Day11 飴色
数時間前のこと。ジェフの帰りが遅く、私はデバイスが受信するGPS信号を頼りに探し回った。ジェフを見つけると足はデモ連中に攻撃され損傷していた。雨宿りがてら茂みに身を潜めていたところ、捨てたれた子猫に懐かれてしまったらしい。
連れ帰った子猫はとても痩せ細り、息遣いも少しずつ速くなっていく。常温のミルクを出してやっても、匂いを嗅ぐ元気すらない。
「この近くに動物病院は……」
アンドロイドの標準機能として備わっている指先の心拍計測機で子猫の脈を測る。その間に記憶されているマップから該当のサービスを検索し、その場所を教えてくれた。
「隣町にある。今すぐに連れて行かないと危険だ」
「車出すわ」
この時代の自動車はほぼオートマチックに作動するため、二人乗りの小型であれば免許はいらない。私は車庫に駆け込んで外に回し、ジェフは子猫を連れて車に乗り込む。音声入力で特定の場所を登録し、あとは全て自動運転に任せる。
「子猫を病院に連れて行くのはいいが、その後はどうするつもりだ?」
「考えてない。ジェフが決めてくれると助かるんだけど」
「ではなぜ助けようと思った?」
「命を粗末にはできないでしょ?」
私の突発的な行動には、後にも先にも損得勘定がないとは言えない。けれど命が目の前で消えていくのは耐え難い。
「ジェフはどう思った? 子猫に懐かれて。可哀想? それとも邪魔?」
「邪魔だなんてとんでもない! ……あなたの許してくれるなら、家族として迎え入れることはできないだろうかと、考えていた」
「――そう」
たまに人間らしい言動をするジェフに私は戸惑う。理想は家で飼えればいいけど、現実問題、今の給料ではジェフと自分の衣食住を養うのが精一杯。ジェフには家事代行だけでなく、日中のパートタイマーも考えてもらわなければならない。ジェフならきっと厭わないだろう。
動物病院は個人経営でこぢんまりとしている。駆け込みで入ったものの、待合室は満席と言っていいほど狭くなっている。
「あの、すみません! 駆け込みで申し訳ないですが、今すぐにこの子を見てもらうことはできますか!」
「酷い状態ですね、捨て猫ですか?」
「おそらくは……」
「少々お待ちください、先生を呼んできます」
受付の助手らしき女性は落ち着いた様子で先生を呼びに行く。私と歳の変わらない見た目の先生は子猫をの様子を見ると、丁寧に処置室へ案内する。処置台を先生の診やすい位置まで上げ、顔の様子や聴診器で呼吸音を確かめる。ちらりと見えた子猫の目は、綺麗なアンバーの目をしていた。
「発見したのは?」
「ついさっきです。一時間も経っていないかと……」
「正確には四二分前だ」
「ふむ。この子猫は運が良い。もう少し遅ければ、野垂れ死んでいたところでしょう」
「そうですか。良かった」
私は安堵の吐露を漏らした。すると先生は鋭い目で睨みつける。
「ところで、助かったのは良しとして、子猫はどうするおつもりで? 保健所ですか?」
睨みつける理由は何となく分かっていた。その場の良心で助けるのは、時に人間の残酷なエゴに過ぎない。獣医は私の考えを見抜こうとしていた。
「私が責任を持って飼います」
「ジェフ!」
私が答える前にジェフが口を割っていた。
「稼ぎが足りないなら、私が世話代を稼げばいい」
「そういう問題じゃない! 命を飼うのは簡単なことじゃないのよ」
「私がそうしたいのだ。ダメか?」
ジェフが初めて意志のある発言をしたことに、私の目蓋は目が乾くほど開いていた。
「アンドロイドに任せるおつもりで?」
先生は厳しく問い詰める。あまりアンドロイドが好きではないのだろう。大抵、病院の受付はアンドロイドが主流の時代に、ここの従業員はアンドロイドがいない。先生の機嫌が悪くなる前に帰りたい。
「いいえ、私もちゃんと面倒を見ます」
「分かりました。一週間はここで集中治療を行いますので、その間にあなた方はこのガイドを読んで必要なものを揃えて、お迎えの準備をしてください」
少し厚めの冊子には、様々な動物を飼う準備が書かれている。
「それから、今日のお代は退院日に合せて精算します。それでよろしいですね?」
「はい、分かりました」
動物病院での用事が済み、車でペットショップに向かう。必要最低限な物だけ買い揃え、自宅に帰りケージやら子猫の食事場所やらを設置する。
「結構するのね、動物に必要なものって。――ジェフ。どうしてあんなこと言ったの?」
「あんなこと、とは?」
「責任を持って飼う、そう言ったわよね?」
「ああ。あなたの受け売りだ。命を粗末にできない」
「だからって、自分が責任を負わなくても――」
「茂みで私に寄りついた時、あの子猫は一度だけ鳴いたのだ。まるで、私に助けを求めているかのように」
私の受け売りとはいえ、ここまで感情を顕わにするのは初めてだった。
「もしあなたが私と同じ状況なら、どうしていた?」
ここまで考え方が似ていると、つくづく自分の愚鈍さに嫌気が差してくる。
「同じことをしていた、かもね。それに子猫の目を見たら、独り占めしたくなっちゃう」
「綺麗なアンバーだったな」
「ええ」
それから子猫は元気になって我が家へ迎え入れることになった。名前はそのまま「アンバー」と名付け、これまでの変わらない日々に楽しい騒がしさが加わった。
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