第3話 大人の階段を登ってしまった

 



 何だよキスって。

 やっぱりこいつに聞くんじゃなかった。

 キスで強くなるとか、馬鹿らしいにも程がある。


「冗談じゃないわ、私は本気よ」

「本気で冗談を言わないでくれ」

「ねぇユーリ。

 魔力には二つの性質があるのは知ってる?」

「えっ、そうなの?」


 つい聞き返してしまう。

 魔力に性質があるなんて聞いたことがない。

 魔力は魔力なんじゃないのか。


「太陽神サンドラと闇月あんげつ神ルナサハは知ってるわよね」

「それくらいは知っているよ」


 太陽神サンドラは人族を生み出した神。

 闇月神ルナサハは魔族を生み出した神。


「サンドラが生み出した人族の魔力は光の性質。

 ルナサハが生み出した魔族の魔力には闇の性質があるの」

「そうなんだ……初めて聞いたよ」

「ここからが重要なんだけど、ユーリには光と闇。

 二つの性質が宿っているわ」

「なんだって!?」


 僕は人間だ。

 魔王の話が真実ならば。

 僕の魔力は光の性質じゃないのか。

 何で闇の性質もあるんだよ。おかしいだろ。

 驚愕していると、魔王が申し訳なさそうに告げる。


「これは想像だけど、魔族の私がユーリの中に入ってしまったからだと思うの。

 本当にごめんなさい」

「あぁ、そういう事か」


 魔族である魔王が僕で転生しようとした。

 考えが変わってそれはやめたけど。

 魔王は僕の中に居たまま。

 だから僕の魔力には光と闇の両方が備わっているのか。


「でも、それがなんなの?

 二つあってはダメなのか?」

「光と闇。相反する性質は互いに反発してしまうの」


 そう言って、魔王は僕の額をとんっと指で突き。

 そこからゆっくり胸、腹へと指をなぞらせる。


「ユーリの身体は今。

 光と闇の魔力によって中身がぐちゃぐちゃになっている状態なのよ。

 その状態だと、肉体の能力も発揮できないし魔法も使えないわ」

「そう……だったんだ。

 でもさ、それって……」

「ええ、全部私のせいなの。ごめんなさい」


 頭を下げ、魔王が謝ってくる。

 ずっとおかしいと思っていた。

 身体が鉛のように重いような感じがしていた。

 誰よりも鍛錬をしているのに、身体は強くならなかった。

 魔力があるのに、魔法が一切使えない。

 魔法の鍛錬をしているのに、魔法が使えるようにならない。

 その原因は、全て魔王のせいだった。


「はぁ……」


 深いため息を吐いてしまう。

 なんか、呆れて物も言えない。

 僕の努力はいったいなんだったんだろうか。

 僕のこれまではいったいなんだったんだろか。


 怒りを通り越して、虚無感が襲ってくる。

 真摯に謝ってくる魔王を怒る気にもなれない。


「なんだ、全部無駄だったんだ」

「いいえ、ユーリの努力は決して無駄なんかではないわ」

「えっ?」

「アナタの努力は、ちゃんとその身体に蓄積されているもの。

 ただ、魔力の性質が邪魔をしているだけ。

 それを解決すれば。

 ユーリは本来の能力を遺憾無く発揮できるわ」


 そう……なの?

 今までやってきた僕の努力は、無駄じゃなかったのか。

 それを聞けて、なんだか少しだけ報われた気がした。


「その解決方法って?」

「キスよ」

「だから何でキスなんだよ!?

 他にないのか!?」


 再びふざける魔王に激しく突っ込む。

 だけど魔王は、至って真面目な態度で説明してきた。


「ユーリの身体は、光と闇の魔力によってぐちゃぐちゃになっている。

 それを正すには、男と女が交じり合うしかないの」

「うっそだぁ」

「本当よ。

 さっき私とキスした時、身体に異変を感じなかった?」


 感じた。

 身体の奥底から燃えるような熱が全身を駆け巡った。

 その感覚を伝えると、魔王はほらねと得意気に笑う。


「それはユーリの身体が正常になっている証拠よ」

「本当? でも、なんでキスで良くなるのさ」

「房中術って知ってる?」

「知らない」


 聞いたこともない。


「でしょうね。

 これは魔族でも私の種族しか知らない秘術だから」


 じゃあ聞くなよ。


「この世界は二つの性質で成り立っているの。

 光と闇。陽と陰。太陽と月。人族と魔族。男と女。

 相反する二つの性質が互いに消長し、調和することで成り立っている」

「へぇ、なんか神教みたいだね」


 人族は太陽神を信仰している。

 この世界は太陽神によって成り立っていると教えられた。

 けど、そんな考え方もあるのか。


「そうね、そうかもしれないわね……。

 でも重要なのはここからよ。

 男と女が交じり合えば、新しい生命が誕生する。

 その奇跡のような性質を利用したものが、房中術なのよ。

 男のユーリと女の私が交じり合うことで、狂った歯車を正す。

 いいえ、正すだけではなくより強くなれるのよ」

「なんだろう……どこはかとなく騙されている気がする」

「んもう! ユーリは強くなりたくないの!?」

「強くなりたくない訳ないじゃないか!」


 思わず怒鳴ると、魔王が目を見開いた。


「僕は勇者の子だ。

 皆から期待された。けど僕は落ちこぼれだった。

 だから努力したんだ。

 身体を大きくする為にご飯を沢山食べた!

 筋肉をつけようと沢山鍛錬をした!

 魔法が使えるように沢山鍛錬をした!

 だけど全部無駄だった!」


 今まで胸の中に押し込んでいたもの。

 ドロドロとした醜い感情が、とめどなく溢れてくる。

 一度決壊したら、もう止まらなかった。


「そんな僕を、皆が馬鹿にした。

 失望された。罵倒された。侮蔑された。

 どれだけ苦しかったか!

 どれだけ惨めだったか!

 そんな僕の気持ちがあんたに分かるのか!?」


 今まで誰にも言えなかったことを言ってしまった。

 はは、僕も焼きが回ったな。

 まさか魔王に愚痴を吐くなんて思いもしなかったよ。


「頑張ったわね」

「おい、何するんだよ」


 突然、魔王が僕を抱き締めてくる。

 突き離せず、成すがまま頭を優しく撫でられた。


「ユーリは頑張ったわ」

「うん、頑張ったんだよ」

「誰も知らないと思わないで。

 アナタの努力は全て見てきたわ」

「ダサい姿なんか見られたくなかったよ」

「ユーリは一人じゃない。私がいるわ」

「ぐっ……」


 おかしいだろ。

 何で僕は魔王に慰められているんだ。

 何で僕は泣いているんだ。


「大好きよ、ユーリ」

「――っ!?」


 僕は再び、魔王にキスされた。

 だけど今度は、拒絶しなかった。

 一度受け入れてしまえば、それは幸福な感覚だった。

 頭が痺れてくる。身体が火照ってくる。

 僕と魔王の身体が、一つに溶け合っているみたいだった。


「どう? 中々良いでしょ?」

「うるさい」

「拗ねるユーリも可愛いわ」

「はいはいもういいから。

 それで、僕の身体は良くなったの?」

「いいえ、これくらいじゃ少しだけよ」

「はぁ!?」


 なんだよそれ!

 良くなるからって聞いたから我慢したのに!

 騙したな!

 やっぱり魔王なんか信用するんじゃなかった!


「キス程度じゃダメよ。

 もっと深く交じり合わないと」

「じゃあ何をするのさ」

「それは勿論、性交よ」

「はぁ!?」


 また何を馬鹿なこと言ってるんだこいつは!


「房中術において、性交こそが至高なの。

 それをすれば、ユーリは必ず強くなる。

 嘘じゃないわ、本当よ」

「やめろ、来るなって……」

「ふふふ、恐がらないで。全て私に任せて。

 それとユーリ、私のことはアスモって名前で呼んでね。

 これ、凄く重要なことだから」


 魔王――アスモが纏う空気が一変する。

 色気というか、妖艶というか。

 その目はまるで捕食者のようで。

 僕は身体が固まってしまった。


「ちょ、ちょっと待って。

 もう一回話し合おう」

「ダメ、もう遅いわ」

「うわぁあああああああああああ!?」


 十五歳の成人を迎えたその日。

 僕は大人の階段を登ってしまった。

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