第29話 光と闇




闇黒魔法ダークネス・シャドウ!」


 ユーリは影の分身を四体出現させ。

 五人で一斉に大司教へと駆け出す。


「おや、おかしいですね。

 何故貴方も闇黒魔法を使えるのでしょうか?

 まぁいいでしょう。そちらがそう来るのなら

 私はこうするまでです」


 人族のユーリが闇黒魔法を使うことに一瞬動揺する。

 しかし大司教はすぐに切り替え。

 祈りを捧げるように手を組んで魔法を発動した。


聖光魔法セイクリッド・フォース

「「ぐぁあああ!!」」


 聖なる光の波動が放出された。

 瞬く間に分身は掻き消され、ユーリも吹っ飛ばされる。


「威勢が良いのは口だけですか?」

「強い……」

「所詮貴方は落ちこぼれ。

 大司教である私に勝つのは不可能ですよ」


 神父は神に祈るだけではない。

 時には悪魔を祓い、時には戦場で魔族と戦う。

 そしてダニエルは大司教まで登り詰めた男だ。


 修道士から始まり、神父、司教、大司教、教皇。

 上から二番目の叙階にまで上り詰めた彼は。

 強力な高位魔法を会得している戦いのプロでもある。

 勇者になったばかりのユーリが敵う相手ではない。

 その上、彼は聖光魔法だけではなく闇黒魔法をも使える。


闇黒魔法ダークネス・フィラー

「くっ」


 足元から八本の触手を放出し。

 ユーリに襲いかかる。

 それに対しユーリは剣に光を纏わせた。


聖光魔法シャイニング・ブレイク!」


 輝く剣で触手を斬り払っていく。

 一本、二本と、全ての触手を斬り払った。


「ほほう!

 神に仕える者でもないのに聖光魔法を使えるのですか!

 なんとも興味深い……。

 殺すのは勿体ないですね、生かして連れ帰りましょうか」


 まさか闇黒魔法だけではなく。

 聖光魔法まで使えるとは思ってもみなかった。

 ユーリに興味を抱いた大司教は興奮するように口角を上げる。


火炎魔法ビルグ・ファルマ!」

聖光魔法サンクチュアリ


 大火球を放つユーリに対し。

 大司教は光の結界を展開する。

 衝突して爆炎が巻き起こるが、結界は無傷。


「無駄ですよ。

 その程度の魔法では私に届かない」

「くっ……」

闇黒魔法ダークネス・フォース

「ぐぁ!!」


 大司教は闇の波動を放つ。

 広範囲の攻撃に回避できず。

 波動を喰らったユーリは吹っ飛ばされてしまう。


「まだまだこれからですよ。

 闇黒魔法ダークネス・フィラー

「ぐっ! がっ! あっ!」

『ユーリ!』


 間髪入れずに闇の触手を放つ。

 防御するが、間に合わず何度も身体を打たれた。

 惨い光景に、リリィは必死に大司教に請う。


「止めて、もう止めてください!

 こんなのあんまりです!」

「止めませんよ。

 さぁリリィ、目を背けないでよく見るのです。

 彼が痛みに喘ぎ、絶望するところをね」

「そんな……」


 止めて欲しいと訴えても。

 大司教は醜悪な笑みを浮かべるだけだった。


「ぐ……あっ」

「ユーリ様……」


 ボロボロになっていくユーリを見て。

 どうすることもできない自分に嘆く。


 ああ、主よ。

 どうして自分は役立たずなのでしょうか。

 助けようとしてくれる彼に何もしてやれない。

 ドン臭くて、グズで、落ちこぼれ。


 やっぱりリリィは……。

 厄災を振り撒く悪魔の子なんでしょうか。


『悲しむことなんてない。

 リリィが大きいのも力持ちなのも、全部悪いことじゃない。

 寧ろ特別なことなんだ』

『特別……?』

『そうさ。リリィはきっと、太陽神様のご加護を頂いのだろう。

 身体が大きいのも、力持ちなのも、人様の役に立てる為にあるものだ』


 父の言葉を思い出す。

 常人離れした怪力をリリィは憎んでいた。

 だって、悪魔の力は簡単に人を傷つけてしまうから。


 でもお父さんは。

 悪魔の力は人様の役に立てる為だと言った。

 この力を使う時なんて今までなかったけれど。

 今がその時ではないのか。

 ならば――。


(お父さん、お母さん、そして主よ。

 少しでいいです、リリィに勇気をください)


 泣くのはもう止めだ。

 勇者を助ける為に覚悟を決めろ。


「ふっ!」


 ぐっと、リリィは全身に力を入れる。

 ミシミシと、彼女を縛る触手が千切れそうになる。

 それに気付いた大司教は、薄ら笑いを浮かべた。


「無駄ですよリリィ。

 貴方がその魔法を破ることは不可能です」


 ――否。不可能なんかではない。

 大司教はリリィの怪力を見誤っている。


 何故ならば。

 彼女自身一度も全力を出したことがないからだ。

 そして今。

 リリィは初めて全力の膂力を注いだ。


「あああああああああ!!」


 腹の底から声を上げ。

 リリィは闇の呪縛を解き放った。


「ば、馬鹿な!?」

「ごめんなさい、大司教様」

「ぐほぁ!?」


 驚愕する大司教をドンッと突き飛ばす。

 たったそれだけで、彼は吹っ飛び壁に叩きつけられた。

 一瞥すらせず、リリィはユーリのもとへと駆ける。


「ユーリ様!」

「はぁ……はぁ……。

 ありがとう、リリィのお蔭で助かったよ」


 傷ついているユーリを抱き起こす。

 小さい声でお礼を言う彼の身体はボロボロだった。

 もし回復魔法が使えたら傷ついた彼を治せるのに。

 こんな時に何もできない自分を憎む。


『リリィ、ユーリにキスしなさい!』

「えっ?」


 声が聞こえた。

 頭の中に直接女性の声が聞こえてくる。

 戸惑っていると、再び声が聞こえてきた。


『キスをすれば彼を治せるわ!』

「でも……そんな……」


 こんな時にキスなどはしたない事はできない。

 というより、殿方とキスなんて恥ずかしい。


『このままだとユーリは死ぬわよ!

 それでもいいの!?』

「……わかりました」


 きっとこれは主のお導きだろう。

 そうに違いない。


 キスをすればユーリが癒されるというのなら。

 躊躇っている場合ではない。

 リリィは覚悟を決め、


「ユーリ様、ごめんなさい」

「リリィ? 何を――んん!?」


 瞼を閉じ、ユーリとキスをした。

 刹那、鍵を刺して貞操帯を解くように。

 彼女の力を封じ込めていた封印が解放された。


「何だ……あの輝きは!?

 まさか回復魔法!? 馬鹿な!」


 立ち上がった大司教は、二人を見て驚愕する。

 リリィとユーリの身体は、眩い光に包まれていた。

 それは癒しの光。回復魔法ヒーリングの光だった。


「「ん……」」


 ユーリとリリィは静かに唇を離す。

 傷ついたユーリの身体は全回復していた。

 いや、それだけではない。

 キスの房中術によって、力が漲っている。


「ユーリ様、私……」

「うん、できたね。回復魔法。

 ありがとう、リリィ」

「馬鹿な……。

 あのリリィが魔法を使っただと?

 何がどうなっているのだ……」


 大司教が戸惑うのも無理はない。

 今まで全く魔法を使えなかった彼女が。

 あれほどの回復魔法を発動するなんて。


 まさか、神が力を与えたというのか。


「認めん、私は認めんぞ!

 神は決して人を助けない! 

 それを私が証明してやる、闇黒魔法ダークネス・フォース!」


 怒りに満ちた大司教は。

 魔力を大量に注ぎ込み、闇の波動を放出した。


「いくよ、リリィ」

「はい、ユーリ様」


 二人は手を繋いで、魔力を循環させる。

 迫り来る闇の波動に向けて手を掲げた。


「「聖光魔法セイクリッド・フォース!!」」


 凄まじい極光が闇を照らす。

 光と闇が衝突するも、拮抗など毛頭なかった。

 大いなる光は闇を掻き消し、そのまま大司教に迫る。


「ぎぃやぁあああああああああああああ!!」


 聖なる光を浴びた大司教は絶叫を上げ。

 背後にある太陽神の象徴シンボルにめり込んだ。


「「はぁ……はぁ……」」

「やったね、リリィ」

「はい、ユーリさ……」

「リリィ!」


 力を使い過ぎたのだろう。

 急に倒れてしまるリリィをユーリが抱きしめる。


「大丈夫?」

「はい……ちょっと力が抜けてしまっただけです」

「そっか。ありがとうリリィ

 君の勇気のお蔭で勝つことができたよ」


 大司教は強かった。

 リリィが居なかったら確実に負けていただろう。

 ユーリにお礼を言われて、リリィは朗らかに微笑む。


『まだよ、ユーリ!

 まだ終わってないわ!』

「えっ?」


 アスモが警告してくる。

 終わっていないとはどういう事だ。

 慌てて大司教に振り向くと。

 気絶している大司教の身体から。

 モヤモヤと闇が浮かび上がってきた。


「クックック……。

 まさかダニエルが負けるとはな」

「しゃ、喋った!?」


 浮かび上がってきた闇は形を成す。

 闇の中に両目があり、しかも言葉を発した。

 悍ましいナニかに動揺していると。

 アスモが苦虫を噛み潰したように告げる。


『ちっ、そういう事だったのね』

「アスモはアレが何か分かるの?」

『ええ、アレはシャドウスピリット。

 肉体を持たず生物に寄生し。

 心の闇を増幅するタチの悪い魔族よ』

「魔族だって!?」


 闇の正体は魔族だったのかと驚愕する。

 まさか、大司教の身体の中に寄生していたのか。

 だとするならば。

 大司教が魔に堕ちたのもあいつが原因なのか。


『人間が闇黒魔法を使えるなんておかしいとは思っていたけど。

 あいつが寄生していたなら分かるわ』


 謎が解けた。

 大司教が闇黒魔法を使えたのは。

 シャドウスピリットが寄生していたからだ。


「よくもワタシの邪魔をしてくれたな。

 こうなったら小僧。

 お前に寄生してその娘と転生してやる」

「そんなことさせるか! 聖光魔法セイクリッド・フォース!」


 ユーリは光の波動を放出する。

 波動はシャドウスピリットに直撃したかのように思えたが。


「ククク、ワタシに攻撃は通じんぞ」

「魔法が効いてない!?」


 シャドウスピリットは無傷だった。

 何故魔法が効かいのかと動揺していると。

 アスモが説明してくる。


『あいつは精神体。

 いかなる物理や魔法攻撃も効かないわ』

「なんだって!

 じゃあどうやって倒せばいいんだ」


 このままでは奴に身体を乗っ取られてしまう。

 そして自分の身体でリリィに酷いことをするだろう。

 何か方法がないのかと尋ねると。

 アスモは言い辛そうに答えた。


『一つだけ方法があるわ。

 でもこれは、下手したらユーリが死んでしまう』

「死ぬ……?」


 それほど危険な方法なのだろう。

 だがしかし、ユーリは一瞬も躊躇わなかった。


「やろうアスモ」

『でも……』

「大丈夫だよ、だって君がついているんだから。

 そうでしょ?」

『ユーリ……ええ、そうね!

 ぶちかますわよ!』


 ユーリが自分を信じてくれる。

 ならば、魔王として勇者の信頼に応えよう。


『リリィ!

 もうユーリに一度力を貸して!』

「えっ、あっ、はい!」


 アスモから啓示を告げられたリリィは。

 瞼を閉じて手を組み、魔法を発動する。


聖光魔法サンクチュアリ


 光の結界はシャドウスピリットを閉じ込めた。

 倒せなくても、その場に留めておくことはできる。


「ククク、今更時間稼ぎか?

 結界で閉じたところで何にも変わらんぞ!」


『ユーリ!

 私に続いて詠唱しなさい!』

「分かった!」


 アスモが紡ぐ詠唱を。

 ユーリも一寸違わず唱えていく。


「『“そこには無があった”』」


 ユーリとアスモの言葉が重なる。


「『長い、永い、永遠とわの時。

 無はそこにあり続けたが。

 無の中に、些々ささたる光と闇が生まれた』」


 ユーリの右手には光が、左手には闇が生まれた。

 そして、結界に閉じ込められているシャドウスピリットの周囲に。

 幾つもの魔法陣が展開される。


「なんだ、おい貴様!

 何をしようとしている!?」


 ユーリとアスモが何をしているのか分からない。

 自分にはいかなる物理魔法攻撃は効かない筈だ。

 しかし、シャドウスピリットは危機を感じていた。

 このままではマズいと。


「『希望の光。絶望の闇。

 白と黒が混ざりし時、無は混沌に包まれ。

 新しき世界が誕生した』」


 右手と左手を重ね合わせる。

 バジジジッと光と闇のエネルギーが衝突し合い。

 超高密度の魔力が生まれた。


「おい待て、待ってくれ!

 ワタシが悪かった!

 お前達には寄生しないからやめてくれ!」


 圧倒的な死の予感。

 シャドウスピリットが赦しを請うも、もう遅い。


 ユーリは両手を突き出し。

 アスモと共に最後の詠唱を紡いだ。


「『混沌魔法――

 ビ ッ ク バ ン!!!』」


 刹那、超爆発が起こる。

 そこに音はなく、世界は混沌に包まれ。


「ギャアアアアアアアアアッ!!」


 シャドウスピリットの存在全てを。

 この世から掻き消したのだった。


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