第18話 勇者の子

 



「ルヴィア、すまなかった!

 許してくれ、この通りだ!」

「ち、父上!? 頭を上げてください!」


 ルークさんがルヴィアに土下座している。

 父親にそんな事されて、娘のルヴィアは相当慌てている。


『ねぇユーリ、【剣王】ってこんな奴なの?』

(あはは……ルヴィアの前じゃこうだよ)

『うわぁ……私これに負けたの?

 今になってショックだわ』


 自分を倒した【剣王】の無様な姿に魔王アスモはドン引きしていた。

 普段のルークさんは厳かな顔に似つかわしく厳格な人だけど。

 娘のルヴィアの前だとただの親バカなんだよね。


「本当にアナタって馬鹿ね。

 勝手に婚約者を決めるなんてあり得ないわ。

 しかもあんな魂胆見え見えのキザ野郎にね」

「だってしょうがないじゃないか。

 カイル殿があんなキャラだとは思わなかったんだ」

「は、母上!?」

「は~いルヴィア。

 久しぶりね、元気にしてた?」


 うわ、驚いた。

 誰かと思ったらエンリさんか。


『ねぇユーリ、彼女って……』

(うん、ルヴィアの母親で。

【獄炎の魔女】エンリエッタさんだよ)

『そうよね、なんか老けたんじゃない?

 最後に見たのは何年前だったかしら』


 あれ、アスモがエンリさんと会ったのは十五年じゃないのか?

 いや違うか。そういえば僕を通して全部見てたんだな。

 じゃあ僕がルヴィアの家を出た三年前ぐらいになるのかな。

 それにしてもエンリさん、ルヴィアに似て美人だなぁ。

 相変わらずアグレッシブだけど。


「母上、帰ってこられていたのですか?」

「そうよ、昨日の夜にね。

 ルヴィアから手紙をもらって心配になったから。

 全力で魔族をぶっ飛ばして帰ってきたの」

「そうですか……ありがとうございます」


 嬉しそうに微笑むルヴィア。

 元気そうな娘を見て安心した顔を浮かべていたエンリさんは。

 キッと目つきを鋭くしてルークさんの尻を蹴り上げる。


「久しぶりに帰ってきたものの。

 家にルヴィアはいなのにルークがいるし!

 しかも勝手にルヴィアの婚約者を連れてくるとか馬鹿なことしてるし!

 もう本当にどうしようもない旦那よ! 反省しなさい!」

「うぅ……すまない!」

「あんなキザ野郎に黙れされるんじゃないわよ!」

『完全に尻に敷かれてるわね』

(そうだね……)


 まさかルヴィアもこうならないよね?

 未来の僕達を見てるみたいで不安になってきたんだけど。


「安心してルヴィア。

 キザ野郎との婚約は破棄して、丁重に帰ってもらったわ」

「そうですか……ありがとうございます母上」


 良かった……。

 ルヴィアはカイルと結婚することはなくなったんだ。

 安堵していると、エンリさんが僕を見て口角を上げた。


「それに、ルヴィアにはもうパートナーがいるものね」

「ちょ、母上!?」

「あら違うの?

 朝帰り、しかもユーリと二人でって。

 アンタ達、もうやることやってんでしょ?」

「「えっ!?」」


 バ、バレてる!?


「お、おいユーリ!

 まさかお前ルヴィアに手を出してないよな!?

 そんなことしないよな!?」

「……」


 ごめんなさいルークさん。

 手を出しちゃいました。

 しかも昨日じゃなくて、一昨日から。

 お蔭様で今日も絶好調です。腰は重いけど……。


「おい、なんとか言ったらどうだ!

 返答次第ではお前を八つ裂きに痛った!?」

「娘の前で恥ずかしいことしない!

 それに二人はもう成人して立派な大人なんだから。

 当人同士の問題でしょーが」

「ぐぅ……私のルヴィアがぁ」


 うわぁ、このメソメソ状態久しぶりに見たな。

 ルヴィアから「父上なんて大嫌い!」と言われた時以来か。

 ドン引きしていると、エンリさんが僕の頭を撫でてくる。


「ユーリ、大きくなったわね。

 ギルバートに似てきたんじゃない?

 あっ、でも顔はシスティ似かしら」

「それはそうですよ。

 だって僕は、父さんと母さんの子ですから」

「ふふ、そうね。

 それとごめんなさい、ギルバートはまだ見つかってないわ……」


 申し訳なさそうに謝ってくるエンリさん。

 父さんは母さんの病を治す手段を探しに行ったきり消息不明だ。

 ルークさんとエンリさんは、魔族と戦いながら各地を回って父さんを探してくれている。

 だけどもう、【希望の勇者】は死んだと国民は思っている。

 僕とこの二人以外はね。


「あいつの事よ、絶対にくたばっちゃいないわ。

 私達が必ず見つけ出すから」

「ありがとうございます。

 でも、今度は僕も自分で探しに行きます」

「ユーリ……。

 そうだったわね。アナタは今日から勇者なんだものね」


 話し方からすると、エンリさんはもう知っているみたいだ。

 僕がブレイバーズを卒業し、勇者になることを。


「男子三日会わざればってやつね。

 本当に逞しくなった。ルヴィアのこと、頼んだわよ」

「はい、命に代えても」

「ルヴィア、魔法が使えなくなった件はもう大丈夫なのね?」


 そう問いかけてくるエンリさんに。

 ルヴィアは僕の手を強く握りながら答える。


「はい、ユーリが居る限り私は戦えます」

「そう……でもあまり無茶はしないでね。

 アナタは私達の大事な娘なんだから」

「母上……」


 ルヴィアをぎゅっと抱き締めるエンリさん。

 多分ルークさんと同じで、彼女も本当はルヴィアに戦って欲しくないのだろう。


「じゃあ、行ってらっしゃい」

「「行ってきます」」



 ◇◆◇



「おい落ちこぼ……ユーリ」

「ジェイク……」


 ルヴィアと一緒にブレイバーズを訪れた。

 教官に会いに行こうとした時、ジェイクに声をかけられる。

 こいつが僕に何の用だろう。

 また何かいちゃもんをつけられるのかな。


「先に勇者になったからって調子に乗るなよ。

 お前にだけは絶対に負けねーからな」


 それだけ言うと、ジェイクは踵を返して去っていく。

 はぁ、あいつも相変わらずだな~。


「「失礼します」」

「来たかユーリ、そしてルヴィア。

 ユーリ、お前は今日から勇者を名乗ることを許されるが。

 “勇名”はどうする。お前はなんの勇者になる」

「それは……」


 勇名……それは勇者にとってあだ名のようなものだ。

 父さんのような【希望の勇者】。

 教官のような【剛腕の勇者】。

 カイルのような【高潔の勇者】。


 名は体を表すという言葉通り、その人の特徴を捉える。

 他者から自然と呼ばれる場合もあれば、自分で名乗る場合もある。


(勇名か……)


 僕はずっと考えていた。

 ユーリとはどんな人間か。

 どんな勇名が相応しいのか。

 落ちこぼれの僕は、どんな勇者になるのか。


 でもね、実はもう決めてあるんだ。


『それでいいのね、ユーリ』

(うん、これしかないんだよ)


 尋ねてくるアスモに即答する。

 僕は姿勢を正し、はっきりと教官に告げた。


「【勇者の子】。

 教官、僕の勇名は【勇者の子】です」


 “勇者の子”。

 その肩書きは僕にとって呪いでしかなかった。


 勇者の子という理由だけで強制的にブレイバーズに入れられ。

 落ちこぼれの僕は毎日地獄の日々を送った。

 罵倒され、蔑まれ、貶された。

 涙で枕を濡らした数はもう覚えていない。


 苦しい思いをしてまで勇者になんてなりたくなかった。

 父さんを恨んだことだって数えきれないほどある。


 それでも、父さんの子として。

 勇者の子として一生懸命やってきた。


 苦しい日々に耐えられたのは。

 父さんのような勇者になりたいという想いが。

 僕の根底にあったからだ。


 そして僕は、どこに行こうが何になろうが。

 勇者の子であることに変わりはないんだ。


 ならば受け入れよう。

 勇者の子、それがユーリだから。


「ユーリ……」

「ふっ、よかろう。

【勇者の子】ユーリ、そしてルヴィア。

 二人に任務を与える」

「「はい!」」

「聖都アルカンゲヘナに向かってもらう。

 つい最近、聖女候補から新たな聖女が誕生するとの神託が降りた。

 そして聖女候補の命が魔族に狙われているという情報が入った。

 お前達は現地の勇者達と合流し、聖女候補を護衛せよ」

「「はっ!」」



 ◇◆◇



「行こうか、ルヴィア、アスモ」

「行こう、ユーリ」

『行きましょう』


 僕はもう落ちこぼれじゃない。

 僕の中に魔王がいたことは衝撃だったけど。

 アスモとキスをしてから、僕は変わることができた。


 そして今日。

 僕は勇者となり、アスモとルヴィアと一緒に。

 勇者としての新たな一歩を踏み出したんだ。

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