Day20 甘くない
久しぶりの出社は最悪だった。上司の課長は私にいちゃもんを付ける挙げ句、後輩に陰口を零している様子を目撃した。せっかく休日に発散したストレスが無限に湧いてくる。職場を出て、もはや生クリームを飲んでいるようなドリンクを三本も買い、強い西日を浴びながらバスに乗って家に向かう。窓に寄り掛かり、流れていく景色をただぼーっと眺める。何が悲しくて涙を流しているのか、もう考えることすら止める。
(なんで私ばかり、悪く言われなきゃいけないの。なんで私が悪者にならなきゃいけないの。もう、疲れた……)
家に着くとアンバーは何かを察したのか私には近寄らず、ジェフはいつも通り晩ご飯を作っていた。
「おかえりなさい。――どうした? 泣いていたのか?」
心の中で溜め息が零れる。アンドロイドは些細な変化も見逃さない。まるで心を読まれているようで、少し不気味に思う。
「会社で嫌なことがあっただけよ。これ、冷やしておいて」
生クリームのようなドリンクをジェフに渡す。私は着替えもせずに自室のベッドに倒れ込み、枕に顔を埋める。こんな弱い姿を誰にも見られたくない一心で視界を暗くする。少ししてジェフがベッドに座る感覚が布を通して伝わる。
「そんなに嫌なことがあったらなら、今の会社なんて辞めてしまえばいい。それがあなたの精神を守る一番の手段だ」
「そうも言ってられないの。私の履歴で今以上に良い給料を出してくれる会社は少ない。世の中は甘くないのよ」
実際そうだから仕方ない。事実、私は良くも悪くも我慢強い。それに今をやり過ごせば後は楽になる。人生は嵐の連続なのだから。でもジェフは違った。枕に突っ伏している私を無理やり持ち上げ、ジェフの膝に私の頭を乗せた。見た目は人間でも、その体は鉄とプラスチックで出来ているためとても硬い。
「あなたは両親を亡くして甘えるのが下手になった。世の中は甘くなくても、私の前では子供のように甘えなさい」
ジェフの優しさに涙が抑えられない。
「どうして……どうして私ばっかり、悪者扱いされなきゃいけないの」
ジェフは何も答えない。大人げなくジェフの膝を汚しながら私を取り巻く環境に言葉の暴力を振るう。何度も、何度も、私は悪くないとでも訴えるように吐き続ける。
意識が正常に戻った時には深夜をとっくに回っていた。思い出すだけで顔が熱くなる。そしてまだジェフの膝の上にいたことに恥ずかしさが込み上げる。
「少しは毒が抜けたか?」
ゆっくりと体を起こすと、まだ晩ご飯を食べていないと腹の虫が騒いだ。
「ええ。ありがとう、ジェフ」
「今夕食を温め直す」
キッチンに向かうジェフの背中は、子供の頃に見ていた父の背中そっくりだった。
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