第6話 争う理由

 



「なぁ、あの噂聞いたか?」

「聞いた聞いた」

「落ちこぼれが魔法使ったんだって?」

「そうみたいだな。

 それによ、模擬戦闘でジェイクが負けたらしいぜ」

「嘘なんじゃねぇのか?」

「いや、それが嘘じゃないみたいだぞ」

「マジかよ」

「だって、ジェイクがどこにも居ねぇじゃねえか」


 ひそひそ、こそこそ。

 周囲にいるパーティー候補達が、僕の噂をしている。

 どうやら昨日のことが広まっているみたいだ。

 僕が魔法を使ったことも。

 模擬戦闘でジェイクに勝ったことも。

 いつもとは違う目線に、身体がむずかゆくなってしまう。


 因みに、ジェイクは今日訓練には参加していない。

 僕の打撃を受けて壁に激突した後。

 ジェイクは医務室に運ばれた。

 どうやら全身の至る箇所が骨折し、当分休養するようだった。


 ざまぁみろ、と言ってやりところだけど。

 怪我をさせてしまったので、そんな気分にはなれなかった。

 自分でも、あんなに力が強くなっているとは思わなかった。


『今日の調子はどうかしら、ユーリ』

(お蔭様でバッチリだよ……)


 問いかけてくるアスモに、ため息交じりで返答する。

 ダルかった身体は、アスモとの房中術で今日も絶好調だ。

 だけど、ちょっと腰が重い気がする。


 どれだけ休憩しようと言っても、アスモは全然聞いてくれない。

 頭が馬鹿になるぐらい絞り取られてしまった。

 ずっとこの調子だと、僕は腹上死してしまうんじゃないだろうか。

 初体験からまだ二回目なんだから、少しは加減して欲しい。


『だってユーリが可愛いんだもの。

 しょうがないわよね』

(しょうがないってさぁ)

『ユーリは気持ち良くなかったの?』

(それはまぁ……)


 気持ちよかった。

 アスモの冷たくて綺麗な手も。

 絡みつく細い足も。張りの有る大きな胸も。

 くびれた腰も。柔らかな唇も。しっとりした髪も。

 彼女の身体の全てが気持ち良かった。


 そんな完璧な身体のアスモと、房中術をする。

 身体が燃え上がって、理性なんか吹っ飛んで。

 最後はドロドロに溶け合うんだ。

 気持ち良くない筈がないじゃないか。


『ふふ、素直のユーリも好きよ』

(そうですか)

『ユーリは私のこと好きじゃない?』

(それは……)


 どうなんだろう。

 落ちこぼれの原因が、僕に転生しようとしたアスモだった。

 だけど僕にとって、アスモは世界でたった一人の理解者だ。


 半ば襲われる形になったけど、身体を重ねた関係だし。

 あと綺麗だし。あと胸も大きいし。

 一人の女性として、凄く魅力がある。

 だけど、好きかどうかと聞かれたら困ってしまう。


(微妙なところ)

『まぁいいわ。

 これから私のことを好きになってもらうから』

(う~ん……)


 それにしても奇妙な運命だよね。

 勇者の子である僕が、魔王に好かれるなんて。


「今日はパーティー候補達との合同訓練だ。

 積極的に関わっていくように」

「「はい!」」


 教官の指示に、勇者候補達が大声で返事をする。

 ブレイバーズに居るのは、勇者候補だけではない。

 いずれ勇者の仲間として魔族と戦う兵士を育てる為に。

 あちこちから才のある若い子を集められた。


 剣士。魔法使い。僧侶。戦士。武道家と。

 様々な子がブレイバーズで育てられている。

 その子達はパーティー候補と呼ばれ。

 ブレイバーズとは別で訓練している。


 それで、たまにこうしてパーティー候補と合同訓練をしている。

 理由は強化訓練だけど他にもあって。

 パーティー候補の中から、いずれ仲間となる者を見定める為だ。

 だから、自分と相性の良い者が居たら積極的に勧誘してもよい。


 合同訓練には、そんな目的もある。

 まぁ、別に気に入る人がいなければ無理に勧誘しなくてもいいんだけどね。


『ねぇユーリ、ちょっと聞いていいかしら』

(うん、どうしたの)

『前から気になってたんだけど。

 どうして勇者って沢山いるの?

 どいつもこいつも勇者勇者だって覚えられなかったわ。

 普通勇者って一人なんじゃないの? よく知らないけど』

(あ~それね)


 アスモの疑問はもっともだと思う。

 物語とかだと、勇者は一人だ。

 僕も小さい頃は、父さんだけが勇者だと思っていた。

 だけど、実際は違うんだよね。


(魔王を倒す勇気ある者――勇者は、誰がなってもいいんだ。

 それに勇者という肩書は、多くの人に希望を与えられるし。

 最終的に、魔王を倒した者が本当の勇者となる。

 アスモを倒した僕の父さん、【希望の勇者】みたいにね)

『ふ~ん、人族の考えることはよくわからないわね』

(あのさ、アスモ……)

『どうしたの?』

(アスモはさ、嫌じゃないの?

 勇者を目指す僕は、いずれ魔族と戦うんだよ)


 ずっと気になっていた。

 アスモは魔族を束ねた魔王だ。

 そんなアスモは、勇者の子である僕に転生した。

 気が変わって身体を乗っ取るのをやめたけど。

 僕はいずれ、ブレイバーズを出て勇者になる。


 それはつまり、アスモの同胞を殺すということになる。

 僕が同胞と戦うことを、アスモはどう思っているんだろうか。


『そんなこと気にしてたの?

 やっぱりユーリは優しいわね。

 そんなところも大好きよ』

(茶化さないでよ)

『そうね……ユーリが魔族と戦っても私は何も思わないわ。

 だって、別に魔族の為に戦ってなかったもの。

 私が強かったから、周りに担ぎあげられて魔王になっただけ』


 そうなの?

 じゃあ自分から魔王になった訳じゃないのか。


『だから魔族とかどうでもいいのよ。

 今の私はユーリが一番だからね』

(へ~そうなんだ。じゃあさ、ついでに聞いていい?

 どうして魔族は人族を襲ってくるのかな)


 人族が魔族と戦っているのは、魔族が襲ってくるから。

 だから人族は、平和を守る為に魔族と戦っている。

 けど、どうして魔族が人族を襲うのか理由はわからない。

 魔王のアスモなら、その理由を知っているだろう。

 理由を尋ねると、アスモは哀愁のある声音で返答する。


『人族がいる場所は人界。

 魔族がいる場所は魔界と呼ばれているのは知っているかしら?』

(うん、知ってるよ)

『太陽の光を浴びて、自然豊かな大地の人界と比べて。

 魔界は暗くジメジメして、荒廃した土地なのよ』

(そう……なんだ)

『それって不公平じゃない?

 私達も太陽の光を浴びて、豊かな大地で暮らしたいのよ。

 だから魔族は、人界の土地を奪う為に戦っている。

 遥か昔からね』


 そういう事だったのか。

 初めて真実を聞いたけど、魔族にも戦う理由があったんだな。

 じゃあ人族と魔族は、壮大な領土戦争をしているのか。

 僕等が生まれる、遥か昔から。


『本当のことは分からないわよ。

 魔族も、大人達からそう教えられてきただけだからね。

 それに魔族の中には、そんな高尚な理由なんか関係なくて。

 暴れたり殺しを楽しみたいから戦っている奴等も沢山いるわ』

(へ~)

『だからユーリは、私に気にせず魔族と戦って。

 そして本当の勇者になりなさい』

(分かったよ、話してくれてありがとう)


 これで憂いはなくなった。

 僕は勇者になるよ、アスモ。

 人族の平和を守った、父さんみたいな勇者に。

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