第26話 日蝕
「臆することはないんだぜ!
数が多いといっても所詮低級の魔族ばかりだぜ!」
「グレンの言う通りだ、殲滅するぞ」
「「おお!!」」
出入り口からなだれ込んでくる魔族の群れ。
悍ましい光景ではあるが、彼等は全く怯まない。
何故なら、彼等は勇者だからだ。
「いくぜいくぜ!
燃えろ!
「消え失せろ、
「「ギャーーーー!!」」
【熱血の勇者】グレンが無数の火球を散り放ち。
【冷血の勇者】クールが津波を起こして魔族を押し返す。
二人だけではなく、彼等の仲間達も戦闘を始めた。
「凄い……」
勇者達の戦いを目にして驚愕するユーリ。
犇めく魔族に自分は動けず呆然としていたのに。
彼等は一切恐怖することなく立ち向かっていた。
流石は魔族と戦い抜いてきた勇者達……。
勇者になったばかりの自分とは、実績と場数が違う。
「ユーリ、私達も行くぞ」
「う、うん!」
そうだ、ボーっと突っ立っている場合ではない。
自分だって勇者なんだから。
ユーリはパンと顔を叩いて気合を入れる。
「
「
数には数を。
ユーリは魔法で影の分身を作り、魔族に向かって駆ける。
彼に追随するように、ルヴィアも身体強化を施して剣を振り上げた。
「「はぁ!」」
「ギャア!?」
「はっ!」
「キャウンッ!?」
五人のユーリがそれぞれゴブリンを斬り裂き。
ルヴィアがコボルトの胸を突き刺す。
「ほう、落ちこぼれにしてはやるんだぜ!
っていうか、あの面白い魔法はなんだ!」
「女剣士の方もやるぞ。卓越した剣技だ」
ユーリとルヴィアの戦いを横目に感心する。
どうせ足手まといになるだろうと思っていたが。
二人とも存外戦力になっている。
特にルヴィア。
無駄な動きが一切なく、適格に急所を突く剣技。
若いように見えるが、歴戦の達人にも劣らない実力だ。
優秀な人材を集めるブレイバーズ出身なだけはある。
「新米に負けていられないぜ!
おいクール、俺達ももっと熱くなろうぜ!」
「僕に押し付けるな。お前だけやってろ」
勇者達は次々と魔族を屠っていく。
形勢は今のところ有利。だが懸念もある。
「はぁ……はぁ……全然減らない」
「ユーリ、大丈夫か!」
「大丈夫、ルヴィアは戦いに集中して!」
心配してくるルヴィアに問題ないと告げる。
しかし、ユーリが虚勢を張っているのは間違いない。
倒しても倒しても一向に終わる気配がない。
『ユーリ、飛ばし過ぎちゃダメよ』
「それは分かってるけどさ!」
アスモの助言に文句を吐く。
体力を温存したいのは山々だが。
敵が減ってくれないのだから仕方ないだろう。
今のところ形勢は有利だが。
このままでは先に体力と魔力が尽きてしまう恐れがある。
それに、勇者達は小さな違和感を感じていた。
「おいクール!」
「言われなくても分かっている!
今までより魔族が強くなっている!」
その違和感とは、魔族が強化されている事だった。
強化というより、凶暴性が増している。
動きがより一層活発になり、膂力が増していた。
「グワァ!」
「くっ! 何で急にこんな!」
「狼狽えるなユーリ!
心を乱せば殺られるぞ!」
敵の数が多くとも、低級だから有利でいられた。
しかし突然強化された魔族により、徐々に苦戦を強いられてしまう。
だが、いったい何故魔族が強化されているのか。
原因はなんだ。
「暗いな……雲も無いのにどうして――っ!?」
疑問を抱いている最中、あたりが薄暗くなってしまう。
だがおかしい。今日は雲一つない晴天だ。
太陽が雲に陰ることはあり得ないだろう。
そう思って空を見上げたユーリは、顔を驚愕に染めた。
「太陽が……欠けている!?」
太陽が半分欠けていた。
というより、真っ黒に染まっていた。
信じられない、いったい何が起こっているんだ。
「おいおい、こりゃどうなってるんだぜ!?」
「僕が知るか!」
他の勇者達も太陽が欠けていることに気付く。
見たこともない異常現象に誰もが戸惑っていた。
が、一人だけこの現象を知っている者がいた。
『そういうことね……』
「アスモは知ってるの!?」
『ええ、これは“日蝕”よ』
日蝕とは、太陽が月によって覆われる現象。
数百年に一度起こる可能性があるらしいと。
アスモから説明される。
『日蝕は月が太陽を喰らう現象。
その間は光が閉ざされ、世界は闇に包まれるわ。
そして闇は魔族の時間。本来の力が解放される』
「じゃあ、急に魔族が強くなったのって……」
『ええ、日蝕のせいで間違いないわ。
それに恐らく、夜よりも日蝕の方がより強くなるでしょうね』
「何だって!?」
アスモの説明に狼狽える。
魔族が夜になると凶暴性が増すのは知っている。
だが、日蝕は夜よりも強くなるのか。
『でも、日蝕はいずれ終わるわ。
長くても一時間程よ』
「じゃあそこまで耐えればいいのか!」
良い情報を聞いた。
一先ず、日蝕についての情報を他の勇者達にも伝える。
「何だって!?
太陽が隠れてんのは日蝕ってやつのせいなのか!」
「どこかの文献で見たことがあるな。
まさか生きている間に起こるとは……。
しかし、一時間も耐えられるのか」
ただでさえ数が多くて面倒なのに。
日蝕で強化されている魔族を時間まで押し留めていられるかが問題だ。
「それくらいどうってことないぜ!
終わりが分かれば俺の熱はさらに燃え上がるんだぜ!」
「バカもたまにはまともな事を言うな。
確かに終わりが分かればペース配分がしやすい」
絶望的な状況でも、勇者達は臆さない。
どんな苦難困難であっても、決して諦めない。
それが勇者だからだ。
「そうだ、やるしかない!」
グレンとクールの言葉に奮い立つ。
そんなユーリに、アスモが悪い情報を伝えた。
『聞いてユーリ。
日蝕は魔族を強化するだけじゃないの。
太陽を隠すという事は、太陽神の力が弱まるのよ』
「それって、つまり……」
『大聖堂を守っている強固な結界が。
日蝕によって消滅してしまうかもしれないわ』
「なんだって!?」
大聖堂を守る結界が弱まるという事は。
そこに避難しているリリィ達が危険に晒されてしまう。
『私の予想では、こっちは陽動。
本命はリリィや聖女候補達よ』
「そんな……」
「どうしたユーリ!?
アスモは何を言っている!?」
アスモの話を聞いて動揺するユーリ。
ユーリは魔族を倒しながらルヴィアに近付き。
リリィ達が危ないことを知らせる。
「ユーリ、ここは私達に任せてリリィのもとに向かえ」
「そんな、ルヴィアを置いていける訳な――んん!?」
ただでさえ人が足りないのに。
ルヴィアを置いて一人向かうなんてできない。
そう言おうとしたら、ルヴィアに唇を塞がれてしまった。
「ル、ルヴィア?」
「ふっ……」
驚いていると、ルヴィアは微笑み。
襲ってくる魔族を一振りで屠る。
そしてまたユーリにキスをした。
「何だあいつ等!?
戦いの最中に乳繰り合っているんだぜ!?」
「何馬鹿なことをしているんだ」
彼等の言う通りだ。
こんな時に呑気にキスをしている場合じゃない。
いったい何を考えているのかと呆れる。
だがユーリは。
ルヴィアがふざける人間でないことを知っている。
彼女は真剣な顔を浮かべ、こう告げた。
「リリィを守るのは勇者であるユーリの役目だ。
そうだろ?」
「でも……」
「私なら大丈夫だ。キスのお蔭で力も回復したしな」
『ユーリ、ルヴィアの覚悟を無駄にしちゃダメよ』
(アスモ……)
そうだ、迷う必要なんてない。
誰かがリリィ達を守りに行かなければならないなら。
それは勇者であるユーリである筈だ。
「分かった。信じるよ、ルヴィア」
「ああ、ユーリも頼んだぞ」
最後にもう一度キスをして。
ユーリは一人リリィのもとへと駆けてゆく。
「おい、落ちこぼれが一人でどっか行っちまったぜ!」
「ふん、命惜しさに逃げたか。
所詮落ちこぼれだったという訳だ」
突然離脱したユーリに。
グレンとクールが呆れてしまう。
そんな彼等の前にいる魔族を蹴散らしながら。
ルヴィアが告げた。
「詳細は省くが。
ユーリは聖女候補を守りに行っただけだ」
「うん? よくわからん!」
「おい、それはどういう事だ」
尋ねてくるクールを無視して。
ルヴィアはユーリの分まで魔族を屠る。
その力は、先程までと比べて段違いだった。
「ああ、身体の底から力が湧き出てくる」
ルヴィアは静かに高揚していた。
全身が熱く燃え上がり、力が湧き出てくる。
生命エネルギーと魔力を循環させることで。
肉体は強化され、魔力が研ぎ澄まされるのだ。
「燃やせ、
灰は灰に、塵は塵に、土は土に」
高速の斬撃で魔族を斬り裂きながら。
ルヴィアは魔法の詠唱を紡いでいく。
「聖火の刻印。破魔の業火。
闇黒を薙ぎ払うは神の鉄槌。光指す道は慈悲の神炎。
悪を憎み罪を赦し、太陽の炎で灰燼に帰せ!」
魔族の群れに中心に。
空に向かって幾つもの巨大な魔方陣が顕現する。
剣を掲げ、ルヴィアは魔法を発動した。
「爆ぜろ、
――大いなる光が世界を照らした。
その刹那、耳を劈く轟音が鳴り響くと共に。
巨大な爆炎が魔族を焼き払った。
「おいおいどういうことだぜ!?
あいつ、俺より熱いじゃねぇか!」
「あの女、剣士ではなかったのか!?」
ルヴィアが放った高位魔法に。
グレンとクールが口を開けて驚愕する。
彼等が驚くのも無理はないだろう。
剣士である筈の彼女が高位魔法を使ったのだから。
だが、それは何らおかしなことではない。
ルヴィアは剣の申し子だ。
父【剣王】ルークスの才を遺憾なく受け継いでいる。
だがそれと同時に。
彼女は母【獄炎の魔女】エンリエッタの子でもあり。
魔法の申し子でもあったのだ。
「ふふ、今なら誰にも負ける気がしないな」
興奮しているのか、妖艶に笑うルヴィア。
房中術により魔法の制限がなく。
かつ肉体と魔法の力が強化されている今のルヴィアは。
まさに無敵の状態だった。
「私は信じているぞ、ユーリ」
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