Day02 透明
ガラスのコップに水を注ぎ、身体を潤す。水が透明であることは知らず知らずに認識しているはずなのに、なぜ水は透明なのか、と変な思考が働いた。
「ジェフ」
「何でしょうか」
「どうして水は透明なの?」
「水。つまりエイチ・ツー・オーは一つの酸素に二つの水素が結合しています。どちらも光を通しやすい性質を持っているため、透き通って見えるからです」
「授業の模範解答どうも」
私はそんなことが聞きたいんじゃない、と含んだように返事をする。
「どうしてそんなこと聞くんですか?」
「さあ。私にも分からない」
「寂しいのですか?」
「どうしてそうなる」
図星を指されて突っ返す。しかし寂しいという感情があるのは本当で、いつもは母が私の話相手だった。どうでもいいような知った知識とか、エンタメ動画の感想とか、母は何でも聞いてくれた。
「なんとなく、そう思ったからです」
「そう。もしかしたら
「以前の私は、あなたに相応しいアンドロイドだったんですか?」
「相応しいかどうかはさておき、水のような気持ち良さはあった」
「――やはりあなたの表現は少し理解しづらいです」
「家族も同然だった、といえば?」
「それなら理解できます。私では不足していますか?」
感情が一つも見えない今のジェフは、どこか他人行儀で業者の人という壁がある。それが敬語のせいなのか、私との距離感のせいなのか、決定的な証拠は見いだせずにいる。
「とりあえず、敬語を止めてくれない? 前のジェフは普通に接していたわ」
「分かり……分かっ、た」
ぎこちない反応と返答。やはり高度思考処理に軽微な異常が見られる。けれどこれ以上業者に任せて、ジェフと離れるのは心苦しい。
「ご主人、どうで……ど、どうだろうか」
そのぎこちなさになぜか笑いが込み上げてくる。
「ぷ、ぶふ……あっはははは!」
「どこかおかしいの、おか、おかしいか?」
「あー。何でもない。人間の知能をはるかに上回るアンドロイドでも、急に敬語からタメ口に変えようとするとぎこちなくなるんだなって」
大笑いした後に大量の空気を吸い込む。すっと入ってくる酸素が気持ちいい。
「アンドロイドは完璧ではありま、ではない」
「それもそうね。人間が生み出している以上、この世に完璧なんて存在しない。不完全同士でも相性が良ければ、美味しい水のように心地は良いと思うの」
「そういうもの、なのか?」
「回路がショートするくらい私のことを理解すれば、分かるようになるわ」
私を嫌いになる人は、きっと私のこういうところが嫌なのだろう。でも私は以前のジェフのように、彼が変わってくれることを願っている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます