Day15 解く
ジェフに父の服を着せ、拾い猫のアンバーを病院に連れて行く。健診とはいえどんなウイルスを持っているか分からないため、精密検査を数回にわたって行う、と先生は言っていた。アンバーの世話代は貯金から切り崩してギリギリ面倒を見てやれるけど、正直、ジェフが少しでも働いてくれないと貧乏くさい生活になりかねない。
金銭面のことになると私の顔は強張るらしく、ジェフが申し訳なさそうに話し掛けてくる。
「悪いな、あなたには苦労を強いてしまって」
「分かってたことだから平気。正直、この街に住む人間だけでも私のようにアンドロイドを受け入れてくれれば、生きやすいのに」
「仕方ない。人間は悲哀に一番共感する生き物だ。そしてその原因を排除しようと攻撃的になる」
「そうね、まさにデモ連中のことを指しているわね」
楽しくもない世情を愚痴にしていると目の前に病院の駐車場が見えていた。先にジェフとアンバーを下ろして停車する。後から院内に入ると、ジェフは受付の看護師に悪態をつかれている。
「ちょっと! アンドロイドを連れて来ないでちょうだい! 所有者は誰!」
まるでヒステリックを起こしているよう、看護師は取り乱している。そんなに毛嫌いすること無いのに……。
「私ですが」
「あなたどういうつもり!? アンドロイドにペットの世話を任せているの? 大事な家族を機械にやらすなんて、あなたどうかしてるわ!」
「私だっ――」
ジェフは何か言おうとしたところを私が割って入る。たぶん、今の彼女にジェフが言っても聞く耳を持たないだろう。
「私にとってはアンドロイドだって家族です。独り身の私に親身になって接してくれる。あなたがどう思おうが勝手ですが、そんな態度なら院長に報告しないといけませんね」
口論を聞きつけた看護師と院長が診察室から出てきた。
「どうしたんです。そんな大声を出して」
「すみません。彼に悪態をつかれたので、つい頭に血が上ってしまって」
「先生! この病院にアンドロイドを連れ込まないようにしてください! 人間と同じ服を着て、気持ち悪くて仕方がありません!」
この女性は私まで苛つかせる。早く診察を終わらせて帰りたい。
「君、落ち着きなさい。君の事情は知っているが、彼女たちには関係ないだろ。それに険悪な雰囲気は動物たちにとってストレスを与えかねない。雇う前に説明しただろ」
「ですが先生!」
「――分かった。近いうちに考えておくから。裏で少し休みなさい」
彼女は肩で息をしながら、受付の後ろにあるドアを潜る。院長は私とジェフに謝罪をする。
「うちのスタッフが失礼なことをしました。申し訳ありません」
「いえ。アンドロイドに嫌悪を持つ人は大勢いますから。でもあんなに取り乱すなんて」
「彼女には特別な事情がありまして……。診察時にお話ししますので、こちらでお待ちください」
周りの視線で落ち着かないけど、とりあえず待合室のベンチで待たされること数分。
「お待たせしました。どうぞ」
薬品の匂いはアンバーを不安にさせる。運搬用ケージを開けると、目を大きく開いて震えている。
「先ほどは大変失礼しました」
「特に暴力も振るわれていませんので、今回は特に言及しません」
「あなたは心が広いんですね」
先生はアンバーの診察をしながら彼女の事情を話す。
「つい先週、彼女の飼っていた犬が、作業していたアンドロイドの下敷きになったんです。高層のオフィスビルの窓ガラスを掃除していたらしいんですが、ケーブルが老朽化していて落ちたらしいんです。そしてそのまま……」
「それは、お気の毒に……」
「彼女は誤解している、ということだな。備品点検や補充は人間の仕事のはず」
ジェフは端的に回答する。
「そう。だから私はヒューマンエラーでアンドロイドにも迷惑を掛けたくないから、この病院にはアンドロイドを使っていない、というわけです」
「賢明な判断ですね。早く彼女の誤解も解ければいいんですが」
私は院長が根っからのアンドロイド嫌いじゃない人で安心する。
「そうですね。でも今の彼女には時間が必要なんです。――しばらくはアンドロイドを院内禁止にしようと思うのですが、ご理解頂けますか? もちろんずっとではありません。せめて彼女の誤解が解けるまでの間は」
「正直なところ、独り身の私にとってはジェフがいてくれた方が心強いのですが、仕方ありません。ジェフもいいわね?」
「問題ない」
アンバーの診察が終わると、会計を済ませて自宅に戻る。ジェフは動物病院での出来事で腑に落ちない様子でいた。
「どうして人間はすぐアンドロイドのせいにするのか分からない」
「さあね。都合が悪くなったらアンドロイドのせいにして犠牲にする方が、罪悪感がないからかもね」
「人間の誤解はアンドロイドにとって不愉快だ」
「そうね。私たちみたいに共存できることが証明されれば、誤解は解けるかもしれないわね」
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