第27話 転生
「大司教様。
町民を全て大聖堂に避難させました」
「ありがとうございます」
「まさか日蝕が起こるなんて……
これは何かの前触れでしょうか」
不安を抱く神父の肩をぽんと叩き。
大司教はこう告げる。
「心配することはありません。
勇者様方にお任せし、私達は太陽神様に祈るだけです」
「そう……ですよね」
「私は聖女候補達と礼拝堂で祈祷します」
「でしたら、私達も神に祈りを――」
いえ、と大司教は神父の言葉を遮る。
「主への祈りは私達のみで行います。
貴方達は、同じように不安を抱いている町民方の心のケアをお願い致します」
「わ、わかりました」
お待ちください、と。
大司教は踵を返す神父を呼び止めた。
「礼拝堂には誰も入らないようにしてください。
いいですね?」
「は、はい……わかりました」
怪訝そうに頷く神父は立ち去っていく。
彼を見送った後、大司教も踵を返した。
コツコツと歩き、礼拝堂の扉を開いて中に入った。
「あっ、大司教」
「お待たせしましたね。
では“始めましょうか”」
キィィィ、ガチャンと。
不気味な音を立てながら扉が締められた。
ロゼ、グレイス、リリィの三人は。
大司教の異様な雰囲気に戸惑っていた。
「あの、どうされました大司教さ――」
グレイスが大司教に尋ねようとしたが。
最後まで言葉を放つことができなかった。
何故なら、グレイスの首が刎ね飛んだからだ。
「「えっ?」」
ゴロンと転がるグレイスの頭を目にして。
言葉を失うリリィとロゼ。
「「「――ひっ!?」」
グレイスが死んだ?
意味がわからない。
いったい何が起こっている。
何故死んだ?
殺されたのか? 誰に?
ロゼやリリィでないなら。
残るは一人しかいない。
「あのよ、大司教様?
これはいったいどうなってるんだ?」
「ロゼ、貴方はとても口が悪い。
神に仕えるシスターの態度ではありません。
ましてや、聖女候補に選ばれるなんてあってはならない」
ロゼの問いかけには答えず。
大司教はこちらに静かに歩いてきながら。
薄く瞼を開いてロゼを睥睨する。
その瞳は狂気に包まれていた。
「ぅあ……」
本能で危険を感じたロゼは。
大司教から離れるように外側を周って逃げようとする。
だが逃げられない。
「逃がしませんよ。
「うわ!? やめろこの、離せー!」
大司教の足下から這い出た闇の触手が。
逃げようとするロゼの身体を捕縛した。
必死に藻掻くがビクともしない。
「やめろって、離せよ! おい!」
「貴女の言葉は耳障りだ。口を慎みなさい」
触手がロゼの四肢を強く引っ張る。
ギリリと、肉と骨が裂ける音が響いた。
苦痛に藻掻くロゼの顔は涙と鼻水で汚れ。
必死に助けを請う。
「痛い痛い痛い! やめて、殺さないで!
死にたくない! 神様助けて!」
「助けてくれる神など居ません」
「嫌だぁぁぁぁああああ――っ……」
悲鳴が止む変わりに。
グシャリと肉が裂ける生々しい音が響き渡った。
ロゼの四肢は引き千切られ、鮮血が飛び散った。
「ああ、汚い血で汚れてしまいました」
顔についた鮮血を袖で拭う大司教。
「え……あ……」
残酷な光景を眺めていたリリィは放心していた。
これは夢か幻か。
そうだ、きっとそうに違いない。
グレイスとロゼが死んだのも。
彼女達が大司教に殺されたのも全部夢なんだ。
だって、こんなの信じられる訳がない。
「さて」
「ひっ」
しかし残念ながら。
これは夢でも幻でもなく現実だった。
「邪魔者を排除したところで。
儀式を始めましょうか」
「大司教……様なのですか?」
こちらに振り向く大司教に問いかける。
今の彼は優しい大司教の面影がどこにもない。
人違い……いや、悪魔のようにも見えた。
「何を言いますか。私は私ですよ」
「そんな、違います。
大司教様はこんなことしません!
貴方は誰ですか!?」
「ふっ、ふははははははははは!!」
「えっ……」
突然狂笑する大司教に戸惑ってしまう。
散々嗤った後、彼は狂気に塗れた顔でリリィを一瞥した。
「もう一度言いましょう。
私は私ですよリリィ。
何も変わってはおりません」
「そんな……」
「人間はね、誰しも裏の顔を持っているのですよ。
ただそれを表に出さないだけでね」
裏の顔?
それが本当なら、ずっと騙し続けてきたのか。
シスター達や町民、そして神をも欺いてきたのか
未だに信じられない。
誰にでも優しく敬虔な信徒である大司教が。
神に叛逆するような行為をするなんて。
「時間がありません。儀式を始めましょうか」
「ひっ」
「貴女は力が強い。抵抗されると厄介だ。
だから大人しくして貰いますよ、
「きゃあ!」
ロゼを捕まえた時と同じように。
闇の触手でリリィの手足を絡めとる。
彼女の腕力であっても振り解くことは不可能だった。
大司教は苦しむリリィの背後に周り込み。
その両手で彼女の胸を揉みしだいた。
「はぁ、なんと下品で淫らな身体だ。
やはりリリィは人を惑わす悪魔の子だ」
「いや……やめてください……」
気持ち悪かった。
胸を揉まれる感触も。
尻を撫でるその手も。
頬にかかる大司教の荒い息遣いも。
全部が全部気持ち悪かった。
大司教はリリィの身体をまさぐりながら。
卑しい顔を浮かべて話した。
「ねぇリリィ。
私がどうしてこんな事をするか分かりますか?」
「わか、りません……」
「貴女が悪魔の子だからですよ」
意味がわからない。
いったいどういう事だ。
「悪魔の子がいるという噂を聞きつけた私は。
貴女に会いに村に行きました」
そうだ。
大司教が村に来てくれて、病に伏す両親を治し。
リリィを聖都に引き取ってくれた。
彼女にとってどれだけ報われたか。
「ただの噂だと思っていましたが。
貴女は噂通り悪魔の子でしたよ。
何故ならリリィは、普通ではなかったですから」
「いゃ……」
「子供ながら背丈が大きく、常人ではない怪力。
そんな貴女はとても人間には思えません。
そうですね………どちらかといえば魔族だ」
「――っ!?」
魔族と言われ、はっとするリリィ。
薄々思ってはいた。自分は人間ではないと。
人を傷つけるこの力は、魔族ではないかと。
「でも安心なさい。リリィは人間ですよ。
ですが、これから魔族に生まれ変わるのです。
貴女は本当の自分を取り戻すのです。
私と共にね」
「何を言って……」
魔族に生まれ変わる?
そんなことできる訳がない。
「日蝕は、太陽と月が交わることです。
そして完全に交わった時、世界は混沌に包まれ。
世の
太陽と月、光と闇、人間と魔族も同じことです」
「そんな……」
荒唐無稽な話に聞こえるだろう。
だが大司教の言っていることは正しかった。
太陽と月が完全に交わった時。
世界は混沌に包まれ、因果は逆転する。
人間が魔族に転生することも不可能ではない。
ならば、どうやって転生するか。
その方法とは。
「私とリリィが交わるんですよ。
ふはははははははははは!!」
「ひっ!」
リリィの頬を下で
大司教は下劣な笑みを浮かべた。
太陽と月が交わるのと同じように。
男と女が交われば、人間から魔族へと転生できる。
大司教はリリィの胸を鷲掴みながら吠えた。
「ずっとこの時を待っていたんです!
貴女と交じり、魔族になるこの時をねぇ!」
「いや、やめてください!」
「さぁリリィ。
私と共に魔と快楽に堕ちましょう!」
「助けて、誰か助けて! 神様!」
「ふははははははは!
叫んだところで誰も助けに来ませんよ!
ましてや神などもっての他だ!
奴が人間を助けたことなど一度もない!」
必死に救いを求めるリリィ。
だが、彼女を助ける者は一人も居ない。
予め大司教が礼拝堂に入るなと通達していた。
そして彼女が信じる神は。
絶対に助けることはない。
「さぁ、私と一つになりましょう」
リリィの顎を掴み、強引に振り向かせる。
そして大司教がリリィの唇を奪おうとした。
――その時。
「リリィ!」
バンッと礼拝堂の扉が強く開かれ。
何者かが入ってきた。
「何故貴方がここに」
「ゆ、ユーリ様……」
「何をしているんだ、アンタは!」
【勇者の子】ユーリは。
顔を憤怒に染めて怒鳴った。
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