第24話 リリィ

 



「リリィは大きいなぁ!」

「リリィは力持ちねぇ!」

「うん! リリィは大きくて力持ち!」


 リリィは他の子と違いました。

 幼いながらも村の子達よりも背が大きくて。

 硬いクルミを簡単に砕ける力を持っていました。

 ようは、普通の子ではなかったんです。


「お~いデカ女~!」

「トロくてダサいデカ女~」

「返して欲しかったら追いついてみろよ~」

「返してよ~きゃっ!」


 普通の子ではないリリィは、村の子からよくからかわれました。

 デカ女とか、大猿とか、沢山悪口を言われて。

 ドン臭いリリィは、物を取られて遊ばれました。


「リリィも一緒に遊んでいい?」

「あっ……そういえば家の手伝いしないと」

「わ、私も」

「いきましょ」


 おままごととか、お花を摘んだりとか。

 女の子がするような遊びをしたかったのですけど。

 村の女の子はリリィを恐がって一緒に遊んでくれません。

 仕方なく一人で遊んでいたら、男の子達にからかわれてしまいます。

 凄く、寂しかったんです。


「どうしたのリリィ?」

「元気ないぞ。元気がない時は腹一杯食べるんだ」

「ねぇ、お母さん、お父さん。

 どうしてリリィは普通じゃないの?」

「「リリィ……」」


 子供なのに大人と背丈が同じで。

 子供なのに大人以上に力持ち。

 薄々、リリィは普通の子ではないと感じていました。


「悲しまないで、リリィ。

 リリィは人より身体が大きくて、人より力持ちなだけ。

 ただそれだけの事で、悲しむ必要なんてないのよ

「そうだぞリリィ。悲しむことなんてない。

 リリィが大きいのも力持ちなのも、全部悪いことじゃない。

 寧ろ特別なことなんだ」

「特別……?」

「そうさ。リリィはきっと、太陽神様のご加護を頂いのだろう。

 身体が大きいのも、力持ちなのも、人様の役に立てる為にあるものだ」

「でも……リリィは特別じゃなくて普通がいい。

 だって、寂しいもん」


 両親はリリィが特別なんだと励ましてくれたけど。

 リリィは普通がよかったです。

 一人ぼっちは寂しいですから。


「はいリリィ」

「お母さん、これ何?」

「マリィっていうのよ」

「マリィ?」

「そう、リリィのお友達」


 リリィが寂しがっていたからでしょう。

 お母さんが手編みで女の子の人形を作ってくれました。


「可愛い! ありがとうお母さん!」

「マリィはリリィのお友達よ。大事にしてね」

「うん!」


 それからずっと、どこに行く時もマリィと一緒でした。

 うっかり壊さないように、大事に大事にしていました。

 マリィのお蔭で、リリィは寂しさを紛らわせたのです。

 それが気に食わなかったのでしょう。

 マリィと遊んでいた時、男の子達にマリィを取られてしまいました。


「お願い、マリィを返して!」

「や~だよ、返して欲しかったらここまでこいよ!」

「やめてよ!」

「うわぁ!?」


 マリィを取られて必死だったのでしょう。

 つい男の子を突き飛ばしてしまったのです。

 普通の子だったら、尻もちをつく程度。

 ですが力持ちのリリィは、男の子を吹っ飛ばしてしまいました。


「痛ぇ……痛ぇよ……」

「えっ……あっ……」


 “やってしまった”。

 泣き崩れる男の子を見て、リリィは呆然としました。

 その子は命に別状はありませんでしたが。

 身体の至る骨が折れてしまっていたのです。


「うちの子を殺す気ですか!?」

「「申し訳ございません!」」


 鬼気迫る顔で怒鳴る男の子の親に。

 リリィの両親は何度も頭を下げて謝ってしまいました。


「ごめんなさい……」

「大丈夫、リリィは悪くないわ」

「そうだな……だけど暴力だけはしちゃダメだぞ」

「うん……」


 優しい両親はリリィを許してくれましたが。

 村の皆は許してくれませんでした。

 リリィを恐れ、両親を仲間外れにして陰口を言ってきます。


 それでも家族で協力して慎ましく暮らしていたのですが。

 沢山働いて、身体が弱くなっていたのでしょう。

 両親が病にかかってしまったのです。


「お父さん、お母さん、大丈夫?」

「ああ、大丈夫だよ。心配するな、すぐ良くなる」

「リリィは大丈夫?」

「うん、リリィはなんともないよ」


 両親は病に倒れましたが、リリィは平気でした。

 やっぱり、リリィは普通ではないからでしょうか。

 両親の代わりにリリィが沢山働こうとしたのですが。

 その年は作物が実らず、村全体で飢饉になってしまいました。


「祟りだ、これは悪魔の祟りだ」

「そうよ、全部リリィのせいよ」

「大体おかしいだろ。

 親が病に犯されているのにリリィは平気だなんて」

「悪魔だ……リリィは悪魔の子だったのだ」


 両親が病にかかったのも、村が飢饉になったのも。

 全部リリィのせいにされてしまいました。

 でも、リリィ自身もリリィのせいだと思い始めていました。


「村から出て行け!」

「悪魔の子め! 死んでしまえ!」

「痛っ!」


 村の人達から罵声を浴びせられ。

 石を投げつけられてしまいます。

 凄く痛くて、凄く辛くて。

 でも痛いのは身体ではなく、心のほうがずっと痛いんです。


 リリィが出て行けば、リリィが死ねば。

 両親の病も治るし、作物も取れるようになるのかな。

 そう考えていた時でした。大司教様と出会ったのは。


「すみません、こちらに悪魔の子がいると聞いたのですが。

 どの子でしょうか?」

「えっと……リリィです」

「ほう、貴方がそうですか」


 大司教様は、悪魔の子がいるという噂を聞きつけて村にやってきたそうです。

 そして神の御業で両親の病を治してくれて。

 聖都に来ないかとリリィを誘ってくれたのです。


「聖都……?」

「そうです。そこなら、貴方を傷つける者はおりませんよ」


 お父さんとお母さんと離れるのは寂しいけど。

 リリィが村に居たら、皆に迷惑をかけてしまいます。

 だからリリィは、大司教様についていくことにしたのです。



 ◇◆◇



「今日からここがリリィの居場所ですよ、リリィ」

「ここが……」


 聖都は自然に満ちた素敵な場所でした。

 ここでリリィは、見習いシスターとしての生活が始まりました。


「貴女大きいわね」

「は……はい」

「ふふ、大きいのは良いことよ。

 それだけ、太陽神様に近いということだからね」


 シスター達は、リリィの背丈を笑ったりしませんでした。

 悪魔の子と恐れる人もいません。

 皆優しくて、しっかりしていて。

 リリィは久しぶりに心の底から笑えることができました。


「もうドン臭いわねぇ」

「あらリリィ、また壊しちゃったの?」

「もう少し周りをよく見なさい」


 リリィはドジでドン臭くて。

 シスター達に迷惑ばかりかけてしまいました。

 それでもシスター達は叱るだけで、リリィを疎ましく思ったりしません。

 彼女達に助けてもらったりするばかりではなく。

 リリィも早く一人前になれるよう精一杯頑張りました。


「リリィ、今日から貴女はシスターです。

 より一層励みなさい」

「はい! リリィ、頑張ります!」


 大司教様に努力を認められ。

 リリィは見習いを終えて、シスターになりました。

 修道院で暮らしている仲間から、お祝いしてもらいました。

 まだまだ半人前ですけど、凄く嬉しかったです。


「太陽神様から神託を下されました。

 リリィ、貴女は聖女候補に選ばれたのです」

「えっ?」


 シスターとして慎ましく穏やかな日々を過ごし。

 成人を越えて十六歳を超えたあたりのことでした。

 大司教様から、突然そんなことを言われたのです。


「聖女候補? そんな、何かの間違いです」

「リリィは太陽神様を疑うのですか?」

「いえ! そんなことは……ないですけど」


 リリィが聖女候補なんて信じられないです。

 だってリリィはドジで間抜けでドン臭くて。

 悪魔の子なんですから。


「戸惑う気持ちもわかります。

 しかし、聖女候補に選ばれることはシスターにとって誉なのです」

「はい……」


 シスターにとって聖女候補に選ばれる。

 それは、太陽神様から選ばれるという意味で。

 とても名誉なことです。


 でも、よりによってどうしてリリィが選ばれてしまったのでしょう。


「ロゼやグレイスは分かるけど、どうしてリリィなの?」

「ドジで間抜けで。

 魔法もろくに使えない落ちこぼれなのに」

「おまけに悪魔の子なのにね」

「納得できない」


 聖女候補に選ばれてから、シスター達の態度が一変しました。

 不満や嫉妬の感情をぶつけられます。

 それは仕方がなく、彼女達の言い分も理解できます。

 だってリリィより、皆の方がとても優秀ですから。


 リリィはまた、一人ぼっちになってしまいました。


「主よ、どうしてリリィをお選びになられたのでしょうか」

「どうしたのですか、リリィ」

「大司教様……」


 礼拝堂で主に問いかけていると、大司教様に声をかけられます。


「まだ受け入れられませんか?」

「はい……だってリリィは、悪魔の子ですから」

「リリィは悪魔の子ではありません。

 太陽神様から頂いたギフトなのです」

「ギフト……ですか?」

「はい。人より背丈が大きいのも。

 人より力持ちなのも、主から頂いたギフトです」


 この力がギフト? とてもそうは思えません。

 だって、背丈が大きくても、人一倍力があっても。

 これまで良い事なんて一度もありませんでしたから。


「そのギフトを誇りなさいリリィ」

(ひっ……)


 大司教様に肩を触れて、ビクッとしてしまいます。

 リリィが聖女候補に選ばれてから、大司教様から触れられることが多くなりました。

 それだけではなく、リリィを見る目が恐いのです。

 全身をねぶるような、その視線が。


「もう寝ます、おやすみさい」

「ええ、おやすみなさい」


 ああ、主よ。

 どうか、どうかお願いですから。

 リリィを聖女に選ばないでください。

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