第5話 そんな話聞いてない!

 



「う、嘘だろ」

「ユーリの奴、今魔法を使わなかったか?」

「使った……んじゃないのか。知らんけど」

「しかもなんだよあの威力。

 ただの下位魔法ファルマなのに、中位級の威力だったぞ」

「いったいどうなってんだ」


 僕の魔法を見た勇者候補達がざわついている。

 だけど一番驚いているのは僕自身だ。

 でもそれ以上に、凄く嬉しかった。


「やった……」


 やった、やった、やった!

 とうとう魔法が使えたんだ!

 嘘じゃない、現実だ!

 魔法を使えなかった筈の僕が、使えたんだ!


 これが魔法か。

 これが魔法を使う感覚なのか!

 ぐっと両手を握り締める。

 初めて魔法が使えた感動に満ち溢れていると。

 アスモが賛辞を送ってくる。


『やったわね、ユーリ』

(うん! ありがとう、アスモ!)


 心からアスモにお礼を伝える。

 アスモのお蔭で魔法を使うことができた。

 彼女の言葉は嘘じゃなかったんだ。

 ありがとう、アスモ。

 君のお蔭で、僕は勇者としての希望が見えた。


『ああ! ユーリが褒めてくれたわ!

 可愛い過ぎて今すぐ襲いたくなっちゃう!』

(ああ……うん)


 頭の中で勝手に悶えないで欲しい。

 感謝と感動も返して欲しい。

 アスモにドン引きしていると。

 教官が尋ねてくる。


「ユーリ、魔法が使えたじゃないか」

「は、はい」

「隠していた訳……ではないな。

 何故急に使えるようになったんだ」

「それは……」


 どう答えよう。

 魔王とキスしたりチョメチョメしたから。

 そんな恥ずかしくてアホなこと言える訳がない。

 なんて答えようか言葉に詰まっていると。

 教官は興味なさそうに口を開く。


「まぁいい、使えるに越したことはない」

「はい、そうですよね」


 助かった。追及されると非常に困る。

 教官は僕に背を向けると、パンッと手を叩き。

 未だに騒めいている勇者候補達に告げる。


「魔法訓練はこれで終わりだ。

 戦闘訓練に入る。皆準備してくれ」


 えっ、もう終わり?

 折角魔法を使えるようになったんだから、もっと試したかったな。

 残念がっていると、アスモがこう言ってくる。


『これからもチャンスはあるわよ』

(そうだね)


 魔法を使えるようになった。

 それは僕にとって大きな収穫であり、大きな一歩。

 これから試す機会はいくらだってある。

 焦らず、まずは喜びを噛み締めよう。


「おいユーリ、俺と戦ろうぜ」

「ジェイク……」

「どんな手品を使ったのかは知らねぇが。

 これは誤魔化せねぇだろ」


 苛立ちを隠さず申し込んでくるジェイク。

 余程、僕が魔法を使ったことが気に喰わないのだろう。


「やっちまえジェイク!」

「落ちこぼれを調子に乗らせるな」

「まさか、逃げたりしねーよな?」


 周りの勇者候補達が囃し立ててきて。

 ニヤリと薄ら笑いを浮かべるジェイク。


『やっちゃいなさい、ユーリ』

(うん、わかってる)


 受けて立てと言ってくるアスモ。

 僕は最初からそのつもりだった。

 今までの僕は、屈強なジェイクに歯が立たなかった。

 だけど、今はなんだか負ける気がしない。


「いいよ、やろう」

「へっ、魔法が使えるようになったからって調子に乗るな。

 お前は所詮落ちこぼれなんだからよ」


 僕とジェイクによる模擬戦闘が始まった。

 勇者候補達は訓練せず、教官も含めて僕等を観戦する気だ。

 模擬剣を握り締めて、ジェイクと対峙する。


「いくぞ落ちこぼれ」

「こい」


 ジェイクが僕に迫り、豪快に剣を振るってくる。

 その斬撃を、僕は剣で受け止めた。


「なに!?」

「っ!?」


 ジェイクが驚く。僕も驚いた。

 非力な僕は、今の一太刀で吹っ飛ばされていた。

 だけど、ジェイクの攻撃を真正面から受け止められる。

 力だって押し負けていない。


「調子に乗るなよ!」

「くっ!」


 怒るジェイクは、怒涛の斬撃を浴びせてくる。

 ブレイバーズの筆頭だけあって、流石に強い。

 でも、僕はその斬撃を全部受け止めていた。


(何だこれ……)


 ジェイクと戦っている最中、僕は違和感を抱いていた。

 身体が羽のように軽い。

 ふわふわと、空を飛んでいるような感覚。

 それに、視界も良好だ。

 凄まじい速度の斬撃を、全て見切れている。

 というより、ジェイクが遅く感じるんだ。


(いける!)


 ジェイクの斬撃を紙一重で躱す。

 僅かに体勢が崩れた好機を見逃さず、ジェイクの腹を刺突した。


「はっ!」

「ぐほぁ!」


 僕の刺突を受けたジェイクは苦しそうに呻く。

 腹を抑え、唾液を垂らし、呻いていた。


「おい、なにかの冗談だよな?」

「ジェイクが落ちこぼれに押されてるぞ」

「ユーリの奴、いつもと違くねーか……」

「そう言われてみれば、身体がキレてるよーな」

「まさか、ジェイクが負けちまうのか?」

「いやいや、そんな事あり得ねーって」


 僕がジェイクを押している。

 信じがたい光景を目の当たりにし、呆然とする勇者候補達。

 そんな彼等とは真逆に、ジェイクはさらに顔が険しくなった。


「落ちこぼれの分際で調子に乗るんじゃねぇ!

 ぶっ殺してやる! 身体強化魔法ブースト!」

「なっ!?」


 おいおい、模擬戦闘ではブースト禁止だろう!

 卑怯じゃないか!

 力と速度が増したジェイクに狼狽していると。

 頭の中でアスモが助言してくる。


『ユーリも使っちゃえばいいじゃない』

(そうか!)


 でも、僕はブーストだって使えたことがない。

 ぶっつけ本番で使えるのだろうか。

 いや迷うな。アスモを信じろ。

 さっきだって魔法が使えたじゃないか!


強化魔法ブースト!」

「なにぃ!?」


 身体を強化した僕は、ジェイクの剣を一撃で弾き飛ばす。

 そして――。


「はぁああ!」

「がはぁああ!」


 力一杯剣を振るい、ジェイクの横腹を叩く。

 するとジェイクは勢い良く吹っ飛び。

 壁に激突すると、そのまま気絶してしまった。


「はぁ……はぁ……」

「そこまで! ユーリの勝ちだ」


 教官の口から宣告を聞く。

 勝った。勝ったんだ。

 信じられない、あのジェイクに。

 歯が立たなかったジェイクに勝ってしまった。


「マジかよ……」

「ユーリが勝っちまったぜ」

「いったい何がどうなってんだ?」

「もう訳わかんねーよー!」

『へへん、ザマーみなさい!』


 ジェイクに向かってアスモが悪態を吐く中。

 僕は汗ばんでいる右手を見つめた。


「勝った……」


 僕はジェイクに勝ったんだ。



 ◇◆◇



「疲れた~」


 帰宅した僕は、一目散にベッドにダイブした。

 そして今日のことを思い出す。

 使えなかった魔法が使えた。

 今まで僕をイジめてきたジェイクに勝った。

 信じられないけど、全部現実に起きたことだ。


「皆驚いてたな……」


 魔法を使った時もそうだし。

 模擬戦闘でジェイクに勝った時もそうだ。

 皆、信じられないと驚愕していた。


 それはそうだろう。

 落ちこぼれの僕が、あのジェイクに勝ってしまったんだから。

 疑わしい目。畏怖の目。

 勇者候補達は、様々な感情で僕を遠巻きに見ていた。


「ユーリ、かっこ良かったわよ」

「うわぁ!?」


 突然耳元で褒められ、ビクッと身体が跳ねる。

 そちらに顔を向ければ、アスモが横にいた。


 なんだよもう、ビックリさせないでよ。

 そうか、もう夜だから実体化したのか。

 昨日と変わらず、薄く色気のある服を纏っている。

 服ってそれしかないのかな。

 昨日は驚いてばっかだから意識してなかったけど。

 改めて見ると目のやり場に困る。


「どう、今日を終えた感想は?」

「そうだね、最高の一日だったよ」


 魔法も使えるようになったし、ジェイクにも勝った。

 こんな日が訪れるなんて夢にも思わなかった。

 最高という言葉以外、表す表現が思いつかないや。

 それもこれも、全部アスモのお蔭だ。


「アスモ、ありがとう。

 君のお蔭で、僕は変わることができたよ」

「ふふふ、私はキッカケを作ったに過ぎないわ。

 絶望の中に居ても、腐らず、諦めず。

 頑張り続けてきたユーリの努力と想いの結果よ」

「そうなのかな」

「ええ、勿論よ」


 そっか、そうなのか。

 僕の努力は、決して無駄なんかじゃなかったんだ。

 良かった。諦めないで本当に良かった。


「んちゅ~」

「おい、何してるんだ」


 突然唇を近づけてくるアスモ。

 何で急に盛ってるんだこの魔王。

 人が折角感動しているのに。


「なにって、キスに決まってるじゃない」

「何でさ。もうしなくていいだろ」

「ユーリこそ何言ってるのよ。

 魔力が乱れてるんだから房中術しないとダメよ」


 はっ? なんだそれ。


「もう僕の魔力は正常になったんじゃないのか?」

「一時的にね。だけどユーリは今日魔法を使ったでしょ?

 それでユーリの魔力はまた乱れているのよ」

「嘘でしょ?」

「本当よ。その証拠に、身体が重くない?」

「まぁ、確かに」


 言われてみればそうかもしれない。

 朝は嘘のように身体が軽かったけど、今はかなり重たい。

 でもそれは、単なる疲労に過ぎないんじゃないのか?


「魔法を使えば当然魔力も乱れるわ。

 だからまた房中術で治さないと」

「そんな話聞いてない!」

「あら、言ってなかったかしら?」


 なんてこった。

 てっきり一回ヤれば済む話だと思ってたのに。


 うん? 待てよ?

 じゃあ僕は、この先ずっと房中術をしなくちゃいけないのか?

 そんな馬鹿な……。


「ほら、男ならグズグズしない!」

「んん!?」


 アスモに唇を奪われる。

 その瞬間、身体が燃えるように熱くなった。

 それはつまり、僕の魔力が整っている証拠。

 アスモはゆっくり顔を離すと、ぺろりと舌で唇を舐める。


「さぁユーリ、私と愛し合いましょ」

「ほ、ほどほどにお願いします」

「ふふ、ダメよ」


 その日の夜も、アスモにめちゃくちゃにされたのだった。

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