Day10 ぽたぽた
私が仕事で手を離せない中、ジェフは曇天の下で買い物に出掛けている。静かすぎる部屋は無機質な電球が照らしている。
(そういえばジェフ、傘は持っていったのかしら……)
気になって玄関の傘立てを見ると、この間ショッピングモールで買った大きい傘が無い。それを持って行ったのだろう。私は胸をなで下ろして仕事に戻る。
しばらくすると、家の前の道路にはアンドロイドに対する反対運動のデモ行進の喧騒が聞こえてきた。月に一回は必ずこれがある。私にとっては家族を侮辱されているようで怒りが込み上げてくる。本当に止めてほしい。それか余所でやってくれ、と怒鳴りたくなる。
時計を見るととっくに定時を過ぎていた。キリの良いところまで終わらせて残りは明日に回す。
「遅い……いつもならこの時間は部屋にいるはずなのに……」
身の毛がよだつような、嫌な予感がした。アンドロイドと通信用のデバイスを使ってジェフにコールする。――出ない。何度かコールする。――それでも出ない。私は気が気でなく家を飛び出した。アンドロイドには追跡用のGPSが備わっているのでデバイスを頼りに探すことができる。
(お願いジェフ、無事でいて……!)
デバイスの振動が強くなる方向へ走る。次第に雨が降り出し、私は濡れることさえ気にせず探す。急にデバイスから高い音が鳴り出すと、深い茂みの奥で傘を差して座り込むジェフがいた。所々に傷を負っているのが伺える。
「ジェフ!」
私が叫ぶとジェフは人差し指を立てて口元に当てた。よく見ると、ジェフの方胡座で気持ち良さそうな顔で捨て猫が寝ている。
「右膝の関節チューブが損傷したから、ここで修理してから帰るつもりだった。だが子猫に懐かれてしまって動けずにいた」
「怪我。何があったの?」
「デモ行進の連中に八つ当たりされただけだ。心配ない」
子猫が寝ている手前もあって、ここで大声を出すわけにはいかない。込み上げる怒りを抑えてジェフの傘を持つ。
「帰るわよ」
「子猫はどうする?」
「その子も、連れて帰るわよ――」
ジェフは優しく子猫を抱いて、静かになった道を辿って帰る。家に着くと私は電気を付けっぱなしで行ったらしく、相当焦っていたのだと自覚する。
「どうして連絡くれなかったの?」
「あなたを悲しませたくなかった」
「嘘。それだけじゃないはずよ」
「――あなたが他の人間と対立する必要はない。これ以上あなたを巻き込みたくない」
私は簡単に子猫の寝床を作ってそこに寝かせる。ジェフの回答に私は溜め息を吐いた。
「やっぱり根本は変わらないのね」
「根本? どういう意味だ?」
私は濡れた髪の毛をタオルで拭き、真面目に向き合う。
「
「そうか。それは……済まないことをした。申し訳ない」
「謝るくらいなら、次からは絶対教えてちょうだい」
「分かった。ただ、一つだけ約束してほしい」
「約束?」
「何があっても仕返しはするな。それだけ守ってほしい」
ジェフの言葉が私を縛り付ける。本当なら今すぐにでもジェフを傷付けた人たちをあぶり出して然るべき対処をしたい。でもジェフはそれを許さない。きっとジェフをプログラムした人は、人間の醜い争いを無くそうと考えた人なのだろう。私は唇を噛み締めて頷き、止められない涙を流しながらジェフの手当をした。
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