第4話 新しい朝がきた

 



「ふわぁ……」


 朝だ。

 チュンチュンと、小鳥の囀りが聞こえる。

 こんなに清々しい朝を迎えるのはいつ以来だろう。

 なんだか気分も晴れやかだ。


「おはよう、ユーリ」

「うわぁ!?」


 声が聞こえてビックリする。

 裸のアスモが慈愛の表情で僕を見つめていた。

 何も着ておらず、大事な所は毛布で隠れているけど。

 僕はもう彼女の全てを見ているし、知っている。


 そうだ……そうだった。

 僕は十五歳の成人になった昨日。

 一晩中、アスモと致したんだった。

 というより、襲われた。


 何かの間違いだとか、夢かと思ったけど。

 どうやら夢じゃなかったようだ。


「何をそんなに驚いているのよ。

 昨日あんなに愛し合ったのに」

「やめて……恥ずかしいから」

「ああ、昨夜のユーリはとても可愛かったわ」

「やめてって言ってるだろ!」


 うっとりしている魔王に突っ込む。

 頼むからやめてくれ。本当に恥ずかしいんだ。


「なによもう、私とするのが嫌だったの?

 あんなに気持ち良さそうにしていたのに」

「気持ち……良かったけど。

 そうじゃないだろ!」


 確かに気持ち良かった。

 それは初めての快楽だった。

 頭が爆発して、何も考えられず。

 ただアスモと触れ合うことだけを考えていた。

 獣のように。

 でも、わざわざ口に出すことないじゃないか。


「ふふふ、そういうのってね。

 賢者タイムって言うのよ。覚えておいて」

「なんか嫌な響きの言葉だな」


 賢者タイムってなんだよ。

 言葉の意味が全然わからないぞ。


「それよりユーリ、行かなくていいの?」

「行くって、どこにさ」

「勇者候補が集まる場所よ」

「あっ」


 ヤバい、今何時だ。

 部屋に飾ってある時計を見る。

 時計の針は、タツの時を刺していた。

 ヤバいヤバいヤバい。

 このままじゃ遅刻しちゃう。


 ただでさえ煙たがられているのに。

 遅刻なんてしたらまた罵声を浴びせられる。

 慌てて服を着ていると、アスモが尋ねてくる。


「ユーリ、身体の調子はどう?」

「えっ?」

「私との房中術で、アナタの魔力は今正常に整っている筈だけど」

「確かに……」


 そう言われて、自分の身体を確認する。

 重かった身体が、羽根のように軽い。

 身体の奥底から、力が漲ってきている。


 両手をぐっと握り締める。

 昨日までの僕までとは明らかに違う。

 まるで、新しい身体に生まれ変わったみたいだ。


「うん……凄く調子が良いよ」

「でしょう? それがユーリ本来の力よ。

 ぐちゃぐちゃだった光と闇の魔力が綺麗に整い。

 万全な状態になったの」

「これが……僕本来の力」

「私の言っていることは嘘じゃなかったでしょ?」

「うん、そうだね」


 アスモが言ったことは間違いじゃなかった。

 キスとか性交とかすると言われた時は頭おかしんじゃないかと正気を疑ったけど。


 本当に身体の調子が良くなっている。

 僕はベッドにいるアスモに振り向いて。


「ありがとう、アスモ」

「嬉しい! ユーリが褒めてくれたわ!

 ねぇ、もう一回しちゃう?」

「馬鹿、する訳ないだろ!

 というか、アスモはどうするんだよ。

 僕がブレイバーズに行っている間、ここに居るのか?」

「ううん、私はまだ夜しか実体化できないの。

 だからユーリの中で休ませてもらうわ」

「そう……なんだ」


 ずっとそのままだと思ったけど。

 そうじゃないんだ。

 ちょっとだけ可哀想だと思ってしまう。


「ふふふ、やっぱりユーリは優しいのね」

「だから人の考えてること勝手に読むなよ」

「ユーリは考えてることが顔に出ているのよ」


 そうかなぁ。

 僕ってそんなに分かりやすいか?


「ほら、早く行かないと」

「あっ、そうだった」


 アスモに催促されて、慌てて服を着る。

 部屋を出る前に、アスモにこう言った。


「行ってきます」


 そう言うと、アスモは柔らかい笑顔を浮かべて。


「行ってらっしゃい、ユーリ」


 と言ったのだ。



 ◇◆◇



「今日は魔法の訓練を行う」

「「はい!」」


 魔法訓練場で、教官の前で勇者候補達が整列している。


(魔法か……)


 僕はこの訓練が嫌いだ。

 だって僕は魔法が使えないから。

 皆が訓練をしているところを、後ろで眺めているだけ。

 それがずっと惨めだった。


火炎魔法ファルマ!」

流水魔法ウォルマ!」

暴風魔法フーマ!」


 それぞれ順番に配置につき、的に向けて得意な魔法を放つ。

 勇者は万能でなければならない。

 剣だけでも駄目、魔法だけでも駄目。

 両方を兼ね備えた者が勇者になり得る。

 ブレイバーズに居るのは、選ばれた優秀な子達だ。

 僕を除いて。


「よ~し、皆いい感じだ。それでは次、ジェイク」

「へ~い」


 ジェイク。

 僕より歳が一つ上の勇者候補。

 身体も大きく、剣と魔法の才に恵まれ。

 ブレイバーズの中で一番優秀な勇者候補。

 そして、落ちこぼれの僕を何か嫌がらせをしてくる嫌な奴だ。


火炎魔法ビルグ・ファルマ


 ジェイクが手を翳しながら呪文を唱える。

 大きな火球が放たれ、的に着弾した。


「「おおおおお!」」

「流石ジェイクだぜ!」

「中位魔法も完璧だもんな」

「へっ、これくらいで騒ぐなよ」


 ジェイクの魔法を見た者達が歓声を上げる。

 ジェイクは嫌な奴だけど優秀だ。

 教官も、勇者候補達も、誰もが彼に期待している。

 次代の勇者は、きっと彼になるだろうと。


「ジェイクは流石といったところか。

 だが、お前の可能性はまだまだこんなものではない。

 あぐらをかかず、精進しろ」

「へいへ~い」

「よし。次はそうだな、ユーリ」


 僕の名前が呼ばれる。

 するといつも通り、周りが僕を馬鹿にし出した。


「きょうか~ん、ユーリは魔法使えませんよ~」

「やるだけ時間の無駄じゃないっすか~」

「マジでそれな」

「「ははははははは!」」


 嘲笑が木霊する。

 いつもこうだ。

 僕の番になると皆が笑い者にしてくる。

 教官も、何故僕を指名し続けるのか分からない。

 恐らく見せしめの為だとは思うけどさ。

 だから僕は、魔法の訓練が嫌いだった。


『大丈夫よ、ユーリ』

「うわぁあああ!?」


 突然頭の中に声が聞こえて驚いた。

 何が起こったんだと狼狽えると。

 再び声が聞こえてくる。


『ふふふ、驚いた? 私よ、アスモよ』

「アスモ?」


 驚いた、本当にアスモの声だ。

 でも何でアスモが頭の中から聞こえるんだ?


『ユーリの中にいると言ったじゃない。

 直接アナタに語り掛けているの。

 ユーリも言葉を発さくても。

 頭の中で私と会話できるわ』

(へ~、そうなんだ)


 頭の中で返答すると、アスモがくすりと笑う。

 ちゃんと通じているようだ。

 これなら、わざわざ口に出す必要はない。

 独り言をしなくてよかった。

 とうとう頭までおかしくなったんじゃないかとドン引きされちゃうし。


『臆さないで、ユーリ。

 今のアナタは、昨日までのアナタじゃない。

 ちゃんと魔法を使えるわ』

(本当に?)

『本当よ、私を信じて』

(わかった)


 アスモがそう言うなら、やってみる価値はある。

 僕自身、やれそうな気がしてきた。


「おいおい、何してんだよ」

「どうせ出来ないんだから隅に引っ込んでろって」

「どうしたユーリ、やらないのか」

「やります」


 立ち尽くしている僕を勇者候補達が馬鹿にする中。

 教官が催促してくる。

 僕は頷くと、前を向いて配置に移動した。


「すう~はぁ~」


 なんだか緊張するな。

 これでもし魔法が発動しなかったらどうしよう。

 いや、違う。やるんだ。臆するな。

 魔王ができると言ったんだぞ。

 ならば、できない事はない。

 僕は覚悟を決め、右手を的に向けた。


火炎魔法ファルマ!」


 呪文を唱える。

 しかし、僕の手から魔法が放たれることはなく。

 訓練場がシーンと静まり返った。


「「あははははは!」」

「そんな威勢よく詠唱してどうしたんだよユーリ!」

「大声で唱えればできると思ったんじゃないのか!」

「ははは! 落ちこぼれは可哀想だな!」

(やっぱりダメか……)


 結局、落ちこぼれは何をしても落ちこぼれ。

 一縷の望みに賭けたけど、どうにもならない。

 これ以上は無駄だろう。

 諦めて手を下ろそうとしたその時。


『まだよ、ユーリ!』

「えっ?」


 アスモが止めてくる。

 その瞬間だった。

 手の先から、火が灯る。

 火は徐々に大きく燃え盛り、大きな玉となって。

 的に向かって発射された。


 ――ズドオオオオオオオオオオンッ。


 火炎が的に着弾すると。

 けたたましい爆発音が轟いた。

 爆風に煽られ、尻もちをついてしまう。


「嘘……だろ」

『ほら、できたじゃない』


 木端微塵に破壊された頑丈な的を見て驚く。

 というより、魔法を使えたことに驚く。

 信じられず魔法を放った右手を見ていると。

 アスモが嬉しそうに告げた。

 そして。


「「えええええええええええええ!?」」


 勇者候補達が、驚きの声を上げたのだった。

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