第2話 キスをしましょう
「んん!?」
キスされた。
凄く綺麗な女性に。
会ったこともない女性に。
何故? という疑問が浮かぶけど。
それ以上に、初めて味わう唇の感触に全てを塗りつぶされた。
(柔らかい)
女性の唇は、こんなにも柔らかいものなのか。
頭がボーっとしてきたその時。
突如燃えるよう熱が襲ってくる。
(か……身体が、熱い!)
燃えている。
身体の奥底から熱が噴き上がり。
溶かすように全身を駆け巡る。
熱い熱い熱い! 熱いって!
これはヤバいと命の危機を感じ、女性の肩を掴んで弾き飛ばす。
「はぁ……はぁ……」
ヤバかった。
なんだよあれ、死ぬかと思ったぞ。
あと普通に窒息死するかと思った。
呼吸が整った僕は、唇を拭いながら女性に問う。
「貴女は誰ですか。どうしてこんな事……」
「そうね、自己紹介がまだだったわよね」
そうだよ。キスする前にまず名乗れよ。
というかどっから部屋に入ってきた。
微笑む女性は、大きな胸に手を当てて名乗る。
「私はアスモ。よろしくね、ユーリ」
「アスモ?」
その名を聞いて、僕は違和感を抱いた。
アスモ、アスモ、アスモ……。
聞いたことがある名前だ。
それも、これまで何度も耳にしている。
なんだっけ……あっ!
「アスモって……」
「そうよ。ユーリの父ギルバートと母システィに討ち倒された、魔王アスモよ」
「えええええ!?」
大声を上げる。
魔王アスモ。
魔族を束ねて、人族と争った魔族の王。
十六年前、父さんと母さんが討ち倒した魔王。
嘘だろ……何で死んだ筈の魔王が僕の前にいるんだ?
まさか復活したのか?
それとも死んでいなかったのか?
そもそも本当に魔王本人なのか?
姿を見たことがないからわからない。
というか、何で僕は魔王にキスされたんだ?
駄目だ……訳がわからないよ。
「ふふ、驚いた?」
「驚くよ! 当たり前じゃないか!」
クスッと可笑しそうに笑う魔王に、つい突っ込んでしまった。
僕は身構えながら、自称魔王に問う。
「死んだ魔王がどうしてここにいるんだ」
「ふふふ、どうしてだと思う?」
「勿体ぶらずに言えよ」
「せっかちなユーリも可愛いわ」
頭おかしいんじゃないのか。
本当に魔王なのか怪しくなてってきたな。
「私ね、転生したの」
「転生?」
「そう、転生。
勇者に殺される前に、聖女に転生の魔法をかけたのよ」
母さんに?
よく知らないけど、転生って甦りのことだよね。
どうして生きている母さんにかけたんだ。
「聖女本人ではなく、聖女から生まれてくる子に転生しようとしたの」
「それって、僕のことじゃないか」
「そうよ。ユーリが十五歳の成人を迎える時に転生する魔法。それが今日なの」
「どうしてそんな事をしたんだ。
魔王が人間に転生しようとするなんておかしいだろ」
「だってその場に人間しか居なかったんだもの。
人間は嫌いだけど、消滅したくなかったし」
なんてこった。
それが本当なら、僕は死ぬじゃないか。
しかも、魔王に身体を奪われて。
「僕を殺すのか」
「まさか! 私がそんなことする訳ないじゃない!」
慌てて大声を上げる魔王。
えっ違うの?
その為に転生の魔法をかけたんじゃないのか?
「本当のことを言うと、最初はユーリの身体を乗っ取ろうと思っていたわよ」
「ほら、やっぱりそうなんだ」
「聞いてユーリ、違うの」
「何が違うんだよ」
「私ね、ユーリの中で、ユーリの十五年の人生をずっと見てきたわ」
えっ。
嘘だろ……全部見てきた?
本当に?
「勇者と聖女がいる五歳の時までは幸せだったわよね」
「……うん」
「だけど聖女が病に罹り、勇者も居なくなった」
「……うん」
「そこからのユーリは、不幸なことばかり。
皆に同情されて。それでも前を向いて。
勇者の子だからって変な場所に行かされて。
勝手に期待されて。
落ちこぼれと分かったら馬鹿にされて。
そいつら全員殺してやりたいと思ったわ。
でも、ユーリは期待に応えようと一生懸命頑張ったのよね」
はは……何だよ。
本当に見てきたのか。
僕のこの十五年間。
惨めな十五年間をさ。
「そんなユーリを見ていたらね。
転生する気なんか起きないわよ」
「なんだよ、結局あんたも同情してるんじゃないか」
ははっ。
魔王にまで同情されるとか終わってるな。
惨めにも程があるだろ。
「違うの、同情なんかじゃないわ。これは愛よ」
「なんだって?」
「愛よ。私はユーリを愛してるの」
なんか魔王に告白されたんだけど。
しかもいきなり愛とか重いこと言ってるし。
ちょっと何言ってるかわからない。
「愛しいユーリを殺すなんてあり得ない。
だって私は、貴方に会えるこの日をずっと待っていたんだもの」
「ていうかさ、今のあんたはいったいなんなんだ」
「今の私は、ユーリの半身って所かしら」
「僕の半身……」
「転生の魔法が発動して、ようやく実体化できたの。
だからユーリが死んだら、私も死んでしまうわ」
僕が死ねば、魔王も死ぬ。
それはいい事なんじゃないだろうか。
落ちこぼれの僕が、唯一世の中の役に立てるんじゃないだろうか。
でも僕は、それをできないだろう。
だって魔王は、この世でたった一人の僕の理解者だから。
「そうよユーリ、私はアナタの味方。
何があってもね」
「人の心を勝手に読むなよ」
「ユーリの考えてることぐらいわかるわよ。
ずっとアナタを見てきたんだから」
「あっそ」
ニコニコするなよ、調子狂うな。
全てを見透かされているみたいだ。
なんだか照れ臭くて、話題を変える。
「それで、念願だった実体化をしたあんたはどうしたいのさ」
「決まってるわ、ユーリの力になるのよ」
「僕の力に?」
「そうよ」
はは、魔王が人間の力になりたいとか。
笑っちゃうな。……いや違うか。
人間に、じゃなくて僕に、だからか。
「強くなりたい?」
「そりゃなりたいさ」
「私ならユーリを強くさせられるわ」
「どうやって」
「キスしましょう」
「はぁ!?」
やっぱりこいつ頭おかしいよ!
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