第28話 最も愚かで醜い化物
「あの、リリィはどこに居ますか!?」
「リリィですか?
彼女なら聖女候補の二人と大司教様と共に。
礼拝堂にて祈祷をされていますが」
魔族の群れをルヴィア達に任せ。
大聖堂に戻ったユーリは神父に問いかける。
リリィが大聖堂にいると知り慌てて駆け出した。
「ありがとうございます!」
「あっ勇者様!
礼拝堂には入るなと大司教様が――」
神父の警告を無視し、ユーリは礼拝堂に向かう。
バンッと扉を開くと、信じられない光景が飛び込んできた。
「何だこれは……」
薄暗い礼拝堂には血の臭いが充満していた。
グレイスの頭と死体が転がっており。
ロゼの四肢が床に飛び散っている。
そして中心には、触手に縛られているリリィと。
彼女の身体を背後から抱きしめている大司教。
動揺は一瞬。
周りの状況で理解した。
この惨状を作った者が、大司教であると。
「何をしているんだ、アンタは!」
『ダメよユーリ、落ち着きなさい!』
激情に駆られたユーリは。
アスモの制止を振り切って駆けだした。
「邪魔をしないでくれませんか。
「――っごふ!?」
大司教は迫ってくるユーリに対し。
足元から触手を放ちユーリを薙ぎ払った。
触手に打ち付けられて床を転げ回るユーリは。
ガハッと咳き込みながら大司教を見上げる。
「何で……闇黒魔法をっ」
『あり得ないわ……』
ユーリとアスモは疑問を抱く。
闇黒魔法は魔族のみ使える魔法。
アスモが身体にいるユーリは例外として。
人族の大司教が使えるのはおかしい。
「何しに来たのですか、勇者様」
「貴方こそ何をしているんですか!?」
質問に質問で返すと。
大司教はため息を吐きながら答えた。
「これからリリィと一つになり。
私達は魔族に転生するのです」
「魔族に転生!?
そんな話信じられるか!」
「それができるんですよ。
太陽と月が交わる、日蝕の時にはね」
『あいつの言っていることは強ち嘘でもないわ』
「なんだって……」
アスモから説明される。
日蝕の時に男と女が交わることで。
因果が逆転し、人族から魔族に転生が可能であると。
それを聞いても納得できない。
「どうしてリリィなんだ!?
ロゼさんとグレイスさんを殺したのは何故だ!」
「リリィが聖女候補に選ばれたのと同じく。
私は闇月神ルナサハ様から直々に神託を下されたのですよ。
悪魔の子であるリリィと魔族に転生し。
彼女を魔族の巫女にするとね」
そう。
太陽神が教皇に聖女候補の神託を下した時。
闇黒神も大司教に神託を下していたのだ。
「歓喜に満ち溢れましたよ。
そしてリリィを拾った私は運が良い!
彼女のお蔭でルナサハ様に選ばれたのですから!」
「そ、そんな……」
「グレイスとロゼは邪魔だから消したまでです。
奴に選ばれた憎き聖女候補をね」
憎悪に満ちた顔で告げる。
「どうして……」
信じられない。
どうして大司教にまで上り詰めた敬虔な彼が。
そこまで太陽神を憎むのか。
「どうして? どうしてだと!?
それは私の台詞だ!」
突然怒声を放った大司教は。
胸の内に潜めていた闇を曝け出す。
「どうして主は人間を助けない!
私は祈った! 祈り続けた!
どうか人々を救って欲しいと!
だが幾ら祈ったところで世界は変わらない!
主は何もしない!」
大司教も最初からそうであった訳ではない。
若くから神に仕え、各地で教えを説いてきた。
主に祈れば、慈悲深き主は救ってくださると。
だが、そうはならなかった。
「貧富の差は激しく。
欲に塗れた亡者はのうのうと生き。
弱き者が淘汰されなければならないのだ!」
大司教はその目で見てきた。
ろくに食べれず、物乞いする幼子を。
金と女に溺れ、下卑た笑いを浮かべる汚い大人達を。
「同じ人間なのに助け合おうとしない。
それどころか貪欲に己の理を求め。
他人を蹴落とすのが当たり前。
貴族や金持ち商人だけではない。
神に仕える教会ですら欲に渦巻いているのだ!」
大司教は一時期、聖陽教国に居たことがある。
その実態は、激しい権力争いが行われていた。
信じられなかった。絶望した。
太陽神を信仰する
己の利益を求めることしかしていなかったからだ。
清く、正しく。
神を信じ続けてきた彼だからこそ。
神と現実に裏切られた時の絶望の幅は。
途轍もなく大きかった。
「金に溺れ、女に溺れ、権力に溺れ。
平気で他人を蹴落とし、欲望のままに生きる。
よく知りもしない癖に見た目や噂だけで人を判断する。
そして気持ち良く口撃するのだ。
手の届かない安全な場所から、己の憂さを晴らす為だけに!
人を貶し、傷つけ、排除しようとする。
リリィもその犠牲者だ! 彼女が一体何をした!
ただ必死に生きていただけだろう!?
勇者の子よ、貴方も分かる筈だ。
貴方も同じ苦痛を味わった筈だからな!」
「……」
『ユーリ』
大司教の言葉はユーリの胸に深く突き刺さった。
彼の言っていることは正しい。
勇者の子として国中から期待された。
だがユーリが落ちこぼれであると知るや否や。
態度は一変して非難の嵐。
『勇者の子なのにねぇ』
『魔法が使えないんだって』
『落ちこぼれが』
『さっさと消えちまえ』
国民、ブレイバーズの同期達。
国中から悪意の
ユーリがどれだけ努力しようと変わらない。
彼等はそれを見ていないから。
落ちこぼれという結果だけが真実だ。
ユーリだけではない。
リリィだってそうだ。
『何であんなに背が大きいの?』
『おまけに怪力だ』
『化物なんじゃないか』
『悪魔の子め』
リリィも見た目で判断された。
普通ではないと、人より違うというだけで。
村の皆から悪魔の子と呼ばれた。
大司教は怒りに身を震わせ。
人間の真理を吐き捨てた。
「打算で、狡猾で、傲慢で、怠惰で。
欲望で形造られた卑しいクズ。
人間こそがこの世で最も愚かで醜い化物だ!」
「「……」」
ああ、そうかもしれない。
ユーリとリリィは否定できなかった。
彼等だからこそ。
大司教が人間を嫌悪する気持ちが理解できる。
「だが魔族は違う。
魔族とて野蛮で同族を殺したりもする。
だがその根本は生きる為の生存本能に帰する。
欲に塗れた人間とは異なるのだ」
「だから……。
だから貴方は魔族に転生するのか?」
「そうだ。
人間の欲から解放され、純真な獣になる。
私だけではなく、リリィも解放するのだ」
「そうか……」
大司教の気持ちはよく分かる。
自分だって同じことを考えたことがあるから。
もし彼の立場だったら。
同じことをしてかもしれない。
――それでも。
「確かに貴方の言うことは正しい。
人は愚かで醜いと生き物だと思う。
けど、人はそれだけじゃない」
俯いていたユーリは顔を上げ。
真っ直ぐに大司教を見やる。
「想いやったり、信じあったり、支え合ったり。
慈しみ、愛することができる尊い生き物だ」
『ユーリ……』
「ユーリ様……」
転生して乗っ取ることもできたのに。
アスモはユーリを想って力を貸してくれた。
ルヴィアはずっとユーリを支えてくれた。
こんな自分を愛してくれた。
リリィは悪意にぶけられながらも。
人の為に精一杯努力した。
醜いだけじゃない。
表と裏があるように。
人は美しい心も持っている。
「見解の相違ですね。
残念です、勇者の子よ。
貴方なら私の気持ちを分かってくれると思いました」
「貴方を止める。そしてリリィを守る。
僕は勇者だから」
「ならば戦いましょう。
時間ももうありません。すぐに終わらせます」
ユーリは剣を構える。
負けられない。勇者として。
一人の人間として。
人に絶望した大司教に負ける訳にいかない。
『勝つわよ、ユーリ』
「うん、勝とう」
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