私の良き隣人

星山藍華

Day01 傘

 天気予報によれば一日中晴れるはずだった。必要な食品を買い足すためにショッピングモールへと来ていたが、目の前の自動ドアには雨粒が打ち付けている。

「今日は雨降らないって聞いてたのに」

「予報はあくまで予報です。この時期の天気は当たりにくいものです」

「薄情者」

 私の隣で淡々と喋るのは、生活保全型アンドロイドのジェフ。もっと簡単に言えば家事代行のロボット。でもアンドロイドはロボットじゃない。感情を持った人間に等しい。

 ジェフとの付き合いはとても長いはずなのに、経年劣化で修理に出した結果、部品交換と共に記憶領域消去メモリーフォーマットされてしまったので私のことなんか全く覚えていない。

「傘を購入しますか?」

「そうね。二人入れるくらいの傘を探しましょう」

「何故ですか? 私は濡れても問題ありません」

「ダメ。雨の中に含まれる不純物のせいで変色するから」

「私の皮膚は所詮ホログラムです。変色するはずはありません」

「分かってないなー。ボディに錆があったら私が嫌なの」

「ふむ。あなたの考えは難しいです」

「回路がショートするくらい私のことを理解してくれたら完璧ね」

「努力します」

 ジェフが荷物を持ってくれているので、私は傘を探すことに専念できる。先ほど通った雑貨店に丁度良さそうな傘があったことを思い出した。本当ならこのお店もゆっくり見たいけど、無駄遣いするほど財布は太っていない。

「色はどれも地味ね……。これでいいか」

 手に取ったのはグレーの紳士用雨傘。雨を凌ぐにはこれで十分だった。

「あなたは私の外観をとても気にするのに、それを選ぶんですね」

「この傘を大事にしようとは思わない。何よりも大事なのはジェフだから」

「――こういう時、私はどんな反応をすればいいか分かりません」

(修理になんか出さなきゃよかった)

 この後悔がいつになったら消えるのか、どうすれば消えるのか、私も機械だったらよかったのに、と思ってしまう。

「あなたが悲しい顔をする理由が分かりません」

「私はアンドロイド同士で共有する通信方法ネットワークを持ち合わせていないから、分からなくて当然ね」

 会計を済ませ先ほどの自動ドアに戻ってくると、突然の雨で屋根のある場所には人間がたむろっている。なんとも滑稽な光景、と思いながら、私は傘を広げる。

「私が傘を持ちましょうか?」

「あなたは両手が塞がっているでしょう」

「これくらいなら傘を差しながら持てます」

 たった十センチ、されど十センチの差は意外と大きい。ジェフの言葉に甘えて、傘を持ってもらうことにした。

「じゃあ、お願い」

「かしこまりました」


 両親が流行病で逝ってしまい、いよいよ私は一人で生きていかなければならなくなった時にジェフと出会った。ぎりぎりの持ち合わせで彼を迎え、実家で二人暮らしが始まった。その時の私はまだ三十代の若輩者で、機械だから壊れたら修理して戻ってくる。そんな考えが残酷なものといざ知らず、私は業者に任せた。私に技術があれば、こんなことにはならずに済んだかもしれないのに。

 ジェフが居てくれたおかげで何とか生きている。何か困ったらいつもジェフが助けてくれる。ジェフは私にとって、災難から守ってくれる傘だ。

「どうかしましたか?」

 ふとジェフの視線が重なって、私は刹那に逸らした。

「何でもない。今日の晩ご飯の献立を考えていたの」

「冷凍庫にサーモンがありますが、それを使うのはいかがでしょう」

「そうね、美味しいうちに食べましょう」

 私はこの小さな幸せを共有するたびに、以前の彼を取り戻せるような気がしていた。

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