Day17 砂浜
数ヶ月に一度、ストレスの発散が上手くできず爆発することがある。その兆候に、無意識にコーヒー用の角砂糖をそのまま口に運ぼうとしていた。
「また角砂糖を食しているのか?」
「あ――」
最近はジェフに言われるまで気付かないことが多くなった。それだけジェフに心を許している、ということなのだろうか。
「ストレス発散に、明日、海に行かないか?」
「――!! ジェフがそんなことを言うなんて珍しいわね」
コーヒーを飲んで咽せそうになった。
「海水浴、とまではいかないが、違う空気を吸った方がストレスも大幅に軽減される」
「そうね。ジェフと行く海は初めてだし、明日は仕事サボって行きましょ」
仕事をサボった分の作業は未来の私に託すとして、今できる範囲の作業は終わらせる。時々、拾い猫のアンバーが構ってほしさ故の邪魔をしに来るが、猫のあざとい仕草にはまるで興味なく淡々とした態度で机から下ろす。
「アンバー、邪魔をしてはいけない」
ジェフがアンバーを肩に乗せると嬉しそうに顔をスリスリする。
「んあー終わった! よし、これで明日はリフレッシュできる!」
「お疲れ様」
サボるよりリフレッシュと呼んだ方が聞こえは良い。私は明日になってばたつかないように持ち物や服をあらかじめ準備する。
「明日の昼食はどうする? サンドウィッチでも持っていこうか?」
「それもいいけど、この暑さで食あたり起こしても怖いし、キッチンカーがあるだろうから外食にするわ」
「そうか」
どこか寂しいような口調でジェフは言う。けれど、どんなに保存方法が良くても、ジェフの手料理で食あたりになるのは嫌。
海までは車で片道約二時間。二人乗りの小型自動運転車なら免許は要らない。アンバーは連れて行かず、ジェフと私で海を目指す。
「ジェフが修理で
「仕事部屋のドアプレートもシーグラスで飾られていたな。あれも砂浜で拾ったものか?」
「そうよ。――そうだ、シーグラス、一緒に探してみない? 意外と難しいものよ」
「面白そうだ」
ジェフと喋っていると二時間はあっという間に過ぎていた。海水浴場から少し離れた駐車場に車を停め、二人で海を楽しむ。夏の砂浜の温度は素肌では歩けない。平日なだけあって人は思ったよりいない。これならシーグラスを探しやすい。
「シーグラスは小石が多い場所を探すと見つかりやすいわ。こういう小さくて角の丸いグラスがシーグラスよ」
私は早速シーグラスを見つけてジェフに見せる。アンドロイドの識別機能ならそれを見せるだけでたくさん見つかるだろう。アンドロイドの眼球光彩は情報を読み取る際、光を当てたダイヤモンドのような屈折を見せる。相変わらず見蕩れてしまう。
「もう少し歩いた場所に小石が多く転がっている。そこを探してみよう」
ジェフの後を追ってその場所を探してみる。思ったよりシーグラスは落ちていない。さすがに体力が持たず、いくつか回ったところで休憩する。キッチンカーで昼食を注文し、パラソルの下で涼む。
「案外見つからないものだな」
「そう簡単に見つかっても困るけどね。シーグラスって結局のところ、人間が不法投棄するガラス瓶とかワレモノとか、そういうものが海の中で長い年月を掛けてシーグラスになる。砂浜にはそういう傷物を綺麗と勘違いする産物が多いのよ。貝殻もそう。元は生きていた貝たちも、もぬけの殻になった貝の住まいは人間のアクセサリーやインテリアに使われる。人間はつくづく愚かよ」
「あなたのそんな偏屈な考えも嫌いではない。だが、自然物をインテリアに使うのは古来より変わらない。悲観的になるのはあなたの悪い癖だ」
「……そうかもしれないわね」
それから気が済むまでシーグラスや貝殻を集め、日が暮れる前に帰路を走る。砂浜で集めた思い出は、また形として何かに使おう。
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