第22話 コスプレ

 




「こちらが滝行の場です」

「滝行……って何をするんですか?」

「滝に打たれ、精神を鍛える修行なんです」

「なるほど」


 今日は顔合わせをするだけで。

 本格的な修行と護衛は明日からになった。

 今はリリィに聖都の中を案内してもらっている。


 目の前には大きな滝があって。

 多くのシスターやブラザーが滝に打たれていた。

 修行の風景を眺めていると、僕等に気付いたシスター達がひそひそと口を動かす。


「ねぇねぇ、あれ見てよ」

「リリィの隣にいるのって、勇者様?」

「そうなんじゃない?

 聖女候補は勇者様に護衛されるんだから」

「良いご身分ね。

 勇者様に護衛されてるところわざわざ見せつけにきたのかしら?」

「性格悪い、流石は悪魔の子ね」


 性格悪いのはお前等だよ。

 影でひそひそ悪口ばかり言ってさ。

 それでも君達は聖職者なのか?

 腹が立っているのは僕だけではなく、ルヴィアも顔を顰めていた。


「気分が悪いな、行こうリリィ。次を案内してくれ」

「えっ、あっはい」


 落ち込んでいるリリィの腕を引っ張るルヴィア。


『素敵ねぇルヴィア。

 本当はユーリにやって欲しかったけど』

(面目ないです)


 アスモにお小言を貰って落ち込む。

 一々昔のことを引きずってなんかいられない。

 今度は僕が助けてあげないと。


 それから僕達は、色々な場所を案内してもらった。

 とはいっても、聖都は特に目ぼしい場所がある訳ではないから。

 案内はすぐに終わってしまう。


 それよりも気になったのは。

 行く先々で誰もがリリィの悪口を言っていたことだ。


「未だに納得できないよね。

 何で落ちこぼれのリリィが聖女候補に選ばれたんだろ」

「それそれ。

 性格はアレだけどロゼやグレイスは優秀だから分かるけど」

「よりにもよって何で悪魔の子なのかしら」


 皆が皆、リリィに対して不満を抱いていた。

 ドジで間抜けでグズ。

 魔法も使えない落ちこぼれが、どうして聖女候補に選ばれたのかと。

 でも、一番気になるのはあの単語。


 悪魔の子。


 リリィは皆からそう言われていた。

 悪魔の子とはいったいどんな意味なのだろうか。

 聞いてもいいのかな。

 安易に聞いて、彼女を傷つけてしまわないだろうか。

 迷っていると、リリィが申し訳なさそうに謝ってくる。


「ごめんなさい。

 ユーリ様やルヴィア様まで不快な思いをさせてしまって。

 リリィと一緒にいるからお二人に……」

「そんなことないよ」

「ああ、何もしていないリリィが謝る必要はない」

「でも、でも……」


 僕等が庇っても、リリィはただ申し訳なさそうにしていた。

 彼女の気持ちは痛いほど分かる。

 僕もルヴィアから気にするなと言われても、聞き入れなかったからだ。

 悪口を言われ続けると、応援の言葉すら煩わしくなってしまう。


 でも、だからこそ。

 彼女の気持ちが分かる僕だからこそ。

 リリィの闇に踏み込まないといけない。


「ねぇリリィ、聞いてもいいかい?

 どうして君は、悪魔の子と呼ばれているの?」

「おいユーリ、軽率だぞ」

「ごめん、だけど聞きたいんだ。

 理由を知らなきゃ、リリィの力になることはできないから」

「ユーリ……」


 もう一度リリィに問うと、彼女は俯きながら話し出す。

 悪魔の子と呼ばれる、その理由わけを。


「物心ついた頃には背が高くて、人一倍力持ちだったんです。

 でもリリィはドジだから、よく物を壊してしまいました。

 物を壊すだけなら怒られるだけで済むんですけど。

 リリィは人を傷つけてしまったのです」


 小さな村に生まれたリリィ。

 優しい両親に愛されてすくすく育つものの。

 力を加減できずに物を壊してしまっていた


 そんな時、友達と遊んでいたら事故が起こってしまった。

 親からもらった大切な人形を村の子に取られて。

 返して欲しいと奪い取ろうとしたらした時。

 友達を吹っ飛ばしてしまった。

 その友達は、酷い傷を負ってしまったらしい。


「それから子供達は、リリィとは遊んではいけないと注意されたんです。

 リリィも、両親から優しく注意されました。

 友達を傷つけてしまってから、村の皆がリリィを恐れるようになったのです」


 あの子と関わってはいけない。

 あの子に近付いてはいけない。

 子供ながらに村の皆からそう言われて。

 恐怖の視線を晒され続けて。

 リリィはどれだけ寂しく、孤独な思いを抱いたのだろうか。


「リリィだけではなく、両親も悪く言われるようになりました。

 両親は大丈夫、リリィは悪くないと言ってくれましたけど。

 凄く申し訳なかったんです」


 子が悪いと、矛先は親にも向かってしまう。

 リリィの家族は、村八分にさらされてしまったようだ。


「無理に働いていた両親は身体が弱くなってしまい。

 病に倒れてしまいました。

 丁度その時期に作物の収穫が悪くて、全部リリィのせいになりました」


 関係ないし、リリィのせいじゃない。

 だけど人は、立て続けに不幸が起こると理由を探したがる。

 誰かのせいにしないと気が済まないんだ。

 その矛先がリリィだったのだろう。


「リリィは皆から悪魔の子と呼ばれるようになりました。

 女なのに背が高くて、異常な腕力。

 祟りを呼ぶ悪魔、悪魔の子って……」


 村の皆から罵声を浴びて、出て行けと石を投げつけられて。

 それでもリリィは病に伏す両親を養う為に人一倍働いた。


「そんな時、大司教様が村に来られたのです」


 悪魔の子がいるという噂を耳にした大司教が村に訪れた。

 彼はリリィの両親の病を治し、それだけではなく資金まで渡して。

 リリィを教会で引き取ることにしたそうなんだ。

 悪魔の子が居なくなって、村の人達はさぞ安堵したことだろう。


「大司教様はリリィを救ってくださった恩人です。

 だから精一杯働きたいんですけど……。

 リリィはドジだから迷惑ばかりかけてしまっています」

「そういう事だったんだね」

「大司教は聖職者の鏡だな」


 ルヴィアの言葉に同意する。

 リリィにとって、大司教はどれだけの救いだっただろうか。

 自分を肯定してくれる人がいる。

 たった一人でも、前向きに生きる気力になるんだ。

 大司教はやっぱり聖職者の鏡だ。


「話してくれてありがとう。

 でも、これだけは言わせて欲しいんだ。

 リリィは決して悪魔の子なんかじゃない。

 人一倍優しくて思いやりがある、素敵な女性だよ」

「そうだぞ。周りの雑音など気にするな」

「ユーリ様、ルヴィア様……ありがとうございます」


 確かにリリィはドジで周りに迷惑をかけてしまうかもしれないけど。

 聖女候補に選ばれる清い女性であるのは間違いない。

 多分、太陽神様もリリィのその心を見抜いたのだろう。


「お二人にはこの家に泊まっていただきます」

「分かった。でもリリィは?」

「リリィは修道院で暮らしていますから」

「送ろうか?」

「すぐ近くなので大丈夫です。ユーリ様、ルヴィア様。

 迷惑をかけてしまいますが、どうぞよろしくお願いいたします。

 ではまた明日。お二人に主のご加護を、サーラム」



 ◇◆◇



「はぁ、なんだかなぁ」


 ご飯を食べて身体を清めた後。

 ベッドに横になりがら考え事をしていた。

 久しぶりに“落ちこぼれの勇者の子”という視線を向けられたのもそうだけど。

 リリィも僕と同じ立場で、精神が擦り減らされてしまった。


 人間って、どうして簡単に他人を傷つけてしまえるのだろうか。

 僕も向こう側の立場になったら、同じ風になってしまうのだろうか。


「ユーリ、入っていいか?」

「うん、いいよ」


 コンコンと扉がノックされて。

 部屋に入ってくるルヴィアを目にして驚いてしまう。


「えっ!? ど、どうしたのその服!?

 というかアスモまで……」


 モジモジしているルヴィアは修道服を纏っていた。

 しかもルヴィアだけじゃなくて、アスモも同じ格好だ。


「な、何でその格好なの?」

「どうユーリ、似合うかしら?」

「いや似合うけどさ」


 ルヴィアもアスモもとても似合っている。

 ルヴィアは美しい銀髪とマッチして聖女にも思えるし。

 元々妖艶な雰囲気のアスモと。

 清らかな修道服はアンバランスだけどそこがまたそそられる。


「いやだからさ、その服はどうしたのさ。

 まさか盗んできたとか言わないよね?」

「そんな訳ないだろう。

 この服はアスモの魔法によって作ったんだ」

「ま、魔法?」

「そうよ、ユーリのお蔭で多少は力が戻ってきたの。

 とはいっても、一時的に服を出現するだけですぐに消えちゃうんだけど」


 服を出現する魔法……なんておかしな魔法なんだ。

 そんな魔法、なんの為に使うんだよ。


「変装とか色々使えるけど。

 私が使うのは専らコスプレの為よ」

「コ、コスプレ?」

「そうよ。

 色々なバリエーションがあった方がヤる時に燃えるじゃない?」

「ヤる時って……何を」

「決まってるじゃない。房中術よ」


 そうだと思ったよ!

 頭おかしんじゃないのかこいつ!


「修道服の格好で房中術とか、そんな罰当たりなことできないよ!

 ねぇルヴィア、君もアスモの馬鹿げた提案に乗ったの!?」

「だって、言う通りにしないとアスモが私を除け者にすると言うから」


 か、可愛い……。

 てっきり「私だって不本意だ!」とか怒ってくるかと思ったけど。

 モジモジしながら「だって」と言うルヴィアは破壊力があり過ぎる。


「そういうこと。朝言っでしょ?

 私もルヴィアもここ数日できなくて溜まってたの。

 もうとっくに我慢の限界なのよ」

「すまないユーリ。

 身体が疼いてどうしようもないんだ」


 はぁはぁ、と。

 呼吸が荒い二人は獲物を前にする獣のようだった。

 じりじりとベッドを上がり迫ってくる妖艶なシスター達に。

 僕はもう諦めた。

 というより、僕ももう限界だった。


「ユーリ」

「ルヴィア」


 ルヴィアと見つめ合い、唇を交わす。

 その瞬間、カーッと脳と身体が熱くなった。


「ユーリ、私も」

「うん」


 ルヴィアと唇を離し、すぐにアスモともキスをする。

 アスモのキスは荒々しく、抵抗できずに蹂躙されてしまう。

 その間にルヴィアが僕の首筋に吸い付き、頭がどうにかなりそうだった。


「「「はぁ……はぁ……はぁ……」」」


 三人共酷く興奮していて、もう言葉を交わす必要はなかった。

 僕は服を脱ぎ、修道服を纏う二人と激しく愛し合う。


 ああ、神様。

 ふしだらな僕達をどうかお許しください。

 サーラム。

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