさん。

 落ちこぼれ……おっと失礼、彼の話なんてどうせデマカセですよ。

 とりあえず婚約の話は今夜にしましょう。

 ルヴィアも突然婚約なんて言われて驚いているだろうし。

 気持ちの整理をさせてあげましょう」


 このままではマズい。

 俺の計画が邪魔をされてしまう前に、強引に話を切る。

 そして、次代の勇者を育てるブレイバーズとやらに同行した。


 どうやらルヴィアは落ちこぼれを好きらしい。

 ふざけるなよ。

 ここまできて、また落ちこぼれに邪魔されてたまるか。


「あいつは邪魔だな……消すか」


 酒を飲みながら呟く。

 落ちこぼれがいるから、ルヴィアは俺との結婚に揺れている。

 ならば、排除してしまえばいい。


「ルヴィアとの初夜が楽しみだな。

 どう弄んでやろうか」


 ああ、愉しみだな。

 彼女は高潔にして潔癖。が、それがまたいい。

 鉄壁の甲羅を崩し、身も心も俺に屈服させる。

 その瞬間がたまらない。


 必ず俺の物にしてやる。

 寝ているルークに、俺は笑いながら礼を言った。


「ありがとうございます、【剣王】。

 貴方のお蔭で、俺は最高の女と当主の座を手に入れられますよ」

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